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第26話

 次の日会社に出社すると、意外にも周りは心配してくれた。駿太郎としては、どちらかと言えばそっとして欲しかったけれど、とある同僚の言葉でハッとする。 「いやー、普段どれだけ上藤さんに頼りきってるか、思い知らされましたよー」  それには周りも頷いていた。駿太郎としては頼られている自覚はなかったので、どうして、と思わず聞き返す。 「いやもう、俺らは知識も中途半端だし、相談されても答えられないしで……」 「これは早急に、人事課内の仕事量を調整しないとってなったんですよ」  それを聞いた駿太郎は呆然とする。確かに、労務関係の仕事は駿太郎が主にやっていた。けれど今回、駿太郎が倒れたことで途端に回らなくなる事案が相次ぎ、これはやばいと課内に危機感が生まれたらしい。 「特に締日! そこだけは何がなんでも倒れないでください!」  主に給与計算を担っていた女性社員が叫んだ。ご迷惑かけてすみません、と駿太郎が謝ると、知識不足のまま駿太郎に頼っていたツケがきた、と彼らは苦笑する。 「なんでも上藤さんに聞けば答えてくれるって思ってて。いつも嫌な顔せずに対応してくれるから」 「……そうですか?」 「「そうですよ!」」  口を揃えて言う同僚たち。駿太郎には自覚がないため、そんなものか、としか言いようがない。 「前職では全部俺の仕事だったんで、数人で労務関係の仕事をすること自体、初めてだったんです。むしろ俺の仕事だからやれよ的な雰囲気でしたし……」 「うわブラックだなー。でも正直、本社も支社も管轄だから、これだけ人数いるんだし割り振って良いと思います」  というか、割り振りましょう、と言われ、急な展開に頭が停止してしまった。その様子に彼らはまた苦笑する。 「せっかく頭数あるので、頼ってくださいってことですよ」 「そうそう。前職ではそうだったかもしれませんが、ここは違うので」  どうやら、ここでの駿太郎の印象は、駿太郎が思うより良いようだ。なので、昨日聞いた悪口は本当に一人の一意見なのだと知る。それなのに落ち込んだ自分が恥ずかしくなり、しっかりしなきゃなぁ、と嘆息した。 「ありがとうございます。なんか、……すごく心強いです」 「私たちもまだまだ勉強が足りなかった、ってわかった訳ですから。だから締日だけは……」  もういいって、とほかの男性社員に突っ込まれる女性社員。駿太郎は思わず噴き出すと、皆が意外そうにこちらを見た。 「……え、なにか?」  そう言った声は本当に呆けていたと思う。しかしその次には皆が笑ったので、何事かと見回す。 「いや、上藤さんがそんなふうに笑ったの、初めて見た気がします」 「え、俺だって笑いますよ普通に」 「ああいや、変な意味じゃなくてですね。仕事してる姿しか見てないから……」  当たり前ですけど、という声に、うんうんと皆は頷く。真面目に仕事をこなしていればいいと思っていたけれど、と駿太郎も顔が緩む。 「ああ……前職のこともあって、雑談とかあまりしなかったですからね」  雑談する暇すらなかった前職では、誰もが目の前の仕事をこなすだけで必死だった。人に余裕がない会社は雰囲気が悪くなるので、雑談なんてしたいとも思わなかったことに気付かされる。 (ホントに、俺も余裕なかったな)  けれど、ここには心強いことを言ってくれる同僚がいる。そう思うと胸の中で何かが温かく広がり、駿太郎は自然と笑みを浮かべてしまうのだ。  頼りにされるのは嬉しい。では駿太郎も周りの力を借りて、頼りにしたい。そこに生まれるのは信頼関係だ。 (……そうだ、ここは前とは違う。将吾サンが紹介してくれた職場だし)  彼には本当に感謝だ。だから彼にも恩を報いたい。 (いや、将吾サンは「俺はなーんもしてないよ?」って言いそうだな)  けれど友嗣も将吾を尊敬している。多分彼は人の手助けをすることが、まわり回って自分の得になることを知っているのだろう。そういう人だからこそ忙しくしていても楽しそうだし、どんどん仕事が回るし、人も寄ってくる。 「あ、じゃあ、このメンバーで飲みに行きません?」 「お、いいねぇ」 「あ、じゃあオススメの店があるんですけど……」  普段の駿太郎なら、仕事が終わったら即帰宅したいと主張しただろう。その場のノリで手を挙げてそう言うと、また皆が固まった。 「え、何それ意外すぎるんですけど」 「え、そうですか?」 「真面目な上藤さんだから、真っ直ぐ家に帰って自炊して……って思ってました」  とてもオススメの店がある感じしなかった、と言われ、人とはどこまでも勝手なイメージを持つものだな、と笑う。 「これも前職のおかげですね……。自炊する気力がなくて外食ばかりしていたので」 「うわー、聞けば聞くほど意外すぎて親近感っ」  楽しそうに話す女性社員。その後金曜日の仕事終わりに飲みに行くことになり、話はお開きになった。

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