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閑話 絶対に助けて見せる 後編  <side透也>

翌日早速安慶名先生から連絡が来た。 てっきり電話とメールで詳細を知らせてくれるのかと思ったら、直接会って話がしたいから事務所に来て欲しいと言われた。 それは構わないが、なんとなく嫌な予感がする。 この予感が当たらなければいいと願いながら、急いで安慶名先生の事務所に向かった。 「わざわざお呼び立てしてすみません」 「いえ、あの……それで、調査結果が届いたんですよね?」 「はい。実は想像以上の結果で……私も腑が煮え繰りかえっています」 調査結果の紙を握りしめる拳が震えているのがわかる。 いつも温厚で冷静な安慶名先生がこんなにも怒りの感情を見せるなんて……。 それほど酷い内容だったということか。 「安慶名先生……」 「あっ、すみません。つい自分の感情が抑えられなくて……弁護士失格ですね」 「いえ、それほど被害者のことを考えてくれているということでしょう。いい弁護士さんだと思いますよ」 「ありがとうございます。日下部さんにそう仰っていただけて落ち着きました。これが調査結果です」 まだ少し震える手で差し出された調査内容にじっくりと目を通し始めた瞬間、 「う、そだろ……っ」 どうしても見たくなかった名前を見つけて愕然とした。 <被害者氏名:北原(きたはら)(あき)> この名前だけはなければいい……そうずっと願っていたのに……。 調査内容をじっくりと読めば、俺が日本を離れてすぐに手を出されている。 ああ、やっぱり一人にするんじゃなかった。 いやそれよりもちゃんと声をかけておけばよかった。 ゲイであることを知られたくなさそうだったから、わざと知らないフリをしておいたけれど、大智と出会ってそれが間違いだったと気づいたんだ。 ちゃんと味方だということを伝えていれば、あんな奴の毒牙にかかることもなかったかもしれないのに。 俺の判断が間違っていたんだ。 「くそっ!!」 北原の他にも、井上(いのうえ)掛橋(かけはし)森田(もりた)津山(つやま)。 どれも北原によく似た、何も文句も言えそうにない男たちばかりだ。 「安慶名先生、私はこれほど怒りを覚えたことはありません」 「わかります。私も初めてのことです。ですが、絶対に日下部さんが手を出すようなことをしてはいけませんよ。そんなことをしては、ロサンゼルスであなたの帰りを待ってくれている彼が悲しみます」 「――っ!! はい。それは絶対にしません」 「ふふっ。それならよかったです。大丈夫です、奴は法の力で徹底的にやっつけますから。私に任せてください。千鶴さんの件ももう動いていますから、安心してくださいね」 「ありがとうございます、本当に安慶名先生にはなんと言ったらいいか」 「いいえ、私はできることをしたまでですから。日下部さんはいつから出社されるんですか?」 「一応明後日から出社することになっているのですが、フライングで明日顔を出してこようと思います。奴もいるはずなんで、私が帰国したと分かればきっと何か動きを見せるはずです」 「なるほど。わかりました。ですが、くれぐれも表情には出さないようにお願いします。手を出したらもう終わりですからね」 「はい。大丈夫です。きをつけます」 絶対に大智を泣かせるようなことはしないと誓うし、そして、北原も守ってみせる。 翌日、忙しい時間帯を避けて笹川コーポレーションに向かった。 奴は後ろ暗いことがあるからか、俺の姿を見るとすぐにオフィスから姿を消していた。 とりあえず俺が帰ってきたことを知ったんだ。 絶対に何か行動を始めるに決まっている。 今は我慢だ。我慢だぞ、透也。 「北原、久しぶりだな!」 「えっ? あっ、た、田辺……な、んで?」 「なんでって失礼だな! 一日早く帰国できたから、顔を出しに来たんだよ。俺に会えて嬉しいだろう?」 「あ、うん。ごめん。驚いちゃって……おかえり。田辺」 北原からはいつもの屈託のない笑顔ではなく、一生懸命無理して作った笑顔が見える。 こんなに痩せて……。 よほど辛い目に遭わされているんだろう。 今すぐにでも助け出してあげたいけど……もう少しの辛抱だからな。 心の中で北原に侘びながら、俺は一生懸命笑顔を見せて話しかけた。 「あっちに行って北原の偉大さに気づいたよ、俺は」 「えっ? 何、それ?」 「お前の作る資料が素晴らしいってことだよ」 「――っ、田辺。そんなことっ、急に言われたら照れるよ」 「だって本当のことだから仕方ないだろう? これからまた資料作り頼むよ、期待してるからな」 「田辺がそんなこと言うなんて……でもいいよ。そんなに言ってくれるなら同期のよしみで頼まれてやるよ」 「ああ、俺たちは同期だからな。これからも頼むよ」 辛い目に遭わせてしまったけれど、絶対守ってみせるから。 また明日からよろしくなと言って、俺は早々に会社を出た。 この顔見せがどう動くか……奴の動きを待つしかないな。 「奴が動きましたよ!」 俺が仕事場に復帰した週末、安慶名先生からその報告を受け、俺は急いで先生の事務所に向かった。 「動いたって、どうなったんですか?」 「取引先の部長の娘さんと結婚するからと言って、北原さんとの関係を切ろうとしたようです。おそらく、日下部さんにこの事実が知られる前に止めようとしたのかもしれません。奴がこんな行動を起こしたのも日下部さんが動いてくれたおかげですよ!」 「でも北原が私に相談してくるかもと思ってないでしょうか?」 「いえ、そこは抜かりなく、例の動画と写真で脅しているようですね。誰かに知らせたら晒すと言っているようです」 「なるほど……。あの、安慶名先生はどうしてそんなに詳しくご存知なんですか? あの調査をしてくれた方がここまで調べてくれたんでしょうか?」 こんなにも凄腕なら、俺も会ってお礼が言いたいくらいだ。 「いえ、彼も引き続き調査はしてくれていますが、今回の情報提供者は別にいるんです」 「誰なんですか?」 「北原さん自身が弁護士事務所に助けを求めたんですよ」 「えっ? まさか、ここに?」 「いいえ。うちではなく、私の後輩の事務所です。北原さん自身から相談を受けた後輩が、北原さんが笹川コーポレーションにお勤めだと知って、顧問弁護士である私に相談してきたというわけです」 「そんなことが……」 まさか北原がそんな行動を取るなんて思いもしなかった。 奴も絶対にそう思っているだろう。 「はい。ですから、もうこの件は大丈夫ですよ。私と、そして後輩の弁護士がついていればもう負けなどあり得ませんから。もちろん千鶴さんの件も全てお任せください。日下部さんは北原さんが安心できるように声をかけてあげるだけでいいですよ。相談者の日下部さんにも全て情報はお知らせしますから」 「安慶名先生、ありがとうございます」 「いいえ。今回は泣き寝入りせずに声を上げた千鶴さんと北原さんのおかげですよ。悪者退治はすべて私たちに任せてください。一両日中にはいいご報告ができますから」 その話通り、安慶名先生は北原が相談を持ちかけた小田切という弁護士と手を組み、あっという間に全てを解決した。 清徳は逮捕され、奴の所業は全て明るみになったが、動画も写真も全て警察に押収され、北原以下、他の社員の名前は全てプライバシーで守られた。 もちろん、千鶴さんの結婚話も全てなくなり、今は母方の祖母がいる田舎で静養しているそうだ。 気持ちが落ち着いたら、大智がロサンゼルスに呼びたいと言っていたからそれもいいかもしれない。 俺たちが出会った奇跡の街だから、きっと千鶴さんにもいいことが起こるかもな。 辛い目にあった彼女だ。 そう願わずにはいられない。

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