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序章 〇節

 太陽は大気に吸い込まれるかのようにして沈んでいき、廃墟と化したビルの上に長く濃い影を投影していった。息を切らせて階段を駆け上がった男にとって、その場所はまるで地獄の業火に包まれたようだった。太陽はオレンジ色に染まり、ビルの谷間に身を沈め、同時にそのマグマのような光景がビルを呑み込んでいくかのようにも見えた。  毒々しい太陽がビルを彩る中、男は屋上へ逃げてしまったことを後悔していた。呼吸が荒くなり、腹部の傷からはオーダーメイドのシャツが鮮血で染まっていた。残された道は隣のビルへと乗り移って逃げることだけだったが、体力も完全に尽きつつあるこの状況ではその望みはほとんどない。男は焦りながら開けた屋上を見渡し、身を隠せる場所を捜し回る。 「チッ、何でアイツが……」  追手はすぐそこまで迫り、四面楚歌の中で助けを求められる相手もいない。重厚な足音が階下から近づき、男は再び身を隠せる場所を求めて周囲を見渡す。真っ黒な影が焦げ付くようにアスファルトへ映し出される。  ――乾いた破裂音がひとつ。男がその音を聞いた瞬間、腕に灼熱の痛みが走った。誘導されるように視線を腕へ向けると、二の腕の布地が吹き飛んでおり、鮮血が滲み始めていた。撃たれたことを男が認識出来たのはその時だった。  一体誰が、どこから撃ってきたのか。撃たれた片腕を抑えながら、男は軌道から考えられる方角へ視線を向ける。開けた屋上の中、雑多に廃材が置かれ死角ともなる一角に拳銃を構えた男が立っていた。銃口から流れる硝煙が緩やかな風に揺れていた。  誰かに足を掬われることなどこれまで微塵も想像していなかった男は、拳銃を構える相手の姿にみるみると顔色を変えていく。怒り、恐怖そして驚愕が男の心を支配していた。毒々しい夕日が拳銃を構える人物の姿を赤く染め、仕留め損ねたことに対しても冷静に、照準を再び男へと合わせ、怒りに震える唇を恭しく開く。 「……おまえはここで死ね、三睦」  この男を殺すために今までの人生があったといっても過言ではない。一度は失敗してしまったが、状況の全てに味方されたこのチャンスをみすみす逃すわけにはいかない。

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