9 / 85

はじめてかも

「とりあえず10万くらいでいいのかな?」 「えっ?」 「食費だよ、ちょこちょこ渡すのも面倒だから20万くらい渡しておこうか?」 「ちょ――っ、そんなに要りませんよ。5万でも多いくらいです」 「えっ? でも二人分だぞ?」 5万円なんて……昼、夜と外食すれば、半月くらいしか持たないはず。 「自炊ならそんなにかかりませんから」 「そういうものなのか? ほとんど外食ばかりだからあまりわからないんだ」 「あの……大智さん、スーパーには行かれないんですか?」 「それは行くが、パンとか飲み物とかカットフルーツくらいしか買わないからな」 「そうなんですね。じゃあ。今から行ってみませんか? どんなものが食べたいとか、あと苦手な食材なんかも知っておきたいですし」 今日は特に予定もないし、食事を作ってもらう立場だ。 アメリカに来てからスーパーを隅々まで見たことはなかったし、興味がないわけじゃない。 今までは見てもどうしようもないと思っていたからだし。 「じゃあ、連れて行ってもらおうかな。どういうものに使うのかとか教えてくれるとありがたい」 「ふふっ。はい。じゃあ、用意しますね」 「あっ、私も着替えてくるから。財布も持ってきたいし」 「じゃあ、着替えたら部屋にお迎えに行きますから、待っていてください」 「えっ、わざわざ迎えにきてもらうのも……」 「いえ、できたら、キッチンを見せてもらってもいいですか? そっちで料理をすることもあるでしょうし。何が揃っているか見たいので」 そう言われたら断るわけにはいかない。 なんと言っても作ってもらうんだから。 「わかった。じゃあ、部屋で待ってるから」 そう言って、透也くんの部屋を出た。 部屋に入って変なものを置いていないか確かめてみる。 まだこっちに来たてだから、おかしなものは置いていないはずだけど……。 寝室には流石に入らないよな。 って、別におかしなものは置いてないけど。 なんで俺、こんなに焦ってるんだろう……。 なんだか初めて恋人を部屋に招き入れるみたいにドキドキしちゃってるけど……。 考えてみたら、部屋に誰かを入れるなんて初めてかも。 宏樹とはいつもあっちの家で会ってたし、最初の頃、家に行きたいと言われても掃除してないからって何度か断ったら、行きたいって言い出さなくなったしな。 そういえば、今まで家に人を入れたことはないかもしれない。 昔から自分のテリトリーに誰かを入れるのが嫌だったし。 でも……なんで透也くんは嫌だと思わなかったんだろう? やっぱり料理を作ってもらうからかな。 うん、きっとそうだ。 自分でそう納得したところで、クローゼットを開けた。 今日は外には出ないと思っていたからな……。 とはいえ、スーパーだし。 そこまで畏まるのもおかしい、よな? スーパーってみんなどんな格好で行くものなんだろう? ああ、他の人の格好を見ておけばよかった。 部屋着は流石におかしいだろう? うーん、ジャケットまでは着ないよな? 悩みまくってとりあえず目についた白Tシャツと黒のパンツ、そして、紺の半袖シャツを羽織った。 これでいいんだろうか? もっと違う服……と思っている間に、ピンポンとチャイムが鳴り響いた。 まずい、もう透也くんが来てしまった。 急いでクローゼットに服をしまい、バタバタと玄関を開けると、少し大きめの、しっかりとした生地のTシャツにベージュのチノパンを穿いている透也くんが立っていた。 「大智さん、その格好似合いますね」 「そ、そうか? スーパーに行く時の格好がわからなくて、目についたものを着てみたんだがおかしいと言われなくてよかったよ」 「ふふっ。いつもはどんな格好で行ってたんですか?」 「いつもは仕事帰りに寄っていたからスーツだったんだ。だから、こういう状況に慣れていなくて……。あっ、悪い。玄関先で立たせたままで……。どうぞ、入って」 「じゃあ、今度は仕事帰りに待ち合わせて一緒にスーパーに行きましょうか。その方がその時食べたいものを作れますしね。お邪魔します」 嬉しそうに笑う透也くんを中へと案内しながらも、俺の心はドキドキが止まらなかった。 だって、仕事帰りに待ち合わせて一緒にスーパー? 今までの生活じゃ考えられないことだ。 「うわぁっ、やっぱり大智さんが仰ってたように広いですね」 ドキドキしている俺をよそに透也くんはスタスタと中に入っていく。 「だろう? 一人だと本当に持て余しているんだ」 「これからは私がいますから、大丈夫ですよ」 「――っ!!」 パチンとウィンクをする顔がとてつもなくかっこいい。 こんなに普通にウィンクってできるものなんだなと感心してしまう。 「キッチン、うちより広くて使いやすそうです。ここだといろんなものが作れそうだな」 ドキドキしている俺の横で、透也くんはすっかり我が家のキッチンに心を奪われているようだ。 「あの、冷蔵庫を開けてもいいですか?」 「あ、ああ。なんでもみてくれて構わないけど、みたら驚くと思うぞ。何も入ってないから」 一応驚く前に声はかけたけれど、水とバター、チーズくらいしか入っていない冷蔵庫の中を見て、透也くんが唖然としているのが見なくてもわかる。 「大智さん……これで、よく生活してましたね」 「だからこっちに来てほとんど外食だったから」 「すごくよくわかりました。じゃあ、スーパーに行きましょうか」 にっこりと笑いながら当然のように手を取られ、俺たちは外に出た。

ともだちにシェアしよう!