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ep30. 人間至上主義者の暴動
精霊の里から戻って確認したリューシャルト家の火事は、アルバートが残した幻影魔法だった。
その魔法には、『急ぎ、王都に戻れ』とのメッセージが添えられていた。
カイリの転移魔法で王都に戻ると、街の一部は焼け野原になっていた。
「俺たちが神様の社を確認しに行っている間に、リアが姿を消していた。フィオに探してもらってたんだが、王都が火事になっていると知ってな。急ぎ、戻ったんだ」
焼け跡の街を歩いて見回りながら、アルバートが説明してくれた。
「ノースライト家はミレイリア家が精霊の闇売買をしている事実を把握していたようだな。精霊を隠している場所の一斉摘発をする日は、ある程度の目星をつけていたらしい。リアは、それに合わせて王都に戻ったんだ」
火事になったのは精霊を隠していた屋敷らしい。
火を放ったのはミレイリア家を始めとした売買業者だったという。
その中に、ソウリの姿も確認されている。結界を張ってまで守っている精霊たちを狩る手段を教えていたのはソウリだった。
「ソウリに関しては、ティスティーナ家当主が前々から国に上申していたようだ。温情も含めて監視付の措置だったらしい」
瓦礫と化したミレイリア家の前に立つ。
「人間至上主義を掲げる過激派がいるのは聞き及んでいたが。まさか、精霊の売買に関わっているとは思わなかった。彼らは政治改変を訴えるだけの思想家の集団だと思っていた」
セスティは苦い顔で俯いた。
「そういう連中の裏の動きを摘発するのは難しい。ローリス殿は思い切った判断をしたと思う」
今回の一斉摘発を仕切ったのは宰相のローリスだった。
次いで尽力したのがノースライト家だ。
「まさか、そんな連中のリーダー格が王族と婚約を結ぶほど、中央に食い込んでいたとは思わなかったよ」
つくづく、自分の目が節穴であることを思い知らされる。
「そういう奴だからこそ、中央に食い込んでくる。だからこそ厄介だぞ、セス。ティスティーナ家を貶めた奴らの次の狙いはノースライト家だ。リアナを使って、潰す気だ」
セスティは唇を噛んだ。
セスティたちが精霊の里に入ってから、外の世界では半月程度が経過していたらしい。
リアナが姿を消したのは一週間ほど前、その直後に、王都での精霊密輸業者の一斉摘発があった。それに伴う火災は、過激派の人間が放ったものだろうと推測された。
囚われていた精霊たちは、全員が保護され、精霊の里に帰った。尽力したのはティスティーナ家やノースライト家、それに祝部のキジムだったらしい。
セスティたちが戻ってからは、キルリス、ジンジル、それにカイリが精霊たちを保護し、順番で里に送り届けている。
事件は終息したかに思えた。
だが、火事から五日経った昨日、過激派集団から声明文が出された。
『神などという幻想に囚われる王室に鉄槌を。
神に恭順する運命の番を殺せ。
さもなくば、神の社と森を焼き尽くす』
それだけなら、犯人を吊るし上げて終わりだ。だが、その声明文のリーダーに名を連ねていたのが、リアナだった。
バルバン=ミレイリア、ソウリ=ティスティーナ、リアナ=ノースライト、巫の家系である三家、しかもリーダー格の家が二つも入っている。
「あのリアが、過激派の意に準ずるとは到底、思えない。 だが、城に声明文を届けに来たのは、リアだった。まるでリアがリーダーであるかのようにソウリとバルバンを引き連れていた」
セスティは口元を覆った。それ以上の言葉が出なかった。
「王城に声明文を届け、掴まりもせず逃げおおせるとは、大胆だ。まるで、精霊の裏売買から火事までの一連の事件の主犯をリアに仕立て上げるようなパフォーマンスだな」
アルバートの言葉に、セスティは目を上げた。
「呪詛とは恐ろしい魔術だ。掛けられた本人すら気が付かない間に操られ、己の意志であるような錯覚を起こす。長く続くと感情と思考の均衡が保てず心を病む。強い魔術師ほど、呪詛に抗い魔力を消耗して疲弊する」
「リアが呪詛に掛かっていると?」
アルバートが首を振った。
「わからん。だが、そう考えるのが、一番しっくりくる。俺の国では魔族が好んで使うが、この国で呪詛がどれだけ一般的かも、よくわからないしな」
呪詛や呪術は、禁忌とまではいかないが魔術師が忌み嫌う術法だ。巫の家系では特に嫌われるが、解呪ができるのも巫の家系だ。
「解けるってことは、使えるってことだよな」
「リアナ様に呪詛を使ったのはソウリ様ですわ。精霊の血を、使いましたの」
突然聞こえてきた弱々しい声音に、セスティとアルバートは同時に振り返った。大きなぬいぐるみを抱えた少女が、びくりと肩を震わせた。
「お前……、人間じゃないな。何故、呪詛の話を知っている?」
アルバートが少女の腕を掴む。少女が身を強張らせて目を瞑った。
「待て、アル。乱暴にするな」
アルバートの腕から少女を奪うと、同じ目線に屈んだ。
「初めまして、小さなお嬢様。どうして今の話を、俺たちにしてくれたんだい?」
少女が上目遣いにセスティを見詰める。
「助けてほしいの。御姉様は私の仲間をいっぱい助けてくれたのに、私だけじゃ、御姉様を助けてあげられないから」
セスティは改めて少女の全身を観察した。
身なりの綺麗さから、貴族の令嬢のように見える。精霊と呪詛のことを知っていて、恐らくリアナに会っている。
「君はもしかして、ミレイリア家のシャルロッテ嬢かな?」
少女が控えめに頷いた。
「セスの弟と婚約したって令嬢か? まさか精霊だったとは……。精霊とも、なんか違うな」
アルバートが、クンクンとシャルロッテの匂いを嗅ぐ。
怯えるシャルロッテをセスティが腕の中に庇った。
「私、人の血が混じっているの。だから丁度良いって養子にされたの」
セスティはシャルロッテの全身を再度確認した。
目立った傷こそないが、服に隠れそうな腕に痣がみえる。
人の動きに過剰に反応したり、顔色を窺う仕草は、虐待を受けている可能性を示唆している。
「そうだったのか。シャルロッテは、精霊の里に帰りたい?」
シャルロッテが俯いた。
「というか、今回の一斉摘発で仲間と一緒に帰れば良かっただろう。何故、残った? 帰してもらえなかったか?」
シャルロッテはぬいぐるみに顔を埋めたまま、動かない。
「お兄ちゃんに、会いたい。ティアと遊びたい。リアナ姉様を助けたい」
小さく鼻を鳴らしている。
泣く少女の髪を、セスティはふわりと撫でた。
「そうか。シャルは王都でやりたいことが沢山、あるんだね」
セスティは、シャルロッテの小さな体を抱き上げた。
「大丈夫だ。シャルがやりたいことは、俺が全部叶えてあげられるから」
「本当? お兄ちゃんにも、会える?」
セスティの腕の中で、シャルロッテが期待の目を向ける。
「時間は掛かるかもしれないが、一緒に探そう。お兄ちゃんの名前は、わかるかい?」
「キルリス」
セスティとアルバートは目を合わせた。
互いに同じ顔をしていると感じたと思う。
なんだか可笑しくなってきて、笑いが込み上げた。
「なんだ、本当に全部叶えてやれるな」
アルバートが腹を抱えて笑っている。
「シャル、俺たちと一緒においで。キルリスにもティアにも会わせてあげるよ。だから、リアナを助けるのを手伝ってくれないか?」
表情を明るくしたシャルロッテが力強く頷いた。
「わかった」
「さて、心強い味方を得たが、これからどうしたものかな」
アルバートが顎に手をあてて考え込んでいる。
「呪詛だとわかったのは良いが、解き方がな。巫の家の者なら何とか出来るのかもしれんが。精霊の血を使っているなら、掛けた本人でないと基本は解けないだろ。呪詛を使ったのはソウリか」
「なら、僕が解いてあげるよ」
計ったようなタイミングで、カイリが二人に向かい、歩いて来た。
「こんな場所で精霊を誑し込むなんて、二人とも隅に置けないね」
くすくすと笑うカイリを、シャルロッテがじっと見詰めている。
視線に気が付いたカイリが、シャルロッテに礼をした。
「こんにちは、御姫様。バルバンやソウリの居場所、知ってる?」
シャルロッテが頷く。カイリに対しては警戒心はないようだ。
「じゃぁ、皆で塒に乗り込もうか。公衆の面前で断罪するっていうのもアリだけど。その場合はある程度、舞台を整えないといけないから、時間が掛かるね」
カイリの顔は笑っているが、目が全く笑っていない。
殺気すら、纏って見える。
「貴方は、どうしたい?」
セスティは、敢えて問うた。
「何でもいいよ。ただ、ソウリをこのままには出来ない。僕は精霊の里の守護者だからね。カナデに続いてリアナにまで精霊の血を使ったんだとしたら、僕はソウリを許すことができない」
カイリの目が仄暗い闇を纏っている。
「解くといっても、出来るのか? いくら双子でも、他人が掛けた呪詛を解くなんて」
アルバートの問いかけに、カイリが振り返った。
「双子だから解ける訳じゃないよ。相手がリアナだから、解けるんだ」
セスティとアルバートは顔を見合わせた。
「ねぇ、セス。リアの呪詛を解いたら、リアナを僕にくれる?」
「くれ? え? ほしいってことか?」
あまりに突然の申し出に、驚いて言葉がおかしくなった。
「呪詛を解くってそういう感じってこと。とりあえず、戻ろう。ここにはもう、得られるものはなさそうだよ」
さっさと歩き出したカイリに続く。
カイリの向こうから、マイラが血相を変えて走り込んで来た。
「セス! アル! カナが! カナが消えた!」
マイラの言葉が聞こえた時には、セスティは走り出していた。
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