47 / 63

腕いっぱいの花束に、胸いっぱいの恋歌を p47

 動物園の入り口で三人と待ち合わせた。  到着すると先にみんながいて、「十五分の遅刻だぞ」と三上さんがぼくの首に腕を回して、ふざけるようにヘッドロックをしかけてきた。 「いてぇ!」  側頭部をぐりぐりするから、ぼくも横っ腹に肘鉄をくらわせた。唯輔がびっくりしたように目をぱちくりさせる。 「仲、いいんだな」 「まあなー」  三上さんはしたり顔だが、「天敵だよ!」とぼくは否定した。  唯輔はやはり宗太の横が安心するのか、宗太にくっついてばかりいる。ぼくと三上さんは自然と二人の後を歩くかたちになった。  今日の唯輔は、茶とベージュのツートーン・ローファーにビンテージのブラックジーンズ、そして同じくベージュのダッフルコートといういでたちだった。どれもちょっとこだわりのある造りで、生活力ゼロなくせに服のセンスはかなり良い。  白い服しか持っていないのではないかと思ったがとんでもなかった。匂い立つようなしゃれ感、そして持ち前の美貌、加えてさらさらのプラチナヘアは、混みあった動物園でもべらぼうに目立つ。濃紺のジーンズにグレーのコートと、服装こそ地味なものの、長身でイケメンな宗太と並べばそりゃもう人目にたって仕方がなかった。 「田中といると気分がいいなあ、みんな見ていくぜ」  三上さんは屈託ないものだった。 「さしものあんたは引き立て役だね」  ぼくのツッコミに三上さんが、「言ったなコノっ」などとまたぼくの頭を抱えて、ぐりぐりする。大袈裟な動きだけれど、実はあんまり痛くないんだ、これ。  ぼくはといえば服装には無頓着なので、とりあえずダーク系にまとめている。ちなみにバイクで来たという三上さんは、茶色の革のジャケットに黒の革パンという、ワイルドを絵に描いたような格好だった。  鳥類館では、一つ一つの種類を確認しながらゆっくりと鑑賞した。  ときおり宗太を目で追っていると、ぼくの肩をポンと叩いて、三上さんがぼくの耳に口を寄せる。 「そんなに悲しい顔しなさんな」  励ますように耳打ちする。自覚がなかったので驚いた。 「ぼく、悲しい顔してる…?」 「かわいそうなくらいにな。高橋も高橋だ。お前を放っておいて、唯輔とばっか歩いてさ。あてつけに、俺と腕でも組むか?」  さすがにそれはないと、苦笑しながら首を振った。  いったん外へ出て、爬虫類館に向かう。途中、思い余ったように三上さんが前の二人に並んだ。 「なあなあ、田中ってさ、なんか見ため音楽してそうだけど、何か楽器やってる?」 「いや、俺は。そういうの、何も」  いきなり振られた話に唯輔は困惑したようだった。 「音楽とか聴かねえの?」 「あんまり」 「え~? 俺、ドラムやってんだけどさ、いろんなジャンルのCD持ってるから、貸してやるよ。お前が好きになれそうなの、一緒に探してみようぜ、な?」 「どうしようかな…」  まったく乗り気ではなさそうだった。唯輔のぱっとしない返事にもめげずに、三上さんは話し続ける。 「音楽は気分転換になるぜ」  あぶれた宗太がぼくの横に来た。 「今日もちゃんと朝メシ食ってきたか?」  切れ長の目から優しいまなざしを放ってぼくを包み、あたたかな響きを乗せて問う。ぼくの「過」保護者としての心配なのだった。ぼくは気まずくポリポリと耳の前を掻いた。 「最近ちょっと、面倒くさくなっちゃって」 「ちゃんと食わないと駄目だぞ。佳樹、少し瘦せたからな」  先日抱いてくれた時にも、心配そうにそう言ってくれた。 「またこの間みたいな時間、持とうな」  耳元でこそっと囁かれて、ぼくはボッと首まで熱くした。  こうして宗太と並んで話せるのは嬉しい。  それは自分ではどうしようもならない、自然と湧きあがる感情だった。 視線をあげると、斜め前を歩く唯輔がちらちらと振り向いてこっちを見てくる。小声で話していたので会話の内容までは聞かれていないだろうけれど、形の良い唇をほんのりと開いて奇妙なものでも見るような唯輔のまなざしに、ぼくはドキッとした。自分でもよく分からないけれど、なぜかひやりとするものを感じた。唯輔は、宗太と歩きたくてぼくらの様子を気しているのではないか。  爬虫類館では、アリゲーターの一匹が陸にあがっていた。もう一匹は水に沈んで水槽の端にうずくまっている。  ぼくは最前列で小さな子たちと寿司詰めになりながら、手前の一匹に魅入っていた。 「スゴくない?」  そばにいた小学生らしき少年が、ぼくと同じくまんじりともせずに目を皿のようにして眺めているので、声をかけた。そのセリフも実にぼくらしく小学生にふさわしいものであった。 「うん。スゴい」  少年の声には情熱がこもっていた。  ああ。この子はぼくのマニアックな性癖を共感できる同志だ。アリゲーターの魅力の虜なのだ。そう感じて胸が熱くなった。  離れて待つ母親の元に帰る子よろしく、思う存分アリゲーターを愉しんだぼくは、後方で待っていた宗太のところに戻った。始めは宗太も一緒に見ていたのだけれど、子供が増えてきたからと彼は場所を譲ったのだ。ぼくと違ってまったくできた大人である。 「目が活き活きしてる」 「えへ。アリゲーターと何回も目が合った」  ご満悦のぼくは妙にハイテンションだった。興奮のまま、場所柄もわきまえずに宗太の後ろから腰に腕を回し、ぎゅうっと抱きしめてその大きな背中に顔を埋めてしまった。大好きなのは、あんたの方が断然上だよ、なんて思いながら――――。  はたと顔をあげた瞬間、蛇の水槽の前で三上さんと佇んでこっちを見ている唯輔と視線が重なった。宗太とイチャついているぼくに、また驚いているような顔をしている。  なんだってこう、今日の唯輔は、ぼくばかり目で追うのだろう。ぼくが何かしたとでもいうのだろうか。ぼくはちょっと不機嫌になりながら慌てて宗太から腕を外し、密着していた体をはがした。  それからというもの、屋外でライオンだのキリンだのペンギンだのを見ている間も、三上さんと前を歩く唯輔と、その後ろで宗太と並んで歩いているぼくとは、ちらちらと目が合った。しょっちゅうではないけれど、気付くと唯輔がぼくを見ている。一体なんなのだろう。宗太と並んで歩くぼくのどこがそんなに気になるのだろう。

ともだちにシェアしよう!