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第8話 ※

 発情(ラット)しているのに河原はあくまで優しく僕の体を撫でてくる。全身が性感帯になった体にはそれさえ毒で、僕はぴくぴくと震えながら河原の手に体を押し付けることしかできない。 「もっ、いい、からぁ、早く、入れてっ、ねぇ」 「時間はたっぷりありますからね、ゆっくりしていきましょうね…せっかくやり直しの機会が与えられたんだから、楽しみたいというのが人情でしょ?」 「ぼくは、くるしっ…!」 「そういえば、初めて会った時のあなたは明らかにおかしかったですものね。それこそ獣のように僕を欲しがってて、ちょっと異常でしたよ。運命の(つがい)に会った時は発情(ヒート)が重くなるのかと思っていましたが、なるほど、あれは発情誘発剤のせいでしたか」  確かに記憶が残らないほど理性を飛ばしたのは後にも先にもあの1回だけだ。抑制剤を飲んでるΩですら発情させると言うだけあって、やっぱり誘発剤は相当ヤバい代物なのかもしれない。でもそんなことより河原が余裕そうなのがすごく腹立つな。  ぎり、と奥歯を噛み、フェロモンをひとまとめにして河原にぶつける。 「うわ、ちょっと…!」  慌てだした河原を見て口角が上がる。いい気味。もっと僕に酔え。 「come(来い)」  ダメ押しに指でもう準備万端な性器を広げて誘う。ちょっとやり過ぎかなって頭をよぎったけど、忘れちゃいけない。僕は発情を起こしていて、つまり目の前にいるこのαとセックスがしたくてたまらない。しかも消えてしまった噛み跡(しるし)をもう一度刻んでもらって、このαを取り戻さないといけない。それを叶えるためならなんだってする。 「…ッ。あなたって人は…!」  やった、煽られてくれた、と思ったのもつかの間。 …舐められるとは思ってなかったよね! 「そっち、じゃない…!」  思わず駄々っ子のように足をばたばたさせる。 「僕を騙してきた罰ですよ。しばらく焦らされてください」  そう、実はまだイってない。イけてない。今の僕なら簡単にイけるはずなのに、もうちょっとのところで動きを中断されてしまう。おかしい。罰もご褒美も、与えるのは僕の方なのに。だいたいコマンド無視ってなんだよ。  そういえばαSubって軒並みランク高いんだっけ。何それ、僕ボロ負けじゃん。悔しい。 「いじわるっ…!」 「はいはい、意地悪ですとも。でも我慢するとその分気持ちよくなれますよ?」 「そんなの、」  求めてない、と言いそうになって、はたと気づく。僕は河原のことを考えたことがあっただろうか?河原から何かを受け取ろうとしたことはあっただろうか?  どんな形であれ、僕は河原に与えることしか考えてなかった。河原から与えられることなんて頭になかった。でも僕は欲張りで、本当は河原に与えてほしかった。なのに僕に何か与えようとする河原に、気付かないふりをしていたのは僕の方だ。  僕は怖かったのかもしれない。自分が傍から見て異常なのは自覚していたから。僕は河原のことを愛していたのに、河原が与えようとしてきた愛からはいつだって「そんなわけない」と目を逸らしてきた。運命の番という偽物の鎖で縛っても、いつか別れが来るかもしれないって、ずっと怖かった。  河原は番になるのをやり直そうとしているわけじゃない。僕と河原の関係そのものを、取り戻そうとしている。  そう思った瞬間、涙が溢れた。 「うわ、なんで今泣くんですか」 「ごめん、かわはら、ぼくのものになって…!」 「僕はとっくにあなたのものですがね」  優しく頭を撫でられ、目の奥に白い火花が散った。しかも何度も何度も、永遠と思えるくらいに続く。Ωだし後ろでイったことなんて数え切れないほどあるけれど、こんなイき方は初めてだった。 「ひゃ、なに、これぇっ、こわい、まって」 「…イかせるのは入れた後にしたかったんだけどなあ…焦らしすぎましたか…」 「にゃに、いって…っ」 「仕方ない、お望み通り、入れますよ…!」 「や、やっぱむり、いまだけはむりぃっ…ひ、あぁ~!」  まだ痙攣している体を押さえつけて河原が押し入ってくる。勝手にきゅうきゅうと締めつけてしまい、それが1回ごとに重い絶頂を引き起こす。よほどきついのか、眉根を寄せる河原がかっこいい。  かっこいい、なあ。  もう絶頂の波は通り越して、僕は半分白い世界へと旅立っていた。スペースってこんな感じだろうか、と思うくらい幸せな空間。 「あー、やっぱりトんでらっしゃる」 「しゅき、かわはら、だいしゅきっ」 「はいはい、分かってます…動きますよ」  かくかくと腰を振る僕を押さえつけて、河原がゆっくりと動き始める。挿れられてからも焦らされるとは思わず、僕は懸命に締めつけて甘イキしながら目を白黒させていた。  しかし発情したΩを舐めちゃいけない。 「あっ、だめ、また、しろいのが、きちゃ、ひっ…~!」  僕は1分もしないうちにまたイっていた。今度は河原を感じているからか怖くはない。でも幸せで口が緩むのが止められない。  舌を出してキスをねだると、河原は応えてくれる。すごく苦しいのに嬉しくて、いつまでも追いすがってしまう。そのうちにまた次の白い波が来て、訳が分からなくなりそうになる。突然河原が口を離したから寂しくなったけど、お伺いを立てるように項に触れた固い感触が僕の本能を呼び覚ました。  ようやくだ。ようやくこの時が来た。最初の時、僕はこの言葉をうまく言えていただろうか。今となっては分からないけど、きっと僕が何度失敗したって、河原は何度でもやり直してくれるだろう。 「かんで(Bite)」  牙が肌を突き破る感触。甘い毒が流されて、僕をおしまいにしていく。…いや、違う。  これは僕達の始まりだ。

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