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透也の強さ
「支社長を送迎している人がいるのよ」
「何言ってるの! 支社長はずっとそうじゃない。キースさんでしょう? 支社長が呼んでるのを聞いたことがあるし」
「違うっ、違うっ! 日本人よ。長身でめっちゃイケメンの」
「イケメン……って、えっ、じゃあ……支社長の恋人って男?」
金沢さんの声に嫌悪感っぽいのを感じて、一気に胸が苦しくなる。
男が好きだなんて、絶対に知られちゃいけなかったのに……。
透也と出会ってからが幸せすぎて、そんな大事なことをすっかり忘れてしまっていた。
すぐに違うって訂正しておかないと!
俺はともかく、透也にだけは迷惑をかけないようにしておかないといけないのに……。
どうしよう……足が震えて、胸が苦しくて、動けそうもない。
俺はその場にしゃがみ込んで動けなくなってしまった。
自分の不甲斐なさに涙で目が潤んでくる。
透也……。
透也だけには迷惑かけたくないのに……。
どうしたらいいんだろう……。
そう思いながらもどうすることもできずにその場にしゃがみ込んでいると、
「大智っ!」
突然聞き慣れた声が聞こえた。
「えっ?」
今のは、透也の声。
でもそんなわけない。
ずっと透也のことを考えていたから、幻聴だ。
目をぎゅっと瞑って何も考えないようにした。
だけど、次の瞬間、突然身体がふわりと浮かんだ。
「大丈夫ですか?」
うそ……っ、透也?
いや、そんなわけない。
でも、かけられる声も、ぎゅっと抱きしめてくれる温もりも、ふわりと漂ってくる匂いも全てが透也だと言っている。
必死に目を開けると、目の前には青ざめた様子の透也の顔があった。
「と、うや……なん、で……?」
「メッセージくれてから随分と経つのに、全然来ないから心配になって中に入れてもらったんです。高遠さんがちょうどロビーに下りてきてくれたので助かりましたよ」
高遠くんと透也が知り合いだったのか……。
ああ、そういえば、高遠くんは笹川コーポレーションからうちに引き抜きで入ってきたんだった。
「って、そんなことより顔色が悪いですよ。医務室に行きましょうか?」
「いい、早く帰りたい……」
「わかりました。それじゃあ、一緒にオフィスに行きますから、帰りの支度を手伝います」
「でも、そんなことしたら……」
ますます透也のことが知れ渡ってしまう。
迷惑をかけたくなかったのに、どんどん深くなってしまうじゃないか。
「大智が何を心配しているのか想像はついてますが、何も心配はいりませんよ」
「でも……」
「俺を信じてください」
透也のその目に弱いんだ。
そのまっすぐな目で見つめられると、もう何も言えない。
「わかった……まかせるよ」
俺の言葉に透也は嬉しそうに笑い、俺を軽々と抱き上げて、オフィスへと歩き出した。
さっきまで給湯室でおしゃべりをしていた数人の女性社員たちが何も言わずにただ黙って、こっちを見ている。
その強い視線に怖くなって、思わず透也の胸元で顔を隠してしまった。
透也は俺をぎゅっと抱きしめながら、
「オフィスはあちらですか?」
と彼女たちに声をかける。
「あ、はい。そうです。あの、支社長は……」
「少し貧血を起こしたみたいですけど、大丈夫ですよ。今から荷物を持って社宅に連れて帰りますから、ご心配なさらずに」
「あ、でも……あなたは、うちの社員じゃ……」
「はい。ですが、同じところに住んでいるので問題ありません。すみません、早く休ませてあげたいのでこれで失礼しますね」
そんな言葉を交わすと、スタスタとオフィスに入って行った。
もう定時をすぎていたからか、残っていた社員は少なくホッとした。
透也は俺を抱きかかえたまま、荷物をさっと纏めると、そのままオフィスを出てロビーへと降りていく。
そして、そのままキースの車に乗り込んだ。
キースは心配そうにチラチラとこっちを見ているのはわかったけれど、今は何も話す気になれず、あっという間に社宅に到着した。
『Mr.タナベ。Mr.スギヤマはどこか体調でもお悪いのですか?』
『いや、貧血を起こしたらしい。休ませておけば大丈夫だから、心配しないで』
『そうですか、ですが、何かありましたら何なりとご連絡ください』
『ああ、ありがとう』
透也はジャックにお礼を言うとそのまま俺の部屋に入っていく。
まるで自分の部屋のように慣れた様子で、俺を寝室に運んだ。
「ジャケットとネクタイ、ベルトだけ外しますね」
ベッドの上であっという間にささっと取り去られて、ベッドに寝かされる。
透也も同じようにジャケットとネクタイ、ベルトを外すとそのまま俺の隣に横たわり、俺の頭を自分の腕に乗せた。
「大智、何があったのか聞いてもいいですか?」
その言葉に身体がこわばるのが自分でもわかった。
透也にもそれは伝わったんだろう。
「すみません、大智を怖がらせるつもりはないんですよ。嫌なら何も話さなくていいです。大智が今、俺の腕の中にいてくれるだけで安心していますから」
ぎゅっと抱きしめられるその強さに、透也をどれだけ心配させてしまったかを感じて申し訳なく思う。
「心配かけてごめん。あの、俺……」
「良いんですよ、無理しなくても」
「いや、聞いてほしい。俺……透也と付き合うのはやめた方がいいんじゃないかって……」
「――っ、何を言ってるんですか?!」
透也が突然ガバっと起き上がり、俺を抱き寄せる。
「そんなこと絶対にしませんから! 俺は絶対に大智を手放さないって言ったでしょう?」
「でも……会社で、俺の恋人が男だって……バレてるみたいで……相手が透也ってことも、もうバレてるかも」
「だから、別れるんですか?」
「だって、透也がそれで嫌な目に遭ったりしたら、俺……自分が許せない……っ」
「大智……俺のために考えてくれたんですね」
俺が小さく頷くと、透也は小さく微笑んだ。
「でも、俺のためなら別れる方が問題になりますよ」
「えっ? どうして……?」
「俺は絶対に大智を諦めませんから、朝からずっと大智に張り付いてストーカーになりますよ。それこそ、大智の仕事に支障をきたすくらいに。ベルンシュトルフ ホールディングスの有能な社員が使い物にならなくなってしまったら、会社はどうなってしまうでしょうね? そんなことになってしまうくらいなら、俺と付き合っていた方が会社にとっても有益ですよ。なんていったって、大智は俺と一緒にいた方が仕事が捗るんですから。そう言ってましたよね?」
「あ、うん。それはそうだけど……」
「なら、誰にどう思われようと、何を言われようと別れる必要なんて何もないでしょう?」
透也にそう立て続けに言われると、そんな気がしてきた。
気にする俺の方がおかしかったのかもしれない。
そう思わせてくれる透也の強さにどんどん引き込まれてしまった。
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