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第26話

 歩いて五分ほど経っただろうか、可愛らしい喫茶店の前で木原は足を止めるとギィっと扉を開け中に入った。 店員に席まで案内され、二人は向かいあわせで腰を下ろす。 「ここのコーヒーは格別でね、悠哉はコーヒー飲める?」 「飲めなくはないけど好んでは飲まない」  悠哉はメニューを手に取りパラパラとページを捲りながら木原の質問に答える。飲めるというのは強がりだった。昔に一度陽翔と一緒に飲んでみたこともあったが、とてもじゃないが悠哉の口には合わなかった。それから二度と口にしないと誓った悠哉はコーヒーには目もくれず魅力的なスイーツが載っているページを凝視する。 「俺これとこれ」  いちごがたっぷりと乗っているパフェとミルクティーを指差すと「甘いもの好きなの?」と木原が問いかける。 「嫌いでは無い」  素っ気なく答えた悠哉に対して木原はにまにまとした表情で「そっかぁ」と微笑み呼び出しボタンを押した。数分もしないうちにテーブルの上には先程頼んだパフェとミルクティー、そして木原の前にはコーヒーが置かれる。悠哉がパフェを一口口に入れると、フワッと甘みが口いっぱいに広がり幸せな気持ちが溢れ出した。  黙々とパフェを口にする悠哉を木原はコーヒーを啜りながら気持ちの悪い笑顔で見つめており、悠哉としてはとても居心地が悪かった。 「悠哉とこうしてお茶が出来るなんて幸せだなぁ」 「…良かったな」  何故こんなにも嬉しそうなのか理解ができず、変わったヤツだなと思いながら悠哉はパフェを口に運ぶ。 「そういえばもうすぐ文化祭だろ?悠哉のクラスは何をやるんだ?」  文化祭という言葉にピクリと反応した悠哉は「なぁ、那生って知ってるか?」と木原の質問には答えずに質問を返した。 「そりゃあもちろん知ってるさ、今大人気のモデルの那生のことだろ?」  やはり木原も那生のことを知っていた。まぁ、あの芸能人に明るくない陽翔でさえも知っていたのだから那生というモデルはものすごい人気なのだろうと察しはついていたが。それにあの容姿、本当に同じ性別なのか疑わしいほどに全てが美しかった。男とも女とも違う那生の人間離れした雰囲気から那生という性別があってもこの際驚かない。しかしあの性格はとてもじゃないが気に食わなかった。悠哉のことを見下すようなあの目付き、言葉遣いも幼稚で外見だけの男のように悠哉には感じられた。 「それで那生ってどんなやつ?」 「どんなやつって…急にどうしてそんなことを聞くんだ?」 「今度うちの学校の文化祭に那生が来るらしくて、それでどんな奴なのか気になったから…」  悠哉の言葉に木原は「那生が来るのか!?」と目を見開き大声を上げた。すぐに大声を上げてしまったことに気づき恥ずかしそうにした木原は声のトーンを落として「それは本当に?」と聞いてくる。 「そうらしい、ていうかそんなに驚くことなのか?」 「そりゃあ驚くさ…!今テレビや雑誌で引っ張りだこの人気モデルだぞ?」  興奮した様子で話し始めた木原はコーヒーを一口飲むと那生について詳しく語り出す。 「最近だと『夏の夜空』というドラマがすごく良かったな。BL作品は初めて見た俺でもすごく楽しめたし何より主役の那生の演技が素晴らしかった。儚くそれでも男らしさを持っている主人公である青年を完璧に演じきっていたよ」  うんうんと頷きながらドラマについて熱弁している木原の様子に「那生のファンなのか?」と悠哉は問う。 「別にそういう訳じゃないさ、ファンでもない俺でも那生という男に魅了されてしまったんだからやっぱりすごいんだよ。それに那生は女性人気はもちろん、男にだってかなり人気があるみたいだね」  「ふーん」と相槌を打ちながら、悠哉はミルクティーをゴクリと喉に流し込む。那生の人気はよく理解出来た、だが何故そんなにも人気な男と彰人は知り合いだったのだろうか。それもただの知り合いという間柄ではない。胸の中にあるモヤモヤとした感情がいつまで経っても消えずに残っており、悠哉の気持ちは一向に落ち着くことは無かった。 「あっ、そうだ悠哉。丁度那生が出演するイベントのチケットを二枚持ってて一枚持て余してたんだ、もし良かったら悠哉も一緒にどうだい?」  木原はカバンからチケットらしきものを二枚取り出すと、一枚を悠哉に差し出した。 「ファンでもないのになんでそんなチケット持ってるんだ?それに一枚余ってるって…」 「彼女が那生のファンでさ、本当は二人で見る予定だったけど彼女が仕事になってしまって行けなくなったんだ」 「彼女って…お前恋人いたのか…!?」  木原に恋人がいたことに驚き目を丸くする。そんな悠哉の様子に「驚きすぎじゃないか…?」と木原は眉を下げた。 「なんとなく彼女はいないものだと思ってたから」 「なんか傷つくなぁ…」  木原からチケットを受け取り一通り内容を確認すると日付が明日になっていることに気がつく。 「これ、明日じゃん。すごい急だな」 「あはは、そうなんだよ。明日の放課後俺が学校まで車で迎えに行くからそのまま来ないか?」  那生のことを知るいい機会なのかもしれない。迷った末、悠哉は二つ返事で木原の誘いに乗ることにした。

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