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第1話 プロローグ

 プロローグ  空はひたすら青い。  新緑の渓谷を貫いて一本の道が走る。まるで中空に浮いているかのようだ。もちろん橋脚はあるのだが。  この道から身を投げたとしても、谷底に落ちるか宙を飛ぶかわからないうちに、この世からおさらばできるだろう。  この世とあの世の境目は白いガードレールだけである。  車の助手席からは新緑の渓谷が見渡せる。  ここはまるで春である。つい先ほどまではうだるような暑さだったのに。  標高が上がるにつれて季節も戻って行くようだった。  道の端に若者が一人立っている。  ガードレールを境に今にも中空に飛びそうな風情だった。 「あれは何でしょうね?」  運転席の若旦那は言うと同時にブレーキを踏んでいた。  助手席の音丸(おとまる)も即座にシートベルトを外し、車が停まるなりドアを開けて外に出た。  山頂のホテルに向かう送迎用のマイクロバスである。  ホテルの若旦那は小太りの中年男だった。 「何か見えるだかね?」  と、のんびりした足取りで若者に近づいて行く。  逆に音丸は素早く反対側から近づいて、若者が若旦那に向き直った隙にガードレールの前に立ちはだかった。  ちょうど若旦那と二人で若者を挟み込む形になる。 「写真を撮りにおいでたかね? 山もここまで来るとまだ新緑だで。いい撮影スポットだら」  若旦那がわざとらしく訛っているのは警戒心を解くためらしい。  若い男はにわかにきょろきょろ辺りを見回した。  学生ならばとうに夏休みに入っている季節である。  チノパンに半袖Tシャツの姿は時季的にはおかしくないが、この山間部では薄着に過ぎる。     肩からは薄っぺらなサコッシュ一枚を斜め掛けにしている。それが谷底から吹き上げる風で身体の前でひらひら舞っている。  音丸はTシャツの上に長袖ジャケットを着ている。 「どこにも車が停まっとらんけぇど、下から歩いておいでたかね?」  と話す若旦那も胸にホテル名の入った長袖の作業着である。 若者はやっと反対側に音丸がいることに気がつくと、殊更に顔を仰向けてこちらを見た。 確かに音丸の方が背は高いが、そこまで大仰に見上げるほどの身長差ではない。 「その恰好では寒いら。ほれ、車の中に入って。山頂でも下の駅でもお送りしますで」 若旦那のぽってりした掌で背中を促されると若者はようやく口を開いた。 「たっぱちゃん?」  ひどく懐かしい響きだった。

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