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第20話 魔王としての判断(sideラニット)

 「ーーヴィネ、報告せよ」  湧き上がる強い怒りを押さえて、膝を着いたままのヴィネに命じる。  奴は目を怒らせ床を見つめていた。ピクつく目頭は、怒りが頂点を迎えた時に出るコイツの癖だ。  「レイルの持ち物に、転移の魔法陣が組み込まれていた」  「……荷物など持っていたか?」  疑問が湧く。部屋に案内した時もそれらしい物はなかったはず……。  ふと流した視線の先に、蓋を開け転がる古びたトランクを見つけた。薄っすらと立ち上がる魔力の残滓から、ライラが持ってきたと予想をつける。  コツっと踵を鳴らし、トランクに近付く。片膝を付いて手を伸ばすと、中に入っていた荷物からバチバチと小さな火花が散った。  魔族に反応するこの力は、聖騎士(パラディン)のものだ。  そう言えば、プルソンがライラに人間界を探らせた際に、その存在があることを報告していたな。確か……。  「第三王子の護衛騎士だったか……。随分舐めたマネをしてくれる……っ」  ぎりっと怒りに奥歯を噛み締める。触れさせまいとする聖騎士(パラディン)の神聖力を無視し、盛大に火花を散らしながら中の荷物を掴んだ。  ーーほんの一掴み分しかない荷物……。  ただそれだけの荷物しか持っていなかった彼は、今までどんな風に人生を歩んできたのか。  ニコニコ笑って喜ぶ姿や、ぱっと赤面して恥ずかしがる姿、少し頬を膨らませて不貞腐れる姿。  そんな姿からは窺い知ることの出来ない悲惨な過去を持つレイル。  そんな彼に対して、今更湧き上がった憐憫(れんび)の情に、俺は一瞬戸惑い荷物からぱっと目を逸らした。  ーー違う。こんな感情は可怪しい……。  レイルは元々、魔族(おれたち)に必要な存在だった。  魔界に行くとレイルが宣言した時、これを期にアイツを懐柔して魔界から離れられなくしようと考えたのは俺だ。  ーーただ目的のために手に入れようと考えていただけだ。  初めて会った時にアイツの全てが欲しいと強く思ったが、あれもただの所有欲のはず。  ただの手駒のはずが意外に興味を引かれ、俺のモノ(・・)にしようとそう思っただけだ……。  ーーようやく少し懐いてきたところだったのに。  今まであれこれ手を尽くし懐柔したのが、全くの無駄になったから少し感情が乱れただけだ。  ーー俺はアイツを憐れんだりなんかしていない。  俺は苛立つ心のままに荷物をトランクに投げ入れ、スクッと立ち上がった。  人間界に行ったレイルがあちらに留まる事を望めば、俺にアイツを取り戻す術はない。  レイルに対して強制してはならぬ事、また望む事を妨げてはならぬ事。  それはこの世の(ことわり)で定められているのだから。  「ヴィネ、治療を受けたら監獄へ向え。使者として来た人間を押さえている。詳しく調べよ」  「………。ラニット、レイルはどうする」  俺の言葉に、床に向けていた視線を上げたヴィネは訝しげに口を開いた。  「暫くは人間共の好きにさせておく。レイルの件も保留だ」  「アイツは無理やり連れて行かれたんだぞ?」  「それがどうした」  冷たくヴィネを見下ろす。  人間界へ無理やり連れ戻されたとしても、あちら側でレイルが意志を変えないとも限らない。  ならば暫く人間の動向を探りながら経過を見てもいいはずだ。  四将軍に就くヴィネなら俺と同じ考えに至るはずなのに……。  妙にレイルを気遣う言葉を口にするヴィネに、俺は苛立ちを募らせた。  「甘やかすだけ甘やかして、いざという時に放置か。あの子供が本当の意味で壊れたら、後悔をするのはお前だぞ、ラニット」  「壊れて何が問題だ。生きてさえいれば、アイツは自分に課せられた役割を果たせる。役割さえ果たしてくれるなら、魔界としては万々歳だろう」  「………。それは現魔王としての判断か?」  「ーーーーそうだ」  睨みつけながら告げると、ヴィネは無言のまま立ち上がり、そのまま俺に背を向けて歩き始めた。  「ヴィネ、独断で動くなよ」  「………魔王の命令なら従うまでだ」  フンっと鼻を鳴らし、奴はそのまま立ち去っていた。  それを目の端に見ながら、俺は湧き上がる苦い感情(モノ)に顔を歪めた。

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