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第80話 猫の涙の色②

「タキさん!これ、どーいうこと?!」 次の日、ヒヤは本を手にタキに詰め寄った 「あ、バレた?」 「『バレた?』じゃない!いままで顔出ししてこなかったのになんで?」 ヒヤの迫力にタキはうろたえて背を向けた エチゼンからゲーム化の打診をそれとなくしておいてほしいと言われていたが、ヒヤはそんなことはすっかり忘れて自分のことで精一杯だ 「黒滝さんといえば官能小説家だよね?!最近発表してないと思ったら、ホラー小説家に転向したの?!」 「元々エログロだからその辺はあいまいで…」 ヒヤが納得していないことは、顔を見れば明らかだった 「ヒヤ、その辺にしとけよ」 タキとヒヤのやり取りを見かねたマサトが受付から顔を出した 「でもでもまさかタキさんが黒滝さんだなんて思わなくて…」 ヒヤは急にモジモジしだした 好きなあまり、驚きがそのまま怒りに変換されてしまったようだ (ほんと、うちの店はこじらせてんのばっかだな…) マサトはため息をついて、 「ファンならなおさら責めずに見守ってやらなきゃダメだろ?」 マサトの言葉を聞いたヒヤは、一気に悄気返(しょげかえ)り、タキに「ごめんなさい」と謝った 「いいんだよ。いつかは知られてしまうことだから。それにこんな近くに官能の方のファンがいるとは思わなかったよ。Web小説でしょ?」 タキは予約客を確認し、迷うことなくコスチュームを手に取った 「はい。でもめちゃくちゃ人気じゃないですか。電子書籍限定だけど本も出てるし…あっ」 「?」 「コースケ…エチゼンさんから、ゲーム化したいから打診してきてって言われてたんでした。エロゲですかね?」 ヒヤはうーんと首をかしげている タキはそんなヒヤを見て、思わず吹き出した 入ったときは、他人と目を合わすことなくひたすらうつむいていたのに、いまこんなに表情豊かになった 時々うざいけど、弟か妹だと思えば苦にならない 無邪気で、天然で、繊細で、傷つきやすい弱い人間 タキにはエチゼンがなぜヒヤ(この子)と付き合っているのか理解できなかった タキは生成の麻のロングワンピースに身を包み、【ペルシャ】の部屋に向かった  いつものように深呼吸をし、全身に酸素を巡らせる そうすることで、【ノれる】ことに、いつの日か気づいた 「タカユキさん、会いたかった」 プレイルームに入るやいなや、タキはマットレスを飛び越え、客の部屋とを仕切るガラスに手をついた 「ユウナ…」 タカユキーー少し前までは【クロさん】で通っていた客も、ガラス越しにタキと手をくっつけた タキとタカユキのこの倒錯した関係は、かれこれ1年近く続いていた 「本読んだよ。写真、きれいに撮ってもらったね」 「そう?」 タキがユウナを【演じ】始めると、タカユキは性的なことを一切しなくなった 1時間の予約の間、ひたすら最近の自分のことや思い出話をする 【猫の涙の色】のひとつ前に発表した官能小説は、タカユキをモチーフにしたものだった それが思いの外好評価を受けたことから、真実により近い小説を書きたくなった その話をタカユキにしたところ出された条件が、ペンネームは変えないこととタキの顔写真を出すことだった 顔出しは正直嫌だったが、タカユキから 「本を読むたびに、これは俺のものだって感じたいから」 と言われ、タキは断ることができなかった そして、ちょうどその頃から、タカユキはタキに喪服ではなく普段着を指定してくるようになった お気に入りは白いブラウスやプリーツの入った白いロングスカート、それに今日みたいな洗いざらしのワンピースやワイシャツだ 【クロさん】は【シロさん】になった

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