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おでこをくっつける

 やっぱりここにいた――二人がよく一緒に過ごしている大きな木の下に、渉が三角座りをして顔を膝に埋めている。  直之はそっと近づいて、ゆっくりと隣に腰を下ろした。  顔を上げることはないけれど、何も言わなくてもそこにいるのが誰なのかは空気で伝わっているだろう。  久々の距離感に、何となく緊張すら覚えてしまうけれど、やっぱりこの二人の空間が直之には丁度いい。 「渉……」  久しぶりに呼ぶその名前に、愛しさが込み上げて来て、思わず泣きそうになるのを堪えていると、膝に伏せていた顔を少しだけこちらへ向けてくる。 「俺……渉のこと避けてた……」 「うん……」 「俺……勝手に妬いてたんだ……」 「えっ……?」  直之の言葉に少しだけ向けていた顔が、しっかりと顔を上げてこちらへと向けられた。  そうだ――俺は自分勝手に嫉妬して、渉を避けていただけの最低な奴で、そんな自分が今ここにいるのは、ちゃんと話をするためなわけで――それなのに、なかなか言いたいことが出てこなくて、次の言葉を待っているであろう渉を真っ直ぐ見ることも出来ないでいる。 「だってお前……すげぇ可愛い顔してたから。もしかしたら、あの人が渉の気になっている奴なんじゃないかって、そう思って……」  言いながらどこを見ていいのかわからずに視線を泳がせていると、 「可愛い顔って……どんな顔だよ……」 「可愛いは、可愛い顔だろ?」 「僕、男だし……」 「俺が可愛いって思うんだから、可愛いんだよ」 「バカ……意味わかんないし……」    照れ隠しみたいにパシッと腕を叩かれて離れていこうとする手を、咄嗟に掴む。 「渉の気になっている奴って、やっぱりあのスーツの人……なの?」  直之の問いかけに、渉が静かに首を振った。 「あの人が竜兄だよ」 「あっ、たまに渉の話に出てくる人?」 「そう。僕がすごく大好きだった人なんだ。とてもとても大切だった人なんだよ」 「へえ……。あの人の話をする渉って、いつも何か愛おしそうに話すから、どんな人かと思ってた」 「優しくて温かい人なんだ。そんな人から僕は逃げちゃった……」 「逃げたって……?」 「竜兄が彼女といるところに遭遇した時に、好きって気持ちが溢れて、涙を抑えることが出来なくて……逃げるようにその場から走って行った僕を心配して探しに来てくれた竜兄に無理やりキスしたんだ」 「キス……」 「自分からそんなことしといて、僕はその日から竜兄を避けるようになった……そして、そのまま竜兄は大学生になって引っ越して行った」  まさか、あの人が渉の話の中に時々出てくる竜兄という人だったなんて――しかも、二人の間にそんな出来事があったなんて――想像もしていなかったけれど、あの人と話していた渉は、間違いなく綺麗な表情で笑っていた。 「ちゃんと仲直りは出来たの?」 「うん……出来たよ。竜兄、その時の彼女さんと結婚するんだって。幸せになってねって伝えることが出来たんだ。やっとね、思い出になった……」 「そっか……」 「だからね……やっと言える……」 「んっ?」  渉が、真っ直ぐに直之を見つめる――そして、直之も渉を見つめていた。 「僕の気になる人、知りたい……?」 「知りたい……」 「でもきっと、もうわかってるんでしょ?」 「さあ……」  小さく問いかけられた渉からの言葉に、ちょっと悪戯っぽく首を傾けてみる。  さっきまで俺を妬かしていた罪は重い――ちゃんと教えてもらわないと割に合わない――なんてまた強気な態度に戻っているのは、今までの不安が一気に解消されたからだ。 「直之だから……僕の気になる人……」 「じゃあ、仲直りってことで良い?」 「良いに決まってる……」 「なら、仲直りな」  そう言って、渉の後頭部を包み込んで自分の方へ引き寄せると、そっとおでこをくっつける。  お互いに視線がぶつかり、照れ笑いを浮かべながら同時に頷いた。

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