28 / 44

第28話

 校門を出て少し歩いた道に一台の車が止まっていた。運転席をのぞき込むと、木原が窓を開け「やぁ悠哉」と顔を出した。それから悠哉は木原の車に乗り三十分ぐらいだろうか、大きな建物の前に止まると二人は会場へと入っていく。  中は既に大量の人で溢れていた。一応キャパは千人程度らしいのだが、それ以上いるのではないかと思ってしまうほど人が多く、元々人混みが得意ではない悠哉は既に目が回りそうだった。 「すごい人だな、悠哉大丈夫か?」 「なんとか…」 「それにしても那生が出演するファンションショーでキャパが千人って余程のチケット戦争だっただろうに美桜はよく二枚も手に入れたよな」 「美桜ってあんたの彼女?」  聞きなれない女性の名前を口にした木原に純粋な疑問を投げかける。 「ああそうだよ。直にお前のお姉さんになるかもしれないな」 「結婚すんの?」  悠哉の質問に木原は「いやぁ、まだお互いの仕事が忙しくて当分先の話にはなりそうんなんだけど、一応視野には入れてるよ」と顔の筋肉が緩みきったデレデレとした様子で答えてみせた。その様子だと彼女に心底惚れ込んでいるんだろうなと手に取るようにわかってしまう。 「そういうお前はどうなんだ?いい相手はいないのか?」 「別にいない」  彰人のことなど言えるはずもなかったため、悠哉はそう答えるしか無かった。悠哉の返答に木原はやんわりと微笑むとこれ以上詮索することはしなかった。  しばらくすると、会場の照明が落とされ辺りがいっせいに真っ暗になった。賑やかな音楽とともにステージがパッと照明で照らされ司会者であろうスーツを着た男がステージ脇から現れる。男はマイクを手に取り、大きな声で観客に向かって話し始めた。 「みなさん、こんにちは!本日は素晴らしいショーをお届けしまのでどうか最後まで楽しんでいってください!」  観客たちは、司会者の声に耳を傾け、ステージ上で何が起こるのかを楽しみにしていた。司会者は手元の紙を見ながら、次のプログラムを紹介していく。 「最初は、この方!皆さん、どうぞお楽しみに!」  すると、ステージ上に一人の女性が現れた。女性はランウェイの上を堂々とした姿で歩き、身につけているもの、そして自分自身を完璧にアピールしていた。そんな女性に魅了された観客たちは女性の美しい姿に酔いしれ、女性がポーズを決める度に拍手喝采を送った。  このようにショーは順調に進んでいき、観客たちはステージ上で繰り広げられる様々なパフォーマンスを楽しんだ。  一時間ほど経ってショーも終盤へと刺しかかろうとした時だった。司会者が次のモデルの紹介に入ろうとすると、会場の空気が一瞬にして変わっていくことが分かった。 「さぁ、いよいよショーも最後の一人となりました!トリを飾ってくれるのはこの方!」  大歓声が会場に響く。ステージ上に颯爽として現れた一人の男、白雪那生はショーの最後の出演者としてランウェイの上を可憐に歩いていく。白いシャツにダボッとした赤いパンツを身につけている那生は、素人目でも分かってしまうほど先程のモデル達とは格が違った。那生は美しくランウェイを歩くモデルとして、その姿を観客に披露していく。そんな那生の姿は自信に満ち、優雅に歩く姿は誰もが魅了されるものだった。  その場にいる観客たちと同様に、悠哉も那生の姿から目が離せなかった。この前会った時とはまた違ったプロとしての那生の姿、反則的なその美しさはもはや瞬きさえするのが惜しいと思ってしまうほどだった。  那生がランウェイ先端まで来ると会場の盛り上がりは今日一番まで上がり、那生がポーズを決め視線を送る度に会場の熱は最骨頂まで上がっていった。  那生がこちらへ視線を向けた時、赤い瞳と目が合った。ゴクリと喉がなる、吸い込まれてしまいそうなほどキラキラと光り輝いている赤い瞳が自分捉えては離してくれない。確実に那生は悠哉の事を見ていた。悠哉の存在に気がつき、悠哉の姿をじっと見つめている。那生に見つめられている間、悠哉の身体はまるで金縛りにあったかのようにピクリとも動かなかった。 「いやぁー、ほんとすごかった!!」  ショーが終わり会場を出ると木原は感嘆の声を上げた。 「ああいったファッションショーは初めて見たけどこんなにもすごいものだったとは…感動だね」  木原は目をキラキラとさせ、いまさっき起きた出来事を思い出すかのように興奮気味で語り出す。  そんな木原を横目に「はぁ…」と悠哉は小さくため息をついた。確かに凄いものだった。あの数時間の間まるで違う世界にいたような感覚に陥ってしまった。しかしずっと目を釘付けにしていたため、終わった瞬間の疲れが今になってどっと身体に降りかかる。なんだかすごく疲れてしまった。 「あ、そうだ。ちょっとグッズコーナーに寄りたいんだけどいいかな」  木原が指さした方を見ると、そこそこ長い列が目に入る。あれに並んでグッズを買うのだろうか。 「別にいいけど、俺はそこら辺で待ってるよ」 「そうか…?悪いね、美桜に何かしらお土産を買っていかないと流石に睨まれそうで」  木原は申し訳なさそうに悠哉へ告げると列の方へと行ってしまった。適当に暇を潰すか、と悠哉が辺りを見渡すとショーを見終わった感想を語り合っている若い女性たちで溢れていることに気がつく。流石に居心地が悪かったため悠哉はその場を離れた。

ともだちにシェアしよう!