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第24話 帝国建国の秘話
初代皇帝が八番目の王子であったと言う史実は本当だった。
ドラゴンが彼に地を貸し与え、帝国の地を治めていけるよう、魔力も貸し与えた。
ただし、ドラゴンは友であった少女の願いを聞き、皇帝となった八番目の王子――ディアランに、力を与えたのが真実だ。
ディアランは末の王子で温和穏健、争いを好まない性格。平民出の側室の子だった。
ゆえに兄姉たちから見下され、邪険にされて、辺境のフィズネス領で暮らしていた。
そこでディアランは緋色の少女ユーリアと出会うのだ。
他国の出身で、緋色の髪に緋色の瞳というだけで迫害されたユーリアは、辺境のホートラッド山に迷い込み、ドラゴンと出会う。
のちにディアランとも巡り逢い、フィズネスの地で〝緋色の魔女〟さまと、皆に親しみを込めて呼ばれ、愛されるようになる。
二人は辺境の地で愛を育んでいくが、王都では横暴な王族に非難の声が上がっていた。
「――ディアラン王子の兄姉たちは、辺境で名を広めた緋色の魔女さまに目をつけるのです」
「当時は魔力持ちが少なかったのだな。ドラゴンに魔法の使い方を教えてもらった彼女は、いい国の旗印になる」
「しかし王子は恋人を危険な王都へ連れて行くのを拒みました。そして城に残された母親を盾に取られるのです。ディアラン王子は母親を連れて必ず戻るとユーリアに約束しますが」
「戻れなかった、のだな。だとしたら、約束を果たさなかった王子にドラゴンはなぜ土地と力を」
フェンロットの話を聞きながら、ユーリは納得する部分と腑に落ちない部分が浮かんだ。
(ユーリアが僕だとしても。大事な友を裏切った男にドラゴンはなにを思って)
『過去のそなたも同じ真似をしたではないか。あの男の未来のために、我に願った。男の治める土地に平和をと――わずかな寿命と、我と生涯の友になる約束を引き換えに』
ふいに思い出したドラゴン、シノスの言葉。
「わずかな寿命と引き換えに? もしかしてディアラン王子は――」
(デイル、なのか?)
「ディアラン王子がフィズネスに戻ろうと、奮闘しているあいだにこの地域一帯で病が流行ったのです。その病が拡がらぬよう、緋色の魔女さまは身を投じて病を収束させました」
「病、身を投じて? それで寿命が残り少なくなったのか。病とは……もしやいま流行っている、毒の病なのか?」
「緋色の魔女さまは自分の体に病を閉じ込めたのです。しかし何百年と時が過ぎて、彼女が埋葬された土地に染み出てしまったようです」
予想外な昔語り。まさか病の発端が建国以前で自分自身だったなど、さすがにユーリも予測できなかった。
「王子は、彼女の状況を知らなかったのか?」
「噂は聞いていたけれど、身動きが取れず。駆けつけた時には虫の息でした」
「え? デイル?」
「……いまも奥底の記憶が、ぼんやりと浮かぶのです」
思いがけない言葉に驚き、ユーリが隣のデイルを見れば、胸元をぎゅっと握り苦渋の表情を浮かべている。
「デイルは未来だけではなく、生前の、過去の記憶もあるのか?」
「最初から、ではありません。未来でユーリさまを失ってからです。雷が帝都に落ちて、私はいまに戻りました。まだ十に満たない歳でした。それ以降少しずつ、色々な記憶が頭をかすめるようになりました」
ユーリは未来といまの二つの記憶でさえ整理に苦労をしたのに、デイルは三つもの記憶が混在していたのかと、苦悩が忍ばれる。
それが幼い子供の時であったなら、余計に辛い場面もあったはずだ。
「あの頃の私――いえ、ディアランは無理やりに皇帝として持ち上げられました。そして他国の姫君を皇妃として迎え入れろと、くだらない論争に翻弄されているあいだにユーリア――あなたを失ったのです」
(それが本当ならば、まるで未来の僕たちと真逆の立ち位置じゃないか。なりたくもない皇帝にされ、周りに振り回され。僕が先に命を失う点は過去のままだけれど、今世では僕がデイルを失いそうになっている。〝皮肉な運命〟――本当にドラゴンの言うとおりだ)
先ほど目が覚めた際に、聞こえた気がした『失いたくない』という声。あれは夢や幻聴ではなく、デイルがユーリとユーリアへ向けた声だったのかもしれない。
帝国を預かる者は血族で継承するとは限らない。それはドラゴンのせめてもの情けだろう。
皇帝となったディアランが望まぬ結婚、子供を儲けずとも良いようにしてくれた。
ユーリアが死したあと、悲しまぬようにしてくれたのだ。
フェンロットが最初に、この話をした意味がユーリはようやくわかった。
ドラゴンは時を戻したが、帝国の物語に重要な役者ではなかった。
「あっ、もしかして儀式の間にある、ドラゴンの魔力の塊と言われている。あの宝石はディアランの魔力の塊なのか?」
「おそらくそうでしょうな。彼は退位したのち、魔力のすべてを結晶化させて宮殿を去った。と、私は祖先に聞きました」
向かいにいるフェンロットが、ユーリの言葉に大きく頷いた。
条件を満たしていないのに未来の自身が、皇帝となってしまった意味をユーリは悟る。
ディアランはユーリの魂に残るユーリアの気配に惹かれて、選んでしまったのだろう。
「……では二人の眠る地を病の根源にしておけないな。早く土地の浄化をしなくては。墓所は、一体どこにあるのだろうか」
ちらりともう一度、ユーリはデイルを横目で見るが、彼の視線は床へ向けられている。
デイルが未来の記憶、過去の記憶までもあるのだとしたら、彼は二度もユーリを失ったのだ。なにもできないまま、二回も目の前で失った。
(魂を全部明け渡したくなるのも理解ができる。だけど僕は、ディー、あなたと生きていきたい。必ずドラゴンの、シノスの望む未来にしてみせる)
俯きがちなデイルの手に、ユーリは自身の手を重ねぎゅっと握った。膝の上できつく握られていた手は、一瞬ビクッと反応したあと、ユーリの手を握り返してくる。
「かの地はこの村とフィズネスの狭間にあります。我々一族が封印し、病が拡がり出ないようにしているのですが、最近になって土地に出入りする者がおります」
「最近とはいつ頃だろうか」
「二、三十年ほどでしょうか」
(聞いて良かった。フェンロット殿と僕たちの最近に齟齬があると思ったんだ)
フェンロットは気づいていないらしいが、小さく隣からクスッと笑う声が聞こえた。
きっとデイルも同じことを思ったのだろう。
落ち込んでいた彼の、気分が少しまぎれたのではないか。そう思えばフェンロットに、感謝せずにいられない。
「デイル、叔父上が公爵領を賜ったのはいつだ?」
「十五年前ほどかと。ですが元々、フィズネスは帝国領で、保養地とされていました。幼い頃にミハエルさまが滞在していた可能性もあります」
「……デイル、僕はいま、嫌な考えが浮かんだんだが」
「なんでしょう?」
腕を抱き、ふるっと肩を震わせたユーリの様子に、デイルは驚きの表情を浮かべ、肩をさすってくれた。
「フェンロット殿、ユーリアの肖像画は残っているのだろうか」
「はい、残っております。ユーリル殿下によく似た美しい少女でした。この村だけではなく、もしかしたら外の村にも残っているかも知れませんな」
「まさか――ミハエルさまは」
建国の頃、フェンロットが生まれている可能性はない。祖先の話と言っていたくらいだ。
だと言うのにユーリと顔を合わせた際、緋色の魔女に生き写しだと、彼は感心していた。
「たぶん、そのまさか、かもしれない。叔父上は肖像画を見た可能性がある」
「皇妃殿下ではなく、ユーリさまの美しさに魅せられているのですか、あの男は」
「デイル、ここではいいが言葉に気をつけろ」
「ユーリさま! これ以上、彼に近づく真似はやめてください。あとのことはこの私が」
「そう、できたらいいけれど。簡単にはいかないかもしれないじゃないか」
体をこちらへ向けたデイルがユーリの両肩を掴んで、必死な顔をする。
気持ちはとてもわかる。ユーリとてそれが本当ならば、一切関わりたくない。
「殿下、お気をつけください。我々の結界をすり抜けるような人物です。最初は迷い込んだのかも知れませんが、その後は出入りする方法を見つけ、我々の目を盗んで入り込んでいます」
「叔父上は心根以外ならば、非常に優れているからな」
デイルのことを言えない、悪口とも取れる言葉だが、事実だ。
魔力が豊富、魔法の扱いに長け、身体能力も知力も高い。外面、見た目も完璧だ。
「つい最近、外で川に土砂が流れてきたと聞いたのだが」
「近くに川が流れております。おそらく出入りしている者たちの仕業でしょう」
「土を持ち出すのに掘り起こし、崩れたのだな」
(しかしあの叔父上が、足がつく真似をするとは思えない。だとすれば別の人間も今回の件で動いているのか)
ミハエルの配下も有能だ。土砂崩れを起こすなどヘマはしない。
どこの人間が関わっているのかも確認しなくてはならないだろう。
「対策を練らなくてはいけないな」
「浄化の魔法陣がどの程度、完成されているか確認もしなければいけませんね」
デイルの言うとおり、浄化の魔法陣も急がなくてはいけない。
「でしたら、殿下たちは早めに村を出られたほうがいい」
「――っ! そうだった。ここにいると時間の進みが違うのだったな」
半日が外の世界での何日なのかわからないものの、長居をしないに越したことはない。
フェンロットの言葉を聞いて、ユーリは慌てて立ち上がる。
「慌ただしくて申し訳ない。また落ち着いてからこちらへ伺いたいのだが」
「もちろん、ユーリル殿下ならばいつでもお待ちしておりますよ」
休ませてもらい、話を聞いたら早々に立ち去るなど、本来であれば失礼に当たる。
とはいえ下手に気を使って長居をしたら、どれほどの時間が向こうで過ぎているのか、まったくわからない。
「できれば、ドラゴンに――シノスに、会いたいと伝えてほしい」
「かしこまりました。お伝えしておきましょう。私も再びお会いできるのが楽しみです」
フェンロットと固い握手を交わし、次の約束をすると、ユーリとデイルはすぐさま村の入り口へ戻った。
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