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第24話 永遠のパートナー

◆◇◆ 『翼、私と翼は叶えたいものが二人じゃ叶えられない。でも、それ以外はこれ以上に無いパートナーだと思ってる。私のわがままで別れることになって、ごめん。いつか、お互いに別のパートナーに巡り会えて、幸せになれたなら、その時は友人として会おう』  そう言って笑ったのが、最初の別れだった。  女性なのに男性として生まれた晶と、男性なのに女性として生まれた俺。  自分一人じゃチグハグだったけれど、二人だと結ばれることで満たし合える、奇跡的に幸運なカップルだと思ってた。  だから、ずっと一緒にいるんだと思って、ボンディングしたんだ。その判断が間違いじゃなかったのは、その後の数年間の幸せが物語ってた。 『翼……私、どうしても性別適合手術を受けたい』  そう言われた日、俺の中で葛藤が生まれた。それから俺たちが壊れるまで、驚くほどあっという間だった。俺には、女性の体を愛することが出来ない。女体を持って生まれ変わった晶を、愛せる自信がなかった。 『仕方がないでしょ。そういうふうに生まれついたんだから。また次の相手を探しなさい』  サラスヴァティに通っては飲みつぶれる俺を、ケイさんはそう言って、何度も慰めてくれた。その度に、俺はわかりやすいマジョリティに生まれなかったことを呪って、喚き散らしては、すぐにそれを否定した。 『トランスジェンダーで同性愛者って……生物学的には女性だけど、性自認が男性で、尚且つゲイってことですか? それは、普通に男性が好きな女性とは違うんですか?』  そう言って否定せずに興味を持ってくれた人と、そんな愚痴の最中に、たまたま知り合った。その人はそんな悩みを持ちながらも、プライドを持って仕事に生きていた俺を気に入ってくれて、その後すぐに結ばれ、妊娠して、結婚して、出産した。  性自認が男なのに、妊娠、出産、授乳でさえも、不思議とその全てに嫌悪感が生まれなかった。生まれた子は、高レベルセンチネル。何かあるたびに、自分が触れて癒してあげてきた。  子供を望んでも産むことが出来ない晶とは、だんだん疎遠になっていった。ただ、晶は俺の知らないところで翔平と顔を合わせていた。その度に、よくしてもらっていたのだと、のちに翔平から聞いて驚いた。 『翼、私もパートナーが出来たよ。その人とペアになろうと思うけれど、翼よりランクが下だから、マメンツ作ってもらえない?』  晶からそう連絡が来たのは、亡くなる少し前だった。ボンディングしたまま他のガイドとペアになれたのは、VDSにいたからだ。この会社が提供しているマメンツというツールを使えば、それが可能になる。マメンツの中には、元ボンディング相手だった俺の体の一部を封入しなければならない。そのために、連絡をくれた。 『それで晶が幸せになれるなら』  俺は、喜んでマメンツの制作に協力した。  そのマメンツを踏み躙られ、晶が死んだのは、ちょうど三年前の今頃だ。俺が愛したセンチネルを殺したのは、あろうことか、俺が愛したミュートの、優しくて温厚な旦那だった。 「晶は、あの時死んだだろ?」  晶の死後、埋まらない喪失感をお互いに慰め合うことで消したのは、晶の夫だった晴翔だ。今は俺と結婚して、俺は永心翼になっている。一般的にはガイド男性とガイド男性では結婚できないが、俺たちは生物学的には男女であるため、入籍して夫婦となった。 「その晶が生きていて、池本の悪事に利用されている可能性があると言われた。俺だって馬鹿げていると思う。でも、写真で見る限り、その姿は間違いなく晶だったんだ。翼、君は晶から何か聞いていない? 似ていると言っても、この姿の晶は手術後の姿だ。これに似せた人物がいるなら、それがなんのためなのかを探らないといけない」  晴翔はそう言って、晶にそっくりな人物の写真を出した。 「……確かに似てるな。でも、俺たち火葬に立ち会ったじゃないか。骨も拾っただろ? もちろん、そのあたりは調べたんだよな?」  俺の問いかけに、晴翔は「調べた。骨はちゃんとあった。分析も終わった。あれは晶の骨で間違いない」と答えた。そして、頭を抱えてしゃがみ込むと、嫌悪感を露わにしてテーブルに拳を叩きつけた。 「でも……だとしたら、こいつは誰なんだ! 晶は自分の問題にも腐らずに、いつも穏やかで優しくて、社会貢献もしていたような素晴らしい人だった。そんな晶の死を侮辱するような真似をして……なんのためにこんなことをするんだ!」  そう叫んで、涙を流した。 「晴翔……」  俺は、晴翔を抱きしめた。俺だって、晴翔と同じ気持ちだ。晶は色んなものを飛び越えた、強くて優しい人だった。それに、生まれながらにセンチネルだった人間が、どうしてセンチネルになるための薬を使わなくてはならないんだろう。 「翼、晶のご家族にはあったことはある?」  晴翔は、晶が女性になってから知り合っていて、それ以前のことをほとんど知らない。晶自身が話したがらなかったのと、元々晴翔は研究以外に人に興味を持てないタイプの人間だったからだ。  ただ、俺は違う。晶とは一生一緒にいるつもりだった。だから、晶の過去も全て聞かされていた。だから、晴翔は俺に訊くことにしたんだろう。 「晴翔、VDSへ行こう。俺も晶の汚名を晴らしたい。こんなことに加担する人じゃないって、証明したい」  俺の言葉に、晴翔は頷いた。 「そう言ってくれると思ってた。澪斗兄さんから、翼が行く気になったらすぐに来てくれと言われている。車が待ってるんだ。一緒に行こう」  そう言って、差し出された手を、俺はしっかりと握りしめた。 ◆◇◆ 「いや、菊神さん。これ、大垣さんじゃないです。似てるけど、違いますよ」  写真を改めてじっと見つめた後に、翠があっけらかんとした様子でそう告げた。 「……どういうことだ?」  菊神さんは、まさかこの写真の人物が大垣晶では無いと、否定されるとは思っていなかったようで、かなり面食らっていた。その様子を見て、翠は大垣さんの体の周りを指でなぞりながら説明した。 「さっきの虹川の話でもあったと思うんですけど、大垣さんも手術あとがあるんです。それは、性別適合手術の後です。彼女は、生まれた時は男性でした。手術あとはその部分のエネルギー量が落ちて暗く見えるんですよ。センチネルの目には、ですね。だから、この大垣さん本人の写真では、俺にはこの部分が暗く見えます。父さ言われてみたらわかるでしょ? すごく腕のいい人に執刀してもらったみたいで、知らなかったら気がつけないかもしれないレベルの痕跡しか無いんだよ。よく見てみて」  父さんは俺にそう言われて、改めて写真を見つめた。そして、小さく「本当だな。それに、菊神さんが見せた写真にはそれが無いですね」と呟いた。  菊神さんは、顎に手を当ててじっとその写真を見つめていた。そして、「すごいな……私には全くわからない」と呟いた。  彼女はミュートなので、現場の捜査をしているセンチネルがそういうことを言うことがあるのは知っているが、実際にそれを目撃することは少ないのだろう。目の当たりにした高レベルセンチネルの能力に、感嘆しているようだった。 「ちなみに、先ほども言いましたけれど、タワーではセンチネルのこの証言は何よりも優先されます。だから、この人物は大垣さんではないと考えて捜査を続けて大丈夫です。ただ、可能であればこの人物の匂いがわかればいいんですけれど……」  翠はいつも、人物を特定するときに、匂いを最終判断に使うことが多い。視覚優位のセンチネルは割と存在するが、翠は嗅覚もかなりレベルが高い。  整形して見た目を変えても、匂いで翠にバレてしまい捕まったミュートはかなりいるはずだ。ただ、この人物は池本側の人間だ。そう簡単に匂いがわかるものを手に入れることは出来ない。  すでに亡くなっている人になりすましている人物が誰なのか、それも、池本側の人間でVDSの社員として何度も表彰されているような優秀なセンチネルになりすます必要性のある人物が誰なのか……特定のしようが無い。  今最も考えるべきなのは、虹川か灰野の可能性だろう。ただし、さすがにこの二人も骨格を変えることは難しいだろう。不可能では無いかもしれないが、骨を削った場合は、そう簡単に動けるようになるものではない。 「誰なんだ、この人は……」  翠がそう呟いたとき、入り口からパタパタと複数の足音が聞こえてきた。 「その人、晶のお母さんかもしれません」  スライドドアを開け放ち、勢いよく飛び込んできたのは、白い封筒を手にした翼さんと晴翔さんだった。

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