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世界が広がっていく
「きっと今回の敦己のように先方の要望で急遽呼ばれたんじゃないですか?」
「まぁ、そういうことなんだろうな。でも、それなら金沢さんの代わりの事務員さん、補充しないといけないな」
また面接とかに時間取られるのかな……。
正直他の仕事の合間だから面倒くさい。
それでも事務員さんが少ないと、仕事も滞ってしまうから効率も悪いしな。
しばらくは今いる人たちでなんとか回すにしても、それがずっとってわけにはいかないし。
時間を見つけて面接するか、それか本社に掛け合ってみるかな。
採用するにしても本社と連携しないといけないしな。
「ふふっ。事務員さんの補充どうしようかって思ったでしょう?」
「ああ、わかるか? ちょっと憂鬱だなって思ったよ。ただでさえ、大きなプロジェクトが始まるのに忙しくなりそうだなって。はぁーっ」
「大丈夫ですよ。高遠さんがすぐに本社に報告したら、ちょうど本社の方でこっちに配属願いを出している人がいるので、その方を呼ぶみたいですよ」
「えっ? そうなのか? どこの子?」
「マーケティング課の白崎 さんって言ってましたね」
「ええっ! 白崎さんが来てくれるのか? それなら安心だな」
マーケティング課の白崎さんと言えば、アメリカ生まれのアメリカ育ち。
英語だけでなく、フランス語やスペイン語も話せるトライリンガルで俺の下で一時期働いてくれていたことがある。
「俺の下で働いてくれていた時、もうとにかく資料が見やすくて助かってたんだ。彼女が来てくれたら、こっちの事務員さんのいいお姉さん的存在になってくれるだろうな」
「そんな人が来てくれるなら、少しは大智も楽になるんじゃないですか?」
「まぁそうだな。正直事務員さんに関してはこっち採用の人ばかりだから、本社のやり方が通じなくて」
「ああ。わかります。よかったですよ、大智が少しでも仕事がやりやすい人が来てくれることになって……」
「本当に。金沢さんが辞めたって聞いた時はどうなるかと思ったけど、怪我の功名だな。なんてそんなこと言ったら金沢さんが怒るかな」
「大智は優しいですね。俺としては大智の不安材料が減って安心しましたけど」
俺があんなに動けなくなっているのを見せてしまったからな。
透也に心配かけてしまったな。
「それで、敦己にはどうします? 話しておきますか?」
「透也はどうしたい? 身内にバレるのは嫌とかないか?」
「そんなことあるわけないでしょう? 兄貴にだって紹介したんですし。まぁでも、最初は内緒にしていてもいいんじゃないですか? 敦己には婚約者と離れ離れになってこっちに来てもらったのに、俺たちがこっちで付き合ってて同棲してるなんて知ったら、彼女のところに帰りたいとか言い出すかもしれませんよ」
「ええっ! それは困るな」
「まぁそれは冗談ですけど、大智も敦己に知られてると思ったら照れるでしょう? 俺たちのことを報告するなら、プロジェクトが進み始めて落ち着いてからでもいいですよ。それまでは同じ社宅で仲の良い同僚ってことにしておけば敦己は仕事以外には結構鈍感ですから、バレないですよ。俺のことは今まで通り一社員として扱ってくれたら良いですし、実際に今は一社員ですからね」
透也は冗談だと言っていたけど、確かに婚約したてなんて蜜月だろうに、宇佐美くんには無理を言ってこっちに来てもらっているのに、俺たちが付き合ってるなんて話をしたら良い気はしないかもな。
それに透也が会長の孫で次期社長だということを俺が知らないことにしておいた方がいいこともあるかもしれない。
最初は様子見しててもいいかも。
「高遠くんにはなんて言ったんだ?」
「ああ、高遠さんの場合はもう兄貴からも薄々聞いていたみたいでしたよ」
「ええっ!! いつから?」
「食事をしに行ったすぐですね」
「高遠くん、何も変わらなかったけど……」
「ふふっ。でしょう? だから心配しなくていいですよ。それに大智だって、社内に一人くらい共通話ができる人がいた方が気楽でしょう? 俺たち兄弟の恋バナとか?」
「――っ!!!」
休憩時間に、高遠くんと、恋バナ?
今までの俺の生活にはないものすぎて、まだ想像もつかないけど……。
同じ性的指向の人とそんな話ができるだけでも嬉しいのに、付き合っている人が兄弟なんだもんな……。
考えてみたら俺と高遠くんが義兄弟になるってこと?
うわーっ!
なんか変な感じだけど……でも、悪くはないかも。
高遠くん、いい子だからな。
ひとりぼっちだった俺の世界が、透也と知り合えたことで広がっていくようなそんな気がする。
「大智……何を考えてるんですか?」
「えっ、いや、なんでもない」
高遠くんと透也たちの話で盛り上がれそうと思っていたなんて、言えるわけないっ!
「ダメですよ、俺と一緒にいる時に他の男のことばかり考えてたら」
「いや、他の男って……お兄さんの……んんっ!!」
突然唇が重ねられてびっくりする。
何度か唇をはまれてゆっくりと離れていく。
「どう、したんだ?」
「そろそろ話は終わりにして、イチャイチャしたいなと思いまして……」
「イチャイチャって、俺……」
「大丈夫です。挿入 たりはしませんから。大智に触れていたいだけです」
いつもはあんなに頼り甲斐があるのに、擦り寄ってきて甘えてくる。
ふふっ。本当におっきな犬みたいだな。
結局その日はほとんどをベッドの上で抱き合いながら過ごした。
抱き合うだけで幸せを感じるって、なんだか嬉しい。
翌日透也は、無理しないでいいんですよと俺を最後まで休ませようとしていたけれど、流石に平日に二日も休みを取るわけにはいかない。
しかも理由が理由だし……。
心配性の透也はいつも以上に寄り添いながら支社へ送ってくれたけれど、病み上がりだと思われているせいか、社員たちからは特に不思議な目で見られることはなかった。
透也と一緒にいたらすぐにバレるかもと思ってドキドキしていたけれど、それは俺の杞憂だったみたいだ。
まぁ普通は男同士が一緒にいたって、何かあるって勘繰る方がおかしいか。
複雑だけど、今の俺には助かる。
無事にオフィスに入って早々、高遠くんの顔を間近でみることになってどきっとしたけれど、もう仕事モードに入っているのかそんな素振りは一切見せなかった。
そういえばお兄さんとはもう長くお付き合いしているって、透也が言っていたっけ。
つい最近恋人ができたばかりの俺とは、やっぱり貫禄が違うのかな。
年下で部下だというのに、なんだかつい尊敬の眼差しで見てしまう。
俺もあんな堂々とできたらいいな。
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