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第43話 鳥居の向こうへ

 晴弥が去った後、急に暗闇が押し寄せてきたような気がする祠の中で蘇芳は崩れ落ちるように膝をつき、ぼうっと虚空を見つめながら頭を整理した。  あまりに、いろいろなことが一度に起きて、元々自分が何をしようとしていたのかを思い出そうとする。 「……そうだ……それで、せっかく、会えた、なのに、……」  起こったこと、告げられたことが衝撃的すぎて、聞きたかったことにはほとんど答えてもらえないままだったのに、引き止めることもできなかった。  改めて、自分の胸に問いかける。  ——それで今、俺は何をしたらいいんだろう?  答えは、明らかだった。  身体がまだ少し鈍い痛みを訴えるが、確かに晴弥が触れた証だ。なぜかそれをかすかに嬉しく思っている自分に、少しの戸惑いを覚える。  埃っぽい祠の外へ出て、すっかり夜の帳が降りた山の中を鼻を頼りに迷いなく歩く。やがて、晴弥と出会った、ひらけた場所へ出た。 「……」  宵闇の中、黒々と佇む鳥居を見上げ、唾を飲む。  つい数日前の自分とは、すっかり違う気持ちだ。あの時は自暴自棄で飛び込もうとしていたが、今は違う。はっきりとした意思を持って、会いに行こうとしている。  自分が知りたいことの答えを持っているのは、あの方しかいないと思った。  ‪—‬—ミソラさま。俺です。今、行きます。  頭の中で強くそう思って、蘇芳は息を吸い込み、鳥居をくぐった。  甘く、濃い空気を懐かしく、しかし緊張感を持って味わう。蘇芳はゆっくりと目を瞑った。 「……おかえり」  低く、艶のある声に、目を開く。闇の中に白く浮かび上がる人影が、目を細めてこちらを見つめていた。 「……ミソラさま」  この前顔を見た時は、発情していてまともな意識もなかった。こうして平静な状態で顔を合わせるのは、ミソラの元を離れる前の日以来だ。  懐かしさと、後ろめたさと、緊張感とがごちゃ混ぜになる。  ‪—‬—この人が、俺を育ててくれた……今の俺まで続く道の最初を、敷いてくれた。  恩を仇で返したまま、帰っておいでと差し伸べられた手も取らず、今更自分勝手にのこのこ現れて。  圧倒的な力を持つあやかしであるミソラの前では、自分は赤子も同然だ。けれど、ミソラを前にして、蘇芳はその怒りに触れるかもしれないという恐れより、都合のいい時だけミソラを頼ろうとする自分への恥ずかしさを感じていた。  しかしミソラは何も言わずくるりと身体を翻し、ちらりとだけ蘇芳に目線をくれて、滑るように歩き出す。蘇芳も小走りでその背に続いた。 「私の元へ帰ってきた……、というわけではなさそうだね」  前を見たまま、ミソラがつぶやいた。歌うようなその声音はかつてを思い出させ、何も変わらずその調子に胸を掻きむしられるような心地になった。 「……はい」  ミソラが、音もなく笑んだ気配がした。それがどんな意味なのかわからず、蘇芳は黙ってミソラの次の言葉を待つ。しばらく二人は黙ったまま、並んで歩いた。

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