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第2話
勢いよく飛びついてきた身体を、思わず手を広げて受け止める。
じっとりと汗で濡れた背中が、薄い布越しに掌に張り付いた。
「ハグの日」
そう口にして、首に絡めた腕に力を込める。
「蒼ちゃんの身体、冷たくて気持ちいい……」
耳元で囁くその声が妙に艶めいていて、ゾクゾクと背筋が震えた。
「楓……」
見た目よりも華奢な身体は、熱を放ちながら甘やかに俺を誘惑する。
踏みしめている地面が、ぐらりと大きく崩れていく。
キスをして、脱がせて、直に触れて。
その全てを奪って、何もかもを壊して。
正体がなくなるぐらいドロドロに融かして、言ってやりたい。
楓、俺はお前のことが ── 。
「蒼ちゃん。この間、ありがと」
楓の言葉に、一瞬で我に返る。
俺は今、何を考えた?
「実はあの時さ、結構へこんでたんだよね。なんか無性に淋しくて。でも、蒼ちゃんと過ごしてたらホントに楽しかったし、元気出た」
俺に抱きついたまま、楓は淡々と喋り続ける。
「すごく嬉しかった。俺、一人じゃないんだって。だから、感謝のハグ」
くっつけていた顔を離して、楓は至近距離で俺を見上げる。
色素の薄い前髪が、汗で額に張り付いている。
きれいな顔に浮かぶのは、俺を信頼し切った極上の微笑み。
「蒼ちゃんは、俺のたった一人の大事な友達だから」
友達。
そうだ。楓は俺を恋愛対象にはしない。
楓が俺に懐いているのは、友達だからだ。
いつの間にか、触れ合う体温は同じぐらいになっていた。
「そんだけ。じゃあ俺、帰るねっ」
するりと腕から抜け出して、楓は俺から離れていく。
とめていた自転車のスタンドを蹴って飛び乗るようにサドルに跨り、ぶんぶんと千切れそうなほどに手を振ってくる。
「蒼ちゃん、バイバイ。また来るから」
そう言い放って、こちらを振り返りもせず一目散に走りだす。
だんだん小さくなるシルエットの向かう空には、細い曲線を描く三日月が浮かんでいた。
これから欠けていくのか、満ちていくのか。その区別の付け方を俺は知らない。
大きく吐息をついて、夜空を仰ぐ。
俺は今夜もまた、浅い眠りを繰り返すのだろう。
弓形の輝きは、濡れて重みを増した熱帯夜に呑まれていく。
fin.
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