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第28話

「なんでそんなことするんだ、って何度も聞いた。けど、なかなか答えてくれなくてな」  今思えば、反抗期だったんだなぁ、と将吾は笑う。大人になり切ってからの反抗期は、金も行動力もありすぎるから困る、となぜか彼は楽しそうだ。 「……人肌がないと眠れないって言ってました」 「それな。同じこと言ってた」  では、友嗣は泊まらせてもらうために寝ていたのではなく、眠るために人とセックスをしていたらしい。そう考えると彼の言動にも説明がつく。納得だ。 「ろくな環境で育ってないっていうのは、今までの話でわかるだろ?」  友嗣の言葉に、駿太郎は頷く。すると将吾は眉を下げた。 「俺に殴られたのに、自分を見てくれたって喜んだんだよあいつ。最初はドMなのかと思ったけど、違う。あいつは誰にも、自分にも期待してない」  いや、期待できないんだ、と苦笑した将吾に、駿太郎は何も言えなかった。飯がまずくなるからこの辺で、と言った将吾は、食事に手をつける。  そういえば、駿太郎が友嗣の意見を聞こうとした時も、嬉しそうにしていた。しかしいざ彼の本音を聞こうと思ったら、彼は言うのを躊躇っていた節がある。 (本当にこの人に言っていいのか? って思われていたなら、悲しいな)  それは、友嗣の時折見せる子供っぽさと、将吾が「一部子供のままだ」と言ったことが答えなのだと察した。エアコンを使うのに「いいの?」と聞いたり、食事をするのにも許可を必要としていたり。何が原因で友嗣がそうなったのか、想像するだけで口の中が苦くなる。 「将吾サンに、友嗣は話したんですか?」 「いや。いつもはぐらかされる」 「……俺と同じですね。でも、昨日は話そうとすると怠くなるって言ってました」  すると将吾は、そこまで言っているのなら、シュンには話す気があると思う、とカルボナーラを口にした。身体が追いついていないだけだから、待ってやってくれと言われ、駿太郎は頷く。 「……お前なら、友嗣を過去ごと支えてくれるって思ってたよ」 「ええ想像以上に重かったですけどね」  口を尖らせて駿太郎は言うと、将吾は声を上げて笑った。将吾は良くも悪くも理性的で合理的だ。だから話は聞いても寄り添えないのだと思う。実際、友嗣を手元で働かせて稼ぎにしようとしているし、それができないようならどこかでスパッと関係を切るだろう。そうなれば友嗣は……と考えかけて最悪の事態を想像してしまい、慌てて思考を停止した。 「ま、最近は惚気ばかり言ってるから、シュンも友嗣のこと気に入ってるなら心配ないな」 「……っ、そうなんですか?」  聞けば、朝ごはん美味しそうに食べてくれただの寝起きが今日もかわいかっただの、逐一将吾に報告しているらしい。さすがになんでも話しすぎだ、と駿太郎は熱くなった顔を水を飲んで冷やす。 「まあそんなわけで、お前らの仲が良くなるなら、友嗣の有給はいくらでも許すから」 「さすがにそこまでは……」  いくらそれが将吾の望みとはいえ、そんなことまでされては困る。しかも、将吾が良いと言ったら、友嗣も本気で休みを取りそうだからやっぱり困る。 「言ったろ? 【ピーノ】は趣味みたいなもんだって。友嗣に先行投資してるだけだ」 「……将吾サンも人が良いんだか悪いんだか……」  金銭面での援助で、友嗣は実際助かっていると思う。将吾がいなければ、駿太郎は友嗣に出会えなかった。ただ、深入りはしない、事実は事実として受け止めるだけの将吾のスタンスでは、友嗣は前に進めない。だから将吾は駿太郎をあてがった。 「……上手くいくと思ってました?」  友嗣は友嗣で、最初はしっかり駿太郎を警戒していた。一度のセックスで――そういえばそれを促したのも将吾だ――何かが変わると思ったのだろうか? 「半々かな。友嗣はヤッてる時だけ生きてる気がするって言ってたし。あいつは気持ちよくしろって言われるのに慣れてるから」  友嗣の今までの生活を聞くと、それもそうかと納得してしまう。眠るために相手を抱いてあげるのだから、相手も都合のいい考えを持っていたのかもしれない。  対して自分はどうだったか、と思い返した。今までになく気持ちよくて、友嗣に泣いて縋って。こんなに近くにいるのに、相手の心が見えなくて嫌だと思った。 「……」  それは友嗣にとって珍しいことだったから、彼の何かに刺さったのだろう、途中で急に優しくなった。思えば最中に「俺を捕まえてて」と友嗣は言った。放っておけばすぐ自棄になる友嗣自身を、捕まえていてということなのは、将吾の話を聞いてわかる。それに自分はなんと返事をしたか。  駿太郎は大きく息を吐く。恥ずかしくて顔が熱い。  あの瞬間、おそらく友嗣は自分を見てくれたと喜んだのだろう。 「何を思い出して赤面してるんだ?」 「なんでもないデス……」  目の前でニヤニヤしている将吾を、駿太郎は真っ直ぐ見られない。友嗣との初めてのセックスは、彼にとって、とても大きな意味を持っていたのだ。 「将吾さん、……ありがとうございます」 「……俺は何もしてないよ」  そんなことはない、と駿太郎は首をそっと振る。結果的に駿太郎は助けられているし、おそらく友嗣も感謝している。 (……友嗣に会いたい)  毎日顔は合わせているのに、無性に会いたくなった。食事を食べ終わったら【ピーノ】に行こうと思っていたら、将吾に呼ばれた。 「二軒目、行くか?」 「え……」 「【ピーノ】に」  またからかい顔の将吾。読まれていたかと悔しくなり、澄まして「はい」と言うと、「シュンはわかりやすいな」と笑われた。  ――とても不本意なことである。

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