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5-24 夢の終わり

 無明(むみょう)はただ見ているしかなかった。  神子である宵藍(しょうらん)は、四天を相手にひとりで闘っていた。始まりの神子は邪神に囚われたまま、身動きが取れない。  けれども宵藍は符と陣だけで、十分四天を同時に相手にできるほど強かった。 「君たちは何も知らないんだね。いや、都合の悪いことは何も語らず、利用できるものは利用する。それが、邪神のやり方なのかな?」 「あなたがなにを言っているのか、理解に苦しむ。我らの主はただひとり。黒曜(こくよう)様だけですよ」   四天のひとりが三体の幽鬼を操り宵藍を壁の方へと追い込む。逃げ道を囲まれるように三体が前と左右を塞ぎ、にじり寄る。  青白い顔をした死装束(しにしょうぞく)の女たちは、操り人形のようにカクカクと首や腕の関節を動かし、いつでも襲い掛かる準備が出来ているようだった。 「それよりもそこの黒方士(こくほうし)が、あんたとおんなじ顔ってことの方が驚きなんだけど? なに? どういう状況なわけ?」  一番背の低い、少年のような姿の四天が疑問を口にする。  それすらも伏せられたまま、命令に従う矛盾。常に、主である黒曜(こくよう)の傍らにいた黒方士(こくほうし)がなんであるのかを、知る由もない。  ただひとつ解っていることは、黒方士(こくほうし)もまた、只者ではないということ。  その宝具である笛の音は、自分たちの操る妖者を制御し、さらに操る事すらできる。四天が黒方士(こくほうし)に一目置いている理由は、それだった。 「そこの主に訊ねてみるといい。納得する答えが返って来るとは思えないけどね」  ふふっと笑って、宵藍(しょうらん)は口元に符を持っていき、ふうと息を吹きかける。そしてその符を三枚指で挟み、三体の幽鬼へと放った。  それはちょうどそれぞれ額の真ん中に貼りつき、そのまま緑色の光を湛えて幽鬼の身体を焼いた。  悲痛な悲鳴が響き渡る。その反動が操っていた四天にも及び、奥へと弾き飛ばされる。 「さあ、次は誰が私と遊んでくれるのかな?」  くすりと笑みを浮かべ、疲れた様子もなく宵藍が言った。    四天たちは自分たちの方が有利なはずなのに、まったく勝てる気がしなかった。それくらい、圧倒的な霊力でそこに存在している。 『これが、神子の本当の力』  四神の加護と恩恵をその身に受け、底の知れない霊力を持つ、存在。ひとではない、モノ。無明は白虎の契約の時、あの蕾の中で話を聞いた。  始まりの神子は言った。  四神と契約をし、真の神子となった時、その身はひと(・・)ではなくなる、と。  この国の穢れを祓うためだけに存在する、神の神子となる。  しかもこの身は、始まりの神子と宵藍がひとつになった完全なモノ。  人から生まれ出たが、四神の力を得ることでひとではなくなり、不死の身となる。  始まりの神子が元々そうであったように。  転生の必要すらなくなるのだ。  この国に四神の恩恵を取り戻す代償が、ひとではなくなるという事実に、無明は頭が真っ白になり、白笶(びゃくや)たちにその真実を話す余裕はなかった。自分自身、心の整理すらついていなかったのだから。 「ならば、俺が遊んでやろう」  異様な気を纏った黒曜(こくよう)、否、邪神夜泮(やはん)が口の端を釣り上げて皮肉めいた笑みで言う。  夜泮(やはん)は始まりの神子の手首を解放し、黒い刃を構える。その霊剣は、太刀よりも刀身が二倍は太く、刃が漆黒だった。  華守(はなもり)である黎明(れいめい)をいとも簡単に貫いたその刃からは、まだ血の雫が滴っている。  その時だった。  笛の音が伏魔殿に響き渡る。それは聞いたこともない曲で、無明は思わず始まりの神子の方を振り向いた。  逢魔(おうま)に渡した笛の他に、隠し持っていたのだろうその横笛の音色は、重く低い印象があり、天響(てんきょう)の高く澄んだ笛の音の響きとは全く違っていた。 「残念だったね。もう、お互い遊ぶ必要はなくなったみたいだよ、」 「····まさか、」 「そうだよ。君がここに四天を呼び寄せたその瞬間から、こうなることは決まっていたんだ」  宵藍(しょうらん)は右手で大きく円を描き、その真ん中にすらすらと何か文字を描いた。その瞬間、あたりが目も開けられないほどの光に包まれる。 「もうずっと前に、陣は完成していたんだ」  光が止んだ時、宵藍は始まりの神子の横に立っていた。笛の音もいつの間にか止まり、ふたりは顔を見合わせ、同時に頷く。 「黒曜(こくよう)の望みを叶える」  永遠ほどの苦しみからの解放を。  死という安らぎを。  重ねた手を、ぎゅっと握りしめた。その瞬間、先程よりもさらに眩しい光の波がふたりを中心にして広がり、邪神と四天を呑み込む。  伏魔殿全体を呑み込むだけでは飽き足らず、光は外へと広がり、晦冥(かいめい)の地を覆い尽くした。 「私たちと一緒に、君たちは眠るんだ」  黒曜の身体は右側から形を失っていき、塵と化そうとしていた。邪神はぼろぼろと崩れていく己の半身に、驚きの色を隠せない。  四天の姿はすでになく、光の中で立っているのはふたりだけ。  膝のあたりまである白銀の長い髪の毛。翡翠の大きな瞳。白い神子装束を纏った姿は、まるで本当の神様のようだった。  ひとつになった神子と、右半分が泥人形のように崩れかけた黒曜と、そこに残る夜泮(やはん)の魂が、光の中で静かに向き合っていた。  蝕んでいた邪神を封じる。  その身を犠牲にしてでも。  たとえ二度と、逢えなくなろうとも。 「さよなら、だよ」  真っ白な光が溢れたセカイから、すべてが消え失せる。  晦冥崗(かいめいこう)を覆っていた陣が晦冥(かいめい)の地全体を覆い、金色の光を放ったあの日、邪神と四天、烏哭(うこく)に操られていた多くの妖者が伏魔殿に封じられた。  それらは、あの日から五百年以上、一度も目覚めることはなかった――――――。  

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