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第1話
ピンポンピンポン…
いつものコンビニに入ると、人が出入りする音が鳴る。
「いらっしゃいませ」
坂本 憂(20)は昼間は大学に通って、夜はコンビニ店員として働いている。
そもそも大学に進学したのも、特に夢があったわけではなかった。
酒屋を経営している実家の両親にとりあえず将来何を選択しても後悔しないように、大学だけは行っておけと言われたに過ぎなかった。
変化の起きないつまらない日常。
時は19時20分。
ピンポーン
コンビニのドアが開く音が鳴ると、坂本は入口を見て入ってきた客を見た。
いつも同じ時間に訪れる一人のサラリーマンが今日も同じ時間に訪れた。
店の中を一通り周り、
いつもスイーツとミネラルウォーターを手に取りレジに来る。
「お願いします」
この客は歳の頃ならおそらく20代前半か中盤。よく見るとモデルのようなかなり整った顔をしている。背格好は中肉中背でおそらく自分より10センチくらい背が低い。そんな彼が、嬉しそうにスイーツを毎晩買っていくのだ。
坂本はレジを打ちながら、
「この新作は今日入荷したんですよ」
と、説明すると、サラリーマンは嬉しそうに、
「ほんと?まだ残っててよかった」
満面の笑みを浮かべる。
(可愛すぎ・・・)
そう、彼がこのコンビニに来るようになったのは、
半年まえに遡る。
ーーーーー半年前。
『あの』
ふと声掛けられ、坂本が振り返るとそこには一人のサラリーマン。顔の整っている黙っていてもモテるタイプ。でも見かけない男だった。
いつもくる客の顔はだいたい覚えている。
坂本は品出しの手を止めて、そのサラリーマンに振り返った。
『はい』
『変なこと聞くんだけどさ』
『?はい』
坂本が聞く体制で待っていると、
そのサラリーマンはもじもじしながら、
『この辺で、スイーツのおいしいお店って知ってる?』
『え』
きょとんとする坂本。この酒や煙草をかっこよくたしなみそうなこのイケメンがスイーツのお店を自分に訪ねてきている。
そのサラリーマンは、はっとして急に照れる。
『急に変なこと聞いてごめん』
坂本はふっと笑い、
『別に良いですよ。確かにこの辺はスイーツのお店は少ないですね。あるとすれば2駅離れた所に多いですけど』
するとサラリーマンは、明らかに落ち込んで、
『はあ、やっぱり・・・ある程度見回ってみたんだけどさ・・・』
もうこの辺、探したんだ。
『彼女か家族かに買ってきてって頼まれたんですか?』
ただの店員が聞くことではないが、思わず聞いていた。
すると、そのサラリーマンは明らかに照れて、
『・・・僕の分』
(スイーツ王子・・・)
気がつけば勝手なあだ名を付けていた。
そしてその時の彼の表情に、
坂本は心を奪われた。
『ちゃんとしたスイーツ店には負けるかもだけど、うちのスイーツも結構力入れてるから買ってみてください』
思わず言っていた。確かに企業として最近は、コンビニスイーツも競争が激しい。坂本はこのサラリーマンが店に来てくれる事を願って、
スイーツの発注には気を使うようになったーーー
それ以来、そのサラリーマンは月〜金の毎晩、
このコンビニに訪れては嬉しそうにスイーツを購入していくのだった。
坂本は毎日嬉しそうな彼の顔を見られて幸せだった。
もっと彼の事が知りたかったが、あくまで自分は店員に過ぎない。
そんなある日。
「最近来ないね、スイーツ王子」
バックヤードで休憩している坂本に、女子社員の亀田桃子が話しかけた。
坂本は呆れ顔で、
「何ですか?スイーツ王子って・・・」
すると亀田は平然と、
「坂本くんが、自分で呟いてたんだよ」
「え、俺?」
覚えの無い顔をする坂本に、亀田が呆れ顔で、
「初めて彼がこの店に来た時に、彼の帰った後ろ姿を見送りながら、『スイーツ王子・・・♡』って」
その言葉に、坂本はカッと赤くなり、
「い、言ってませんよ。そんな事」
「言ったよ。覚えてないならよっぽど無意識に口に出してたんだね」
「もういいでしょ、その話はっ」
坂本はそそくさと休憩を終えて、亀田と入れ替わりで店に出る。
確かに彼と初めてであった時、心の中でそう思ったことは事実だ。
でも、まさか口に出していたとは・・・
恥ずかしすぎる。
しかしこの1週間、確かにあのサラリーマンはこの店に来ていない。
もしかしたらもう引っ越してしまったのだろうか。
それともコンビニのスイーツが飽きてしまったのだろうか。
そんな事を考えながら、日々は過ぎて・・・
2週間後。
時間は午後0時30分。
もうすぐシフトの交代の時間になるため、坂本は業務を整理する。
この時間はあまり人がいないため商品整理などをしていると、
ピンポーン
客が店内に入ってくる音。
「いらっしゃいませ」
坂本は店の入口を見ると、そこにはいつものサラリーマンがいた。
でもよく見ると足元がおぼつかない。
心配で観察していると、急にバタッと店内で倒れた。
「!ち、ちょっと!」
慌てて駆け寄る坂本。
ぐったりしている彼を抱き起こすと、
「酒くせぇ・・・」
どうやらかなり酔っているようだ。
「もう、しっかりしてくださいよ」
「うーん・・・イケメンだぁ」
と、酔った彼にいきなり抱きつかれる。
固まる坂本。
仕方なく、そのままにしておけないのでバックヤードで寝かせる。
次のシフトの交代である店長に事情を説明し、
勤務を終えた坂本はペットボトルの水を手にバックヤードへ。
「ちょっとあんた・・・」
名前を呼んで起こしたいが、考えれば彼の名前を知らなかった。
よく観察すると今日は会社のネームプレートを首から下げていた。
そのプレートには『林田 栄』と書いてあった。
「は、林田さん、起きてください」
「ん・・・水飲みたい」
まだ意識は完全に戻っていないのか、モゾモゾ動いてはいるが、目を開けない。
(しょうがねえ・・・)
坂本は仕方がなく、自分の口にペットボトルから水を含んで、
そのまま林田の上半身を支えたまま、口移しで水をゆっくり飲ませる。
林田はこくこくと飲んでいく。
はあっと、安心したように息を吐き林田は再び休憩室のベンチに脱力する。
数分後、
「林田さん」
坂本に肩を揺すられて、夢うつつのまま目を開ける。
「あれ・・」
「大丈夫ですか?」
「俺どうし・・・」
いきなり起き上がり、ふらついて側にいる坂本の胸に倒れ込む。
偶然だが抱きつくような形になり、坂本はドキッとする。林田はまだうまく動けないようで、そのままの体制で坂本に体重を預ける。
「ごめんフラフラする」
「・・・いえ、水飲んで」
坂本は少し待ってから彼に水を渡す。
さっき口移しで水を飲ませているが、あえてそれは言わずに。
それにしても彼がこんなに酔っているのを初めて見た。
何かあったのだろうか?
「・・・ここ最近出張で色々忙しくて、ヘコんでただけ」
それでこんなに酔っていたのか。
イケメンな彼に悩みなんて無いと思ってたけど、普通はあるよな。
坂本は、彼の背中をポンポンと撫でながら、
「あんたはよく頑張ってる」
まるで子供をあやすように、なだめるように。
坂本は、はっとして、彼から離れる。
「すみません。生意気なこと言って」
すると、林田はふっと笑い、
「元気でたよ。ありがとう」
「坂本です」
「坂本くんありがとう」
林田は嬉しそうに笑い、
呼んだタクシーに乗って彼は帰っていった。
林田 栄は、ずっと顔が良かった。
美形の両親の元に生を受け、カッコいい、優しいと言われ、
それなりに仲間もいて彼女も出来たが、
優しさは優柔不断とも取られ、よく振られた。
中学時代に担任の先生に、
「お前は見た目だけなんて言われないように頑張れ」と
励ましのつもりで言われたが、栄自身はとても傷ついた。
高校に入ってから見た目だけと言われないように、
苦手な運動を克服しようとしたが才能が無かった。
せめて勉強はと頑張った。
一日12時間勉強して彼女も友達も作っても、すぐ孤立した。
いつしか孤独なまま大学に進学した。
その時自分を癒やしてくれたスイーツとの出会いで、
生きる希望をもらい、社会人となった。
でも社会人になってからは、
勉強とは違い人間関係が重要になる場面が多く今でも結局栄は苦労していた。
そんな彼の癒やしはスイーツと、
いつも出会うコンビニの店員である青年。
そんな彼と、
話しをした。
酔って迷惑を掛けた。
でも、あんなに至近距離で話をして、
『あんたはよく頑張ってる』
優しく背中を撫でられた。
嬉しくて泣きそうだ。
明日謝罪に行かなければ・・・
栄は沢山購入したお土産の中から、何を渡すべきかしばらく考え、
決まるまで深夜まで悩んだ。
翌日、林田はいつもの時間にコンビニを訪れていた。
しかし今日は入口から、店内をキョロキョロしている。
坂本はその不審な行動に気が付き品出しの手を止めて、
(何やってんだあの人)
すると彼もこちらに気がついて、坂本を手招きする。
坂本は彼に近寄り、
「何やってんですか」
「坂本くん、ちょっと」
林田に招かれて店の外へ。
林田はおずおずと、紙袋を坂本へ差し出す。
「?」
疑問符を浮かべる坂本に、
「こないだは坂本くんとお店に迷惑を掛けてごめんなさい。これ、出張土産」
「え、もらえないよ」
坂本ははっきりと差し出された紙袋をつき返す。林田は負けじと、
「店内で倒れるなんて、本当は出禁になるくらい迷惑かけたと思う。本当にごめんもらって」
と、林田は改めて紙袋を突き返す。
何があったのかは知らないが、
林田はモデル並みのイケメンで何でもそつなくこなすタイプかと思っていた。
勝手なイメージだが。
坂本は紙袋を持つ手をぎゅっと握って、
「何に落ち込んでるのか知らないけど」
言って、彼を真っ直ぐ見つめながら、
「あんたが来たことで迷惑掛けられた事なんて一度もないし、俺にとってはあんたが来ることはプラスでしか無いんだよ」
その言葉に、林田は動きを止めて彼をじっと見つめた。
おそらく自分より年下の青年に。
坂本はこんなに自分が好きなのに、
彼自身が自分に自信が無いことがもったいなくてくやしかった。
林田はうつむいて、
「僕はなにをしても、不器用で容量も悪くて、ダサくて、所詮見た目だけだっていつも言われてきた。人と接するのが苦手でね・・・いつも見た目はいいのに残念な男だって言われてきたんだ。仕事でも上手く行かないことが多くてあの時は落ち込んでいた」
所詮見た目だけ、いつもそう言われてきた。
その度に自分はどうして上手く出来ないんだろうと落ち込んでばかりだった。
「そんな自分が嫌いなんだよ」
今にも泣きそうだった。
しかし坂本は、
「見た目が良くて何が悪いんだよ」
そう答えた。
まっすぐ彼を見つめて、
「それはあんたしか持ってない武器だろ?もっと誇っていいよ。それにあんたが見た目だけなんて事言ってる奴の言葉なんか聞かなくて良い。あんたの良いところ知ってる奴はあんたの周りに絶対いる」
力強い言葉に、林田は坂本から目が離せなくなる。
「あんたが自分のこと嫌いだって言うなら、俺があんたの代わりにあんたの事好きでいてやる。だから自信なくす必要なんて無い」
根拠なんて無い。
でも、もう気がつけば口に出していた。
その根拠ない力強い言葉に、林田は控えめに笑って、
「ありがとう・・・坂本くん」
その笑顔に坂本はほっとして、
「すみません!生意気なこと・・・」
慌てて握っていた手を離そうとする。
が、林田がしっかりと坂本の手を握って、紙袋を渡す。
「じゃあこれは、僕を励ましてくれたお礼としてもらって」
とあらためて、出張土産を渡した。
「・・・ありがとうございます」
照れもあって、坂本は急にトーンダウンをした。
「坂本くーん、愛の告白も良いけど仕事に戻ってねー」
と、店長が店内からニヤニヤしながら、顔をのぞかせた。
坂本は慌てて、
「ち、違います!すみません、仕事戻ります」
と、店内に戻ろうとしたが、
「坂本くん」
引き止められて、
「連絡先交換して」
「え」
そうして2人は連絡先を交換した。
その夜、
坂本が自宅に帰ると、登録していない人物からのラインが届いていた。
可愛い犬のアイコン。
名前は『SAKAE』林田の下の名前だ。
《坂本くんお疲れ様。林田です。連絡先交換してくれてありがとう。》
と、メッセージが届いていた。
憂は、そわそわしながら、
《林田さん、お疲れ様です。こちらこそありがとうございます。》
と返事を送ると、
すぐに返事が来て、
《そう言えばお土産食べてくれた?博多明太子味のおかきだから、ちょっと辛いかも知れないけど大丈夫だった?》
《ご馳走様でした。ちょっと俺には辛かったです。甘党なので。職場の皆でいただきます》
《甘党なんだW、一緒だね》
《はい》
数秒間を置いて、
《坂本くんさ、スイーツの美味しいお店知らない?》
《お店ですか?》
《コンビニのスイーツも好きなんだけど、ガッツリ食べたくて・・・》
(がっつりって・・・)
甘党なのに、そういう所は男だな。
坂本はしばし迷って、メッセージを続ける。
《俺、2駅先に住んでるんですけど、その辺りがスイーツの店が多くて穴場です。てかそれが理由で引っ越したんですけど》
《そうなんだW》
《はい》
坂本は、次の言葉を飲み込むか迷った。
よかったら、俺が案内しましょうか?ーーーーー
そう送りたい気持ちを、素直に出して良いのか。
それじゃ、まるでデートに誘うようで恥ずかしい。
何考えてるんだ。
自分は所詮彼にとって、顔見知りのコンビニ店員だ。
などと坂本が迷っているうちに、彼の方から次のメッセージが届いて、
その文面に、坂本は驚いた。
《もし坂本くんがよかったら、一緒に行って案内してくれない?》
「え!?」
坂本はガバッとベッドから起き上がり、一人家で声を出して驚いていた。
《スイーツ店に男一人で行くのって目立つし、勇気がいるから》
などと、続けてくる。
マジかよ・・・
坂本は震えた。
(一緒に行って良いのか?)
坂本は震える手で、
《男2人も十分目立ちますけど》
余裕なフリをして答えた。
《そうだねW、でも一人よりは頼もしいよ》
などと言ってくるもんだから・・・
《俺は土日は休みなんで、林田さんの都合の良い日で決めてください》
《そう?じゃあ今度の土曜日は?》
《いいですよ》
《ほんと?やった!》
(無邪気かよ・・・)
坂本は一人頭を抱えて悶えた。
こうして次の土曜日にデートの約束をして、
坂本はそれから数日そわそわしていた。
約束の土曜日。
坂本は自分が作成したスイーツマップの中で
イチオシのパンケーキ店に来ていた。
今まで一人で来ることは多かったが、
今目の前に林田が座っていることがまるで夢のようだった。
憂は、普段と違う私服で向かいの席に座る栄を、何度もチラ見した。
いつもカッコいいが、私服は白のワイシャツにベージュのチノパンで、
あえてシンプルな服装の方が彼のカッコよさが光ってて、ずっと見つめていたいくらいだ。
それに何だか今日は色気もある。
「この店は男性のパティシエで、男女に好まれるようにメニューとトッピングは豊富で、何よりパンケーキ自体の生地が美味くて・・・」
などと張り切ってこのカフェの説明をしていると、栄は嬉しそうにこちらを見ているので、憂はハッとした。
「・・・すみません。俺一人で喋って」
急に恥ずかしくなり言葉を止め、うつむく。
しかし栄は嬉しそうに頬杖を付き、
「坂本くんて本当にスイーツ好きなんだね。話している時キラキラしているよ。ずっと見ていたくなる」
「へっ?」
「ほんと可愛い」
そう言っていつもより優しく微笑む栄。
「かっ、可愛いとか何言ってるんですかっ」
(あんたの方がよっぽど可愛いわっ)
憂は明らかに動揺する。必死に隠そうとしているが、全く出来ていない。
「お待たせしました。パンケーキMサイズ・ストロベリージェラートのせと、パンケーキMサイズ・バニラアイスメープルシロップ添えでございます」
注文したふわふわパンケーキが2人の席に運ばれて、憂も栄もまずはパンケーキの写真を撮る。
あまりに同時なので2人は顔を合わせて笑った。
憂はふと気がついた。
店内の周りの女子たちが、栄に見惚れている。
そりゃそうだ。栄はカッコいい。
まるでモデルのように丹精な顔立ち、切れ長の目、濃いめの茶髪の短髪がよく似合っている。なおかつ嬉しそうにパンケーキを頬張る姿が、可愛くて・・・
反対に自分は何だ?
カッコいい栄とは違って、20才そこそこの夢もない中途半端な若造でしかない。
そんな自分が彼と同じ席にいるなんて引け目を感じてしまう。
などと、半ば落ち込んでいたら・・・
「何かさ、周りの視線が痛いね」
少しだけ照れながら、栄が声を潜めてそういった。
「え?」
憂が疑問符を浮かべると、栄はなぜかおぞおずと、
「だって、君みたいなカッコいい青年と俺みたいなただのオジサンが2人でパンケーキ食べてるなんて、目立たないわけないよね」
今更の言葉に、というか憂より自分を卑下する言葉に憂はポカンとする。
そうしてフッと吹き出し、
「あんた、どうしてそんなに自分に自信ないんだよ」
「えぇ?だって・・・」
「カッコ良くて目立ってるのは、あんただよ」
「えー、うそだぁ」
「あんたカッコよすぎて俺一緒にいて引け目感じてたのに。なんであんたが自信ないんだよ?」
「だって・・・」
などとお互いを褒め合っていると、
コーヒーのおかわりを持ってきてくれた、
顔見知りの女性店員はニコニコしながら、
2人のカップにホットコーヒーを注ぎつつ、
「2人ともカッコ良くて目立ってますよ」
『えっ』
2人の声がハモる。
周囲の女性客達はうんうんと店員の言葉にうなずいたのだった。
パンケーキを堪能し、2人はアイスクリームショップに立ち寄り、
近くの公園に寄った。
ベンチで2人でアイスを食べながら、スイーツの話して盛り上がった。
「坂本くんはほんと店に詳しいね」
「今まで一人で食べ歩いてきただけですよ」
「スイーツ好きなら女子と行ってるんだと思ってた」
「現実はそんなもんです」
「ふふっ、そうだね」
自分も今まで店にいけなかったくせにと、自分で突っ込んだ。
ふと、栄の口元にアイスが付いて垂れそうになって、
「あ、垂れそう」
そう言って、
憂は思わず栄の口の端を舐めた。
栄のくちびるの真横を。
無意識だったのか憂は数秒の間を置いた後、
「すっ、すみません!俺・・・‼」
以前、自然に酔って水が飲めない彼に口移しで水を飲ませたのを急激に思い出す。
あのやわらかい唇の感触を・・・
(今、思い出すな・・・。あれはキスじゃない、キスじゃない)
憂は慌てて自分のハンカチで今時分が舐めてしまった彼の口元を拭き直す。
「え、うん、いや・・・ありがとう」
半ば呆然としながら、舐められた口元を手で触れる。
そして、赤くなった顔を見られないようにそっぽを向いた。
「今日は付き合ってくれてありがとう」
「いえこちらこそ、ありがとうございます」
相変わらず丁寧な栄に、憂はさっきの気まずさが抜けず、
「じゃあ」
言葉少なめに、その場を去って家に猛ダッシュで帰宅。
ガチャ、バン‼
「何やってんだ俺‼」
ベッドにうつ伏せで枕に顔を埋めて叫んだ。
もう自分を殴ってやりたい。
何をやった?
栄の口元を、
アイスが付いているとは言え、
舐めてしまった・・・。
ほとんどキスと一緒だ。
「〜〜っ‼」
栄に、キス・・・
そして、口移しで彼に水を飲ませた時の感触をまた思い出した。
あれはほとんど無意識に水を飲ませようとしてやったが、
たしかに林田だからやった事だ。
あれが他の人だったら、していなかった。
憂は栄にキスをする自分を想像した。
あの整った顔を真っ直ぐ見つめて、
あのキュッとした口元に深くキスをする想像を・・・
などと考えていると、
(・・・勃った)
自分が嫌になるが、妄想が止まらない。
本当はちゃんと口にキスしてみたい。
舌を入れて、彼の舌と絡ませて深く深くキスしながら、彼の全身を撫で回して、彼のズボンを脱がして後ろに・・・
「はっ・・・」
憂は想像だけで、イッてしまった。
荒い息を吐いて、
「何してるんだ、俺は・・・」
ベトベトになった手をティッシュで拭いて、
またベッドに突っ伏して、
落ち込む憂。
今会えばまた思い出してしまう。
しばらく距離を取って・・・
などと思っていると、
栄からラインが来ていた。
《坂本くん、今日は付き合ってくれてありがとう》
《こちらこそ》
憂はすぐに返事を返した。
《また今度どこか行こう》
あんなことされてまた誘ってくるなんて鈍いのか、それとも自分の事を何にも意識してないということだろうか。
それとも・・・
《機会があれば》
あくまで紳士的に対応しなければと、思ってはいるのに・・・
妄想が止まらず、そのあと2回も自分でシてしまった。
週明け。
栄がいつもの時間にコンビニに行くと、
レジには坂本ではなく、亀田という女性社員が立っていた。
「お願いします」
「いらっしゃいませ」
いつも冷静なこの店員とはあまり喋ったことはない。
レジを打ちながら、何か言いたげな栄に、
「坂本くんなら、休憩ですよ」
「えっ、あ、そう・・・」
「ふふっ」
亀田は少しだけ笑い、栄の会計を済ませる。
袋を渡しながら、
「2人って仲良いですよね」
「・・・そう見える?」
「はい、イケメン同士が並ぶと良い目の保養です」
「?うん、それは、ありがとう・・・?」
よく分かっていないが、とりあえず礼をいう栄。
亀田は、レジ付近を整えながら、
「坂本くんって、あなたが来る時レジにいるじゃないですか」
「?うん」
「本当はこの時間、彼レジじゃないんですよ」
「・・・どういう意味?」
理由がわからず、栄は問いかける。
「あなたが来る時だけ、レジ代わってるんです」
「え」
「まあ・・・つまりそういうことです」
「ええぇ」
と、栄は一瞬理解できないという顔をしていたが、
急に理解したのか、照れた顔をした。
(イケメンが、照れている・・・尊い)
内心は悶えているが、亀田はいつもの冷静な態度は崩さず、
「だからもっと仲良くなってあげてください」
「・・・いいのかな?」
「店長含めて店全体で応援しています」
「ふふっ、そうなんだ」
思わず笑い、栄は帰っていった。
「・・・帰った?」
「はい」
栄が出ていったしばらくして、バックヤードからひょっこり顔を出す憂。
気まずくて今日はレジにはあえて出なかった。
亀田は半眼で、
「会いたいくせに」
「うるさいな」
亀田は片手を前に出し、親指をグッと立てて、
「もう、ヤッちゃえよ」
「亀田さん!」
「想像で抜いてるくせに、今更可愛こぶるなよ」
「うぐっ・・・」
くやしいが、言い返せない。
憂は反論できないまま、品出しを再開する。
22時頃、憂は仕事を終えてコンビニを出ると、
そこには私服の栄がコンビニの向かいのすぐ横に立っていた。
「こんばんは」
「え、どうしたんですか・・・?」
本気で驚く憂。栄ははにかみながら、
「アイス、食べない?」
といって、手にしている袋をこちらに見せた。
コンビニ近くの公園。
人気はない。
2人は並んでベンチに腰掛けて、
もくもくとアイスを食べた。
「坂本くん、付いてるよ」
「え」
そう言って栄は憂の口に口をくっつける。
自分の口に栄の口がくっついていて、
憂は完全に硬直してしまう。
このあいだの憂とは違ってこれは完全にキスだ。
栄は口を放す。
憂はじっと彼の表情を確認した。
火照った顔をしてじっとこちらを見ている。
「・・・こないだの、お返し」
照れながら、そう言ってくる。
憂はもう何も考えられないまま、彼の腰を抱き寄せ、
「んっ」
栄にキスをしていた。
深く、深く、舌を絡ませて。
2人の手から、アイスが離れて地面に落ちる。
でも2人はそれに気が付かないまま、
キスに夢中になった。
妄想なんか比じゃない。
実物はもっと甘くて熱くて、
全身がぞくぞくする。
栄もキスをしながら、ベンチの上で彼の身体にまたがりぎゅっと彼の首に腕を絡ませる。
2人とも勃っていた。
栄は彼の股間に硬くなった自分の股間を擦り付ける。
「はあ・・・坂本くんを連れて帰りたい」
「俺も離れがたいけど・・・お互い明日も仕事ですからね」
膝の上に乗られ抱きつかれ、
興奮が収まらない憂は彼の胸にスリスリしながらそう言った。
「じゃあ次の週末うち来ない?」
栄は嬉しそうにそう言った。
憂はじっとお互いの股間を見つめながら、
「いいんですか?」
「うん。・・・ちょっと、あっ」
憂は話しながらもお互いのズボンのファスナーを下ろし、
お互いの硬くなったモノをパンツの中から取り出し、上下に擦り始める。
「あっん、ちょっとこんなところでっ」
「誰もいないし、2人の身体で見えない」
いいながら擦る手を早める憂。片手て栄のワイシャツのボタンを外し、乳首を舐める。
「はっ、ああっ」
気持ちよくて喘ぐ栄がやらしくて目が離せない。
ずっと見ていたい。
「くっ、イクッ」
2人同時にイッてしまう。
あまりにも離れがたくそのままいちゃついていたら、
結局終電を逃してしまい、憂は栄の家に泊まる事になった。
「ごめん、僕が時間に気が付かないで・・・」
本気で反省し、しゅんとする栄。
言いながらもそのへんに置きっぱなしの物を歩きながら拾い片付けつつ、
謝罪をする。
「いえ、俺も止められなったし・・・」
照れながらもじもじする憂。
それを見て栄も照れる。
公園でイチャイチャしてたから終電に間に合わないなんて、
ちょっと恥ずかしすぎる。
「とりあえず風呂沸かしたから入りなよ」
「あ、いえ俺は後で」
「いいから、いいから」
と栄は憂をぐいぐいと風呂場に追いやる。
「じ、じゃあ、お先に」
半ば押されて憂は先に風呂にはいった。
風呂から上がると、
新しい下着とTシャツとスウェットのズボンが用意されていた。
これがいつも栄が来ていると思ったらドキドキすると思いながら、
次に風呂に入っている栄を待つ。
さっき公園でやらしいことをして、
不可抗力とはいえ栄の家に泊まることになってしまった。
本来ながらさっきの続きがしたい所だが、
明日も仕事だし、
続きをしたいなんて言えないよな・・・
などと考えていると、
栄が風呂から上がってきた。
「おまたせ」
そう言ってリビングの戻ってきた栄は、
パンツ一枚という格好で、バスタオルで髪を拭きながら現れた。
その彼の格好にドキッとしながら何とか目をそらす。
「ち、ちょっとなんて格好で・・・」
「ん?どうせ脱ぐからいいかなって」
「えっ」
「さっきの続きしないの・・・?」
と、耳元で囁かれて、興奮していく憂。
「ひえっ、ぁああのでも、2人とも明日仕事だし・・・」
そういう憂だが、栄はパンツ一枚のまま憂の身体にすりついて彼のTシャツの中に手を入れていき、そのまま彼のシャツを脱がしキスをしながら彼のズボンを脱がす。
もうこうなったら憂も我慢が出来ずに栄のパンツに手を入れて、
柔らかいお尻を揉んで背中からお尻の割れ目に指をなぞらせて、
彼の後ろに指を入れていく。
「っあ・・」
風呂で準備をしていたのかもう柔らかかった。
憂に後ろをイジられて足に力が入らなくなっていく。
もう2人とも前がガチガチだった。
憂は栄をベッドに押し倒す。
「俺ゴム持ってない」
「あるよ」
と、栄はすぐ近くの引き出しからローションとゴムのは言った箱を取り出した。
「・・・なんであるの」
「君をいつか呼ぶために用意しておいた」
他の誰かと使ったのかと一瞬疑ったが、
新たに買ってきてくれたようだ。
「こないだ会った時はまだそんな雰囲気なかっただろ」
「君に口元舐められて、帰ってから君で抜いて・・・」
「えっ」
「ドキドキしたのが君だけだと思ってた?」
そう言って優しく囁く栄。
憂は、自分のガチガチの股間のモノにゴムを装着し、
ローションをつける。
そのまま、ぐいっと彼の柔らかくなった後ろに、
自分のガチガチのモノを挿入していく。
「ぅあっ」
ゆっくりと奥まで挿れられて、苦しいのと良い所にあたるのとで、
栄は腰を浮かせる。
憂はその腰を押さえながら前後に揺り動かし始める。
「んっ、んっ、あっ」
動く度に、喘ぐ栄がたまらない。
自分より年上のカッコいいこの男が、
自分に抱かれて、メロメロになっている。
可愛い、好き、放したくない。
憂は一度彼の後ろから自分のモノを抜いて、栄の身体を起き上がらせて自分の身体の上に乗せ再び彼の後ろに挿れていく。
「あ、待って今挿れたら・・・!」
起きがった状態で後ろに挿れられると、さっきより深く入ってきて良い所に当たる。
「あぁん!」
たまらず大きな声を上げる栄。
分かってて体制を変えた憂は、そのまま彼のお尻を掴んて上下に動かしていく。
「あっ、あっ、ああ」
動く度に栄はイッてしまうのか、彼のモノの先っぽから精液が出続けている。
「気持ちいい・・・」
小さく呟く憂に、栄はキスをする。
その途端、
「っ・・・!」
憂はイッてしまう。
2人とも肩で荒い息を吐き、ベッドに倒れ込んだ。
汗と精液でぐちゃぐちゃだった。
でも、心も身体も満たされていた。
翌朝、憂はサーッと血の気が引くのを感じた。
そこは栄の部屋。
2人は昨日セックスをした。
憧れだった栄を、抱いていしまった。
消して無理やりではないが、
こんな勢いみたいな事は、望んでいなかった。
罪悪感が、憂の胸を締め付けた。
「ん・・・坂本くん?」
まだ寝ぼけ眼の栄が、ボーッと目を覚ます。
憂は、慌てて服を着ながら、
「お、おはようございますっ。俺急いで帰らないといけないので!」
と、慌てて玄関へ駆けていく。
「あ、坂本くん。あの来週から僕・・・」
「昨日は泊めていただいてありがとうございました!それじゃあ!」
「え、ちょ」
栄の言葉を聞かずに、憂は慌てて出ていった。
彼の出ていったドアを呆然と見つめる栄。
憂は逃げるように全力で駅まで走った。
まだ付き合っていないし、好きだとも伝えていないのに、
抱いてしまった。
これじゃあ、ただ身体目当ての男みたいじゃないか・・・!
「ああああっ‼俺最低だ!」
などと朝っぱから叫びながら、走っていった。
栄からメッセージが来ていたが、
怖くて開けず、ずっとメッセージを開けないでいた。
翌日から、
栄は店に来なくなった。
やっぱり自分と勢いであんなことになってしまって、
後悔しているんだ・・・
罪悪感と、後悔がいつも何事も動じない、憂の冷静さを奪っていた。
仕事では発注・レジ・品出しと。全てミスしまくりで、周りから見ても明らかに普通じゃなかった。
あまりにもひどい有り様で、
コンビニの従業員や大学の仲間も憂を心配していた。
そんな事が数日続き、
いても立ってもいられずに
亀田がいよいよ話しかけた。
「大丈夫?」
「・・・」
大丈夫だと言いたかったが、
自分でも明らかにひどいのは分かっていたので、
ふと亀田の顔を見上げた。
「最近いつもより変だよ?」
普段なら失礼だな!とか突っ込んだりするんだろうが、
数秒後、
「〜っ!」
ダーッと涙を流した。
「‼坂本ぉ?どうしたぁ!?」
急に泣き出す坂本に、亀田は慌てふためいた。
『どうした!』
店員全員が坂本を心配して集まってきた。
とりあえず泣き止まない坂本を、家に帰って寝ろと
店長は彼を家に帰らせた。
憂はとぼとぼと家に帰り、
泣きながら眠りについた。
数時間深く眠って、
朝早くに目が覚めた。
あれから一度も栄に会えていない。
連絡もない・・・
いや、連絡は何度かあったが、
見るのが怖くて、
メッセージを開いていなかった。
憂は恐る恐る、
メッセージを開いた。
まずは憂が逃げ帰った当日のメッセージ。
《坂本くん?焦ってたけど大丈夫?落ち着いたら連絡してね》
同日夕方、
《坂本くん?もう大丈夫になった?落ち着いたら連絡ちょうだいね》
同日夜中、
《この間言いそびれたんだけど僕、明日から出張で1ヶ月ほど地方に行くことになったから、しばらく会えなくなるから》
そのメッセージを見て、彼が来れなかった理由がようやく分かった。
(なんだ・・・出張か・・・)
とりあえずほっとした憂。
しかし、次に目にしたメッセージに凍りついた。
1週間前、
《もしかして、僕を抱いたこと後悔してる?》
《ごめんね》
これで、彼からのメッセージは途絶えた。
あれだけ、すぐに悩む栄に、沢山悩ませている。
あれだけカッコいいのに、自分に自信がないのに・・・
俺は今までなにをしていた?
自分で言ったんだろ?
『あんたが自分のこと嫌いだって言うなら、俺があんたの代わりにあんたの事好きでいてやる。だから自信なくす必要なんて無い』
そう言ったのは、
憂本人だった。
週末でちょうどで1ヶ月。
憂は、メッセージを送った。
《後悔なんてするわけない。ただ、まだ恋人じゃなかったから、それで色々考えた》
《会いたいから、帰ってきたら連絡して》
そのメッセージが既読になるまで、
憂は何度もスマホをチェックした。
その夜は既読がつかなかった。
そうして翌朝。
大学から、憂は走ってコンビニへ向かう。
《ちょっと遅くなるけど20時くらいに行くね》
彼からメッセージが来ていた。
憂ははやる気持ちを押さえながら、彼の帰りを待った。
時間は20時すぎ。
もうすぐ栄がくる。
そわそわしていると、スマホが鳴る。
実家からだった。
「坂本くん!」
フラフラとコンビニから出てきた憂に、栄は声掛けた。
肩で荒い息をして、彼の前に駆け寄る。
「ごめん、遅くなって・・・・どうかした?」
普段とは違う表情の憂を見て疑問符を浮かべる栄。
憂は震える手で、
「さっき実家から電話が来て・・・父親が倒れたって」
「え!?」
「俺・・・どうしたら」
明らかに冷静じゃない憂に、
「落ち着いて。病院は聞いたの?」
「い、一応」
「今日車で来てるから、送るよ」
「え・・・でも」
「早く乗って!」
栄はコンビニの駐車場に停めている自分の車の助手席に憂を乗せると、
憂から聞き出した病院に到着した。
電車で1時間半くらいの先に、憂の実家がある。
そこは有名な酒蔵がある街。
実家から数十分の場所に病院があった。
「え!?捻挫?」
深刻な気持ちで行くと、そこにはケロッとした顔で病院の待合室のベンチに座る父親の姿。
「あんたわざわざ来たの?」
「母さんが深刻な声で電話してくるから」
すると母親はあっけらかんと、
「いやだわ〜、私も酒蔵から落ちた音聞いて、気が動転しちゃってさ〜。
今日お兄ちゃん達も奥さんの実家に行ってるから不安で・・・」
「もー、なんだよ・・・」
と憂はへなへなと脱力して、廊下でしゃがみこんだ。
「でもよかったじゃない。大事には至らなくて」
と、憂の後ろから彼に声掛ける。
「まあそうですけど・・・」
憂は自然に言葉を返す。
その2人のやり取りをじっと見つめ、憂の母親は、
「憂、その方は?」
『え・・・』
憂と栄の声がかぶる。
2人は顔を見合わせ、
「えーっと・・・この人は、その・・・」
もじもじしながら、言葉を濁す憂。
憂の母親は、ああとピンときて、
「あー、彼氏か」
「なんだよ、ずいぶんイケメンじゃあねえか」
母親の言葉に父親も乗ってくる。
「ちょっと2人とも!まだ彼氏じゃ・・・!」
と、口走ってから慌てて栄を見る。
彼はきょとんとしていた。
どうやら憂は親には隠していないようだ。
それを見て安心した栄は、
にこっと笑い、
「これから憂くんの彼氏になる、林田 栄です」
「栄さん!」
真っ赤になり小さく声を上げる。
栄は憂の手を引いて起き上がらせて、背中をポンポンとさすり、
「違った?」
優しくそう言うものだから、
「・・・違わない、けど」
否定しなかった。
憂はとりあえず職場に連絡を入れた。
皆心配してたみたいで、電話口で良かったと言ってくれた。
《スイーツ王子の事も大丈夫?》
《うん》
《そっか、そっちも良かったね》
《ありがとう、亀田さん》
亀田と少しだけ話せた。
栄の車で2人を憂の実家へ車で送り届け、
「栄さん、今度改めて遊びに来てね〜」
「良い酒飲ませてやるぜ」
「ありがとうございます。お大事に」
あっさり憂の両親と仲良くなった栄は2人に手を振って車を走らせた。
「憂くんの実家って酒蔵なんだね」
「うんまあ、両親も兄も酒強いのに俺だけ弱くてさー」
「へえ、いい両親だね理解があって」
ふふっと嬉しそうに笑いながら運転する栄に憂は、
「うちの家族はああだから、俺にとってはありがたいけどさ」
もう暗くなっている外を車の窓から見ながら、
「俺のマイノリティで、家族が周りに言われるんじゃないかって、そればかり心配してた」
自分の胸の内を初めて人に口にした。
「だから大学入学と同時に実家を出て」
「でもさ」
「職場も皆いい人で、俺が好きになったあんたもいい人で・・・」
「俺には、もったいないよ」
最後の言葉はもう震えていた。
栄は信号で車を留めて、
「憂くん言ってくれたよね」
「僕が自分が嫌いでも、俺だけはあんたを好きでいるからって」
「僕も同じ気持ち。そのままの君が好きだよ」
その言葉だけで、十分だった。
「俺も、好き」
憂は照れながらも、彼を見つめてそう言った。
もう言って良いんだ。
栄が憂にそう思わせてくれた。
栄はふふっと笑い、
「今日君の事、連れて帰っていい?」
憂は窓の外を見ながら、
「うん」
短く返事をした。
「まだスーパー開いてるよね」
「?うん。家の近くは24時間営業だから」
「じゃあ、寄って」
「何買うの?」
「明日の朝、パンケーキ作ろうかな、と」
「え!?」
憂の提案に、声を上げて驚く栄。
「作れるの?」
「休みの日は、たまに作ってた。自分で甘いもの作るのいいよ」
知らなかった憂の一面を知れて心の底から喜ぶ栄。
大人気ないと自分でも思った。
「楽しみだな〜」
急に子供のようにウキウキする栄に、
(さすがスイーツ王子・・・)
内心ほくそ笑むのだった。
「明日のパンケーキも楽しみだけどさ」
スーパーの駐車場に車を停めて、
憂の事を助手席ごと腕で囲って、彼の顎をくいっと上げる。
「今日は君を食べたいな」
口説かれている事に照れながらも、
「オヤジくさいな」
とふっと笑う憂。
「うるさいな」
本気で照れる栄に、
「まあ食べるのは俺の方かも知れないけど」
「ちょ」
しれっと返され、2人は同時に笑った。
翌朝、
久々の休日だという事もあり、
栄は自分のベッドで寝返りを打った。
スマホの時計を見ると、もう午前9時を回っていた。
休みでもいつもはこのくらいの時間に起きている。
自分の横には、完全に気を許した憂がすやすやと寝息を立てている。
昨日は朝方まで抱き合った。
あんなに自分を求めてきた憂を始めて見て、
初めての時より気持ちよくて、心も身体も満たされた。
(幸せすぎる・・・)
栄は整った顔をして眠っている憂の前髪を撫でた。
「・・くすぐったいよ」
目を閉じたまま、薬と笑う憂。
ゆっくりと目を開けて、目の前に横たわっている栄を見つめた。
もうただの店員と客じゃない。
俺の好きな人。
俺のことを好きだと言ってくれる人。
憂は栄の首元に顔を寄せた。
「俺、あんたより年下だし、まだただの大学生だから、頼りないかも知れない」
憂は起き上がり、
栄を起き上がらせ彼の手を握る。
「でもずっと、栄さんを離さないから」
憂の真剣な眼差しに心掴まれる。
「ずっと・・・?」
「うん」
「ずっと、一生」
そう言って優しく笑う憂に、栄は涙を流しながら、
「重いね」
笑ってそう言った。
「片思い歴長いからね」
そう言いながら、栄にキスをする。
「それを言ったら僕の方が長いよ」
「え、俺でしょ」
2人はどちらが片思いが先かを語り合うのだった。
「もう昼だけど、約束のパンケーキ作るか」
と憂は起き上がる。
「やった〜」
栄は子供のように跳ね起きて喜んだ。
夢も目標も無かったただの大学生だったけど、
今の憂には夢がある。
大好きな彼を、側でずっと幸せだと思わせる事。
それが憂のささやかな夢なのだ。
エピローグーーーー
「あっ・・・待ってっ」
後ろから挿れられて、我慢する事無く栄は喘いだ。
前より後ろからの方が、いつもよりずっと奥の良い所に当たってたまらない。でもそれに気が付かれるのが恥ずかしい。
いきなり奥まで挿れられると、声が我慢できない。
「なんで?気持ちいいでしょ?いつもより良い所に当たってて」
憂は分かってて後ろからゆっくりと挿れた。
「わかってて・・・やってるのっあっ」
言いながら腰を揺り動かされ、気持ち良すぎて話す事もままならない。
「だって明らかに奥いいでしょ?」
「やっん、いじわる・・・あっ」
(かわいすぎるだろ・・・)
イケメンで細身な栄が、
今は自分の前で可愛く腰砕けになっている。
憂は興奮が押さえられなかった。
本当はいつもより激しく動きたい。
朝までめちゃくちゃに抱き潰したい。
後ろから奥突きながら、
栄の肌を撫でてその肌の滑らかさを堪能する。
「んんっ憂くん」
「ん?」
自分の腰に触れている憂の手をそっと取って、
「この角度もいいけど」
憂の手を自分の口に押し当て、
「向かい合ってしたい」
「気持ちよくない?」
憂がそう言うと、もう十分に火照った顔で、
「顔見ながら、シて欲しい」
その言葉に、憂の理性がブチッと切れた。
憂は一度抜いて、彼を仰向けにする。
細身だが肉付きのいい身体、抱く度にだんだん滑らかになってやらしくなる彼の身体を上から下までまじまじと見つめる。
全身愛撫されるように見つめられ、
「そんなに見ないで・・・」
照れる栄がたまらない。
「素直なのはいいけど、止められなくなる」
そう言って、憂は向かい合わせになった栄の両足をぐいっと持ち上げ、
その足にキスして、そのままぐっと彼の奥まで挿入する。
「あっあっ」
全身をひくひくさせて気持ちよくなる栄。
さっきより激しく腰を上下させ奥まで打ち込んでいく。
「栄さん、すき」
「あぁっ」
同時にイッてしまい、力尽きて憂は栄の上にもたれかかる。
(幸せすぎて怖い・・・)
もはや惚気のような事を考えて、憂は自分の隣に仰向けになっている栄の横顔を見つめる。
今こんなに近くに彼がいることが、本当に夢みたいだった。
憂は栄の肩にピタッとくっついた。
「どうしたの?」
「・・・一緒にいられて、幸せです」
憂が急に改まって言うもんだから、
「僕も」
栄はそんな彼の頭を愛おしそうに撫で笑顔を見せた。
終わり。
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