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本社からの電話

宇佐美くんがL.A支社に来てくれてから早くも二ヶ月が過ぎ、プロジェクトもかなり大詰めに入ってきている。 「宇佐美くん、高遠くんもそろそろ昼食にしよう」 「あ、はい。もうお昼回ってたんですね」 「宇佐美くんも高遠くんも集中すると時間を忘れるから、声をかけないといつまでも仕事しているだろう?」 「宇佐美さんとの仕事は楽しくてつい仕事を忘れちゃうんですよね」 そう言いながら、高遠くんは嬉しそうにお弁当を取り出した。 いつも外に食べに行っていた――多分、祥也さんのところだろう――けれど、宇佐美くんと仕事をするようになってから、お弁当持参が増えた。 きっと祥也さんが作ってくれているものに違いない。 手作りというよりはプロのものっぽいし。 本当ならお店で一緒に食べたいだろうに、このプロジェクトを成功させるためにお弁当を持たせてくれているんだろうな。 高遠くんは本当に愛されてる。 そういう俺も、ここ最近はずっとお弁当を持ってきている。 透也の仕事が忙しくなったせいもあるけれど、きっと宇佐美くんや高遠くんと一緒に昼食をとらせてくれるためなんだろうと思っている。 昼間会えないのは寂しいけれど、いつも帰りは迎えにきてもらってそのまま夕食を共にしているし、幸せそのものだ。 「あ、僕……今から、ピザ頼むので先に食べていていいですよ」 「ピザやハンバーガーばっかりだと栄養が偏るよ。お弁当多めにあるから一緒に食べよう」 「あ、宇佐美さん。僕のお弁当もたくさんあるんでシェアして食べましょう」 「あ、でも……申し訳ないですよ」 「気にしないでいいって。ほら、みんなで分けよう」 「ありがとうございます」 透也が作ってくれたお弁当を3枚の皿に取り分けている間に宇佐美くんがお茶を淹れてくれる。 そして、高遠くんは自分のお弁当も俺が盛り付けたお皿に分けていった。 「すごいっ! ご馳走ですね」 目を輝かせてくれる宇佐美くんをみていると、もういい加減透也とのことを話してもいいんじゃないかと思うけれど、やっぱり最初に誤魔化したせいかなかなかきっかけが掴めない。 高遠くんも宇佐美くんには今のところ内緒にしているようだけど、きっと俺に気を遣ってくれているんだろう。 何かのタイミングで話せたらいいとは思っているんだけど、何も話せないままだ。 いつも送り迎えしてもらっているし、このお弁当だって透也に作ってもらっていると早々にバレちゃったし、もしかしたら宇佐美くんにはもうバレてるんじゃないかと時々思うこともあるんだけど……。 宇佐美くんはあえてなのか、何も言ってこないからな。 そんなこんなで今日も何もその話には触れずに、おいしい昼食を三人で楽しく食べるだけだ。 「この分だと、予定より早く帰国できそうですよ」 「宇佐美くんが帰ってしまうと、高遠くんが寂しがりそうだな」 「支社長もですよね。宇佐美さんとはいつもああでもない、こうでもないって意見を共有し合ってるじゃないですか。僕はまだ宇佐美さんほどの域には達してないので、宇佐美さんが帰ってしまった後が心配です」 「そんなことないですよ。支社長、いつも高遠くんのこと褒めてるんだから」 「えっ、そうなんですか?」 「ふふっ。宇佐美くんと高遠くんとここでずっと仕事をしたいと思うくらい、二人の力は認めているよ」 「支社長にそう言われると嬉しいです」 高遠くんをうちの会社に引き抜くように言ってくれたのは透也だと言っていた。 本当にいい人をよこしてくれたな。 昼食を終え、宇佐美くんが高遠くんと取引先での打ち合わせに向かった。 今回の打ち合わせは少し長くかかるかもと話して出て行ったが、もうすぐ18時。 二人からはまだ連絡が来ない。 透也にも連絡を入れておくと、 <一度家に帰って食事の支度をしておきますね。仕事が終わったら迎えに行きますから、連絡ください> とわんこのスタンプ付きで速攻返ってきた。 仕事終わりなのに、いつも夕食を作ってくれて申し訳ないと思いつつ、透也の夕食を楽しみにしている部分が大きいからありがたく思っている。 こんなに至れり尽くせりされて……透也が帰国している時が今から心配でたまらないな。 <今から支社に戻ります> そう宇佐美くんから連絡が届いたのはそれから30分後のことだった。 あの会社からは車で15分くらい。 片付けをしていれば、ちょうど帰って来そうだと思っていると、突然電話が鳴った。 もう定時も過ぎているのに珍しい。 表示を見れば日本本社からの国際電話だ。 何かあったのだろうか。 少し心配になりながら電話をとった。 ーはい。ベルンシュトルフ ホールディングス L.A支店 杉山でございます。 ーあ、あの……私、東京本社営業部の上田と申します。宇佐美をお願いしたいのですが…… 電話口からは少し焦ったような声が聞こえる。 ーああ、上田くん? 宇佐美くんは今出先から戻って来ているところで、もうそろそろ着く頃だと思うんだけど、何か急用か? ーはい。こちらの案件で少しトラブルが起きまして、できたら宇佐美に日本に帰って来てほしくて…… ーえっ? 宇佐美くんを帰国させる? それは……うーん、こちらもプロジェクトの大詰めだからね。 ーそれは重々承知の上です。ですがどうしても宇佐美の力が必要で……ほんの数日でもいいので帰って来て欲しいんですが、支社長! なんとかなりませんか? 上田くんの切羽詰まった声に、無理だとは到底言えそうになかった。

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