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第24話
それから、日付を跨いで一時間ほどした頃。玄関のドアが静かに開く音がした。
一気に緊張したけれど、話をしなければなんのために起きていたのかわからない。駿太郎は大きく息を吐いて、友嗣を待つ。
「あれ? 起きてたの?」
いつもなら寝ているから、不思議そうな声を出しながら友嗣はリビングに入ってきた。しかし彼の荷物を集めてあるのを見て、サッと顔色を変える。
「え、なに、この荷物……」
戸惑うような顔を見せた友嗣は、そばに来たまま立ち尽くしていた。駿太郎はグッと拳を握り、口を開く。
「友嗣、……出て行ってくれ」
ひゅっと息を飲む音がした。それから彼は駿太郎の足元に膝をつき、手を握ってくる。
「どうして? なんで? 俺なんかした?」
駿太郎は視線を逸らす。駿太郎を重いと言っていたのに、どうしてそんなに縋るような素振りを見せるのか。
――どうして、本当に好きだとでもいうような素振りを見せるのか。
「最初は本当に次の恋人が見つかるまで、と思ってたけど……無理だ」
「なんで? ……嫌だ、捨てないでお願いだから……!」
友嗣の握る手に力が込められる。
捨てられるのは駿太郎の方なのに、どうして友嗣がそんなことを言うのだろう? 友嗣にとっては将吾が一番で、それ以外はセフレにしても構わない……どうでもいい存在なのではないのか。
駿太郎はため息をつく。そばでじっと見てくる友嗣の視線が痛い。この視線を逸らさないと、またズルズルと不毛な関係を続けてしまう。それは嫌だった。
「……俺は荷が重いんだろ? 自分でも依存的だって思ってるよ。でも……」
「誰が言ったのそんなこと」
今までにない、友嗣の強い声がした。思わず彼を見ると、本当に今まで見たことがないくらい、彼は目と眉を釣り上げている。
「シュンは俺のだよ。それを言ったの誰?」
「誰っ……て、お前が言ったんだろ……」
駿太郎は昼間、将吾と話していた内容を聞いていた、と告白する。体調が悪くなって早退し、落ち着かなくて友嗣に会いに行ったことも。すると彼は戸惑ったようだ。視線を落として目を泳がせる。やはり何かやましいことでもあるのだろうか。
「……違うよシュン。……ああもう」
そう言った彼は、ソファーに乗って駿太郎を抱きしめてきた。単純なことに駿太郎は、それだけで酷く安心し、鼻がツンとしてしまう。
「だめ。シュンは俺の。だからすてないで……」
甘く、緩い口調はもういつもの友嗣だった。捨てるのは友嗣の方じゃないかと思っていると、「ちゃんと話すから」と彼は頬にキスをくれる。
「だって、俺本当はしっかりなんてしてないし、甘えたがりだし、ずっとくっついていたいって思う奴だぞ? それを重いって言ったんじゃないのかよ?」
「それは初めての時に気付いたよ。だから好きになった」
「……」
どういうことだろう? と駿太郎は思う。それでは、家に情事を持ち込まないって強がっていたことも、抱きつかれても駿太郎からは離れなかったことも、知っていたということなのか。
「……おれも、いっしょなの」
目の前でそう言い微笑む友嗣。少し舌っ足らずになるのは、甘えられてるなと実感する。
「で、でも……お前将吾サンが特別だって……俺を差し置いてそう言ったじゃねぇか……」
いくら好きでも、他人を引き合いに出されては、いい気分にはならないだろう。すると友嗣は、「あー、そっか。そうだよね」と今更気付いたような口ぶりだ。
まさか本当に今気付いたのか、と問えば、ごめんと謝られた。間近で見る彼の上目遣いに、駿太郎は眉を下げる。
「とにかく、シュンは何も悪くないから。将吾が『話せ』って言ってたのは俺のこと」
だから追い出さないで、捨てないで、と再び強く抱きしめられ、駿太郎はそろそろとその背中に腕を回した。
「ばか。俺が捨てられる方なんじゃないのかよ……」
「ここの家主はシュンだから……」
まるで決定権は駿太郎にあるとでも言うような発言に戸惑う。捨てないでと縋る癖に、駿太郎がダメだと言ったらそれに従う――そんなニュアンスを友嗣の発言から感じ取った。
「お前はここにいたいのか?」
「シュンが許してくれるなら」
駿太郎は言葉の代わりに友嗣にキスをする。すると友嗣はふわっと花が綻ぶように笑った。
「えへへ。シュン、好き」
「うん……」
小さく返事をすると、その唇を塞がれた。
――周りは、こんな駿太郎のことを単純だと笑うだろうか? でも、かわいい歳上の彼氏は駿太郎が良いと言ってくれるので、それで良いのだと思う。
「んん……」
後頭部を引き寄せられ、より深くなった口付けに、鼻にかかった甘い声が出た。それに呼応したように、友嗣もキスをしたまま鼻から深く息を吐き出す。唇で大きく撫でられ、その温かさと動きにしがみつきたくなるけれど、話があるんだったと思いとどまった。
けれど友嗣は止まらなかった。下唇を舐 られ、僅かに開いた唇から友嗣の舌が入り込んでくる。口内をくすぐられ、唾液が混ざる音に駿太郎はうなじがチリチリと灼けるのを感じた。
「ちょ、っ、話は……?」
「ごめん、もうちょっと……」
んん、とくぐもった声を上げると、ソファーに押し倒された。友嗣の身体の大きさと重さ、脚の間の硬いものに意識が持っていかれ、慌てて彼の顔を両手で引き離す。
「待て……っ、しないぞ?」
「……えー?」
分かりやすく残念がる友嗣。話をしてくれるんじゃなかったのかと睨むけれど、効果はないようだ。
「どーしてもだめ?」
「う……」
駿太郎は眉を下げる友嗣に弱い。それわざとかと問えば、なんのこと? と彼は首を傾げた。それも可愛いと思ってしまうから、絆されてるなぁ、とため息をつく。
「ここではしないように、その……そういうグッズは置いてないんだよ」
物理的にできないようにして自制していた駿太郎は、そこまでしないと簡単に流されてしまう変な自信があった。だから話が先、と言うと、友嗣は苦笑して「わかった」と頬にキスをくれる。
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