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2-26 ただいま!

 竜虎(りゅうこ)は青空を見上げた時、ふたつの影が目に入り、途中からひとつの影だけどんどん近づいて来て、それがなにか解った途端、慌てふためく。 「おい、馬鹿! 無理!」 「りゅ、竜虎様っ!? は? 無明様!?」  清婉(せいえん)は突然声を上げた竜虎に驚き、その視線の先を見上げてさらに驚愕する。 「ぎゃーーーなにしてるんですかっ!!」 「嘘だろっ!?」  落ちてくるものをなんとか受け止めるために手を広げ、顔を上にしたまま、慌てて後ろへ前へ足を右往左往させ、叫ぶ。  強い衝撃で一瞬目の前が真っ暗になり、そのまま後ろによろめき、大きく尻もちをついて座り込むと同時に、首に抱きついているその重さとぬくもりに安堵する。 「いてて······お前、空から落ちてくるとか······馬鹿なのか」 「へへ。竜虎、清婉、ただいまっ」 「ただいま、じゃない! 何回攫われたら気が済むんだっ! っていうか、これから助けに行くって時に自力で戻ってくるなっ」 「こちらも大変だったんですよ! 恐ろしい蟷螂(かまきり)の妖獣が村をこんな状態にしてしまったんです! 竜虎様は、身を挺して私を守ってくれて! 白群(びゃくぐん)の方々がすごいのなんのっ」  ふたりの横で清婉が涙目で昨夜の説明をするが、早口すぎてまったく内容が入ってこなかった。 「遠くから見えた村の様子を見て、不安になったよ。ふたりとも、怪我はしてない?」 「お前こそ、よく無事に戻れたな。ああ、まあそうだよな、白笶(びゃくや)公子が一緒だったんだもんな、無事に決まってるか······」  抱きついたまま離れない無明(むみょう)を無理に剥がすこともなく、竜虎はその細い身体に腕を回したままいつものように愚痴を言う。  横にあるはずの顔を見ることができない。今、自分はどんな顔をしているのだろう。春の匂いの残る風が舞い、葉っぱが浮き上がった快晴の空を見上げたまま、顔を歪める。 (ほら、言ってるそばからやってきたぞ)  視線の先にもうひとつの影が慌てて地面に降りてきた。まさかあの高さから飛び降りるとは思いもよらなかったのだろう。  白笶は見たこともないくらい青ざめた顔でこちらの様子を遠くから窺ってきた。そして怪我をしていないのを目視で確認すると、すっといつもの無に表情を戻し、駆け寄ってきた雪陽(せつよう)雪鈴(せつれい)に肩の傷を心配されていた。 「治ってる」 「うん、傷跡もない。こんなことができるなんて、一体どんな方法で?」  ふたりは首を傾げて、確かに破けている衣と血の痕をまじまじと観察していた。その追及をかわすように、白笶は新しい衣を用意するように伝えると、近づいてきた白冰(はくひょう)に一礼した。 「······戻りました」 「うーん。負傷した弟を兄が華麗に助けるという妄想をしていたのに、まったくもって残念だよ、」  大扇を開きぱたぱたと風を起こして、白冰は本当に残念そうに嘆息した。  冗談なのか本気なのか解らない。しかし半分は本気だろう。白笶は半壊している村の様子を見て、なんとなく状況を察する。 「首謀者、かどうかは不明ですが、妖獣を操っていた者に遭遇しました。狙いは玄武の宝玉と言っていましたが、定かではないかと、」  右の袖から宝玉が入った銀色の糸で刺繍が施された白い袋を取り出し、白冰に手渡す。 「定かではないというと?」  実のところ、白冰と白漣(はくれん)は狙いが玄武の宝玉と確信していた。なので、白笶の言葉に引っ掛かりを覚える。 「今は、勘としか。ただ、操っていた者は黒い衣を纏い、顔を隠していましたが、おそらく、」 「ああ、それは間違いないだろうね。今生で奴らの所業を目にすることになるとは」  烏哭(うこく)。  ふたりは同じ名を頭の中で呟く。妖獣を操っていた時点で、それは確定していた。    五大一族の者はそのような能力はなく、むしろそれは邪道もしくは鬼道とされていて誰もその手の呪法を良しとしていない。 「邸に着いたら、各一族に知らせを送る。父上も懸念していた。これが狙われたということは、他の宝玉も危険だろう。簡単に奴らの手に渡るとも思えないが、問題はそれを何に使うつもりなのか、だ」  その先の目的を知る必要がある。白漣が何とも言えない表情で近寄ってきた。  またもや金虎(きんこ)の公子たちを危険に晒したことに、自責の念に駆られているようだ。 「負った傷は問題ないようだし、無事に戻ってなによりだ」 「はい。心配をおかけしました」  白冰は持っていた白い袋をそのまま白漣に手渡す。衣の袖の中へ入れると、白漣は目を細める。 「邸に戻り次第、玄武堂に宝玉を封印する。ふたりとも、ゆっくり休む間もないが尽力してくれ」  ふたりは頷き、同意する。封印すれば簡単には手を出せないだろう。    張り詰めた空気の中、離れた所で雪鈴と雪陽が、あれでもないこれでもないとふたりで珍しく頭を悩ませていた。

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