30 / 60
第30話 僕の知らない世界の事 前編
「オマエは自分の髪の色についてどう思っている?」
「髪の色?」
飽くことなく髪を梳く魔王様の手の動きを目で追う。耳の横からそろりと指を差し入れて、ゆったり掻き上げるように後ろに流していく。
魔界に来て少しは伸びたけど結うには短い髪は、魔王様の手が頭の後ろまで行くとパラリと元の位置の戻ってサラリと揺れた。
「うーん、僕は人間になる資格がなかったから、元々の色を神様に取り上げられたって習いました。だから、この髪は罪の色なんだって思ってます」
顎の下で揺れる髪を一房摘まむ。
元は綺麗なシルバーブロンドだった髪も、五歳以降ずっとこの色だ。神殿の祝福の場で変化して、人間に成り損なったモノ と言われ続けた。
人間に成りたかったら、人の役に立たねばならない。そう言い聞かせられてきた。
だから自分の感情も希望も全て飲み込んで、言われるままに働いてきたんだ。でももうすぐ十八になるというのに、いまだ真っ白なまま。
ーー多分、僕は人間には成れないんだと思います。
その言葉はそっと飲み込む。人間界で暮らしていて、あの人達の仲間になりたいなんて一度も思えなかった。
寧ろ人間と認められて、あの人間関係の中に組み込まれてしまうのが堪らなく嫌だった。
だからこの髪の色は「罪の色」だけど、僕にとっては人間にならなくて澄む唯一の「救いの色」でもあるんだ。
摘まんでいた髪の房を手放しゆらゆら揺れている様を眺めていると、魔王様はその揺れてた髪を掌に乗せて恭しく唇を落してきた。
「これ程美しいものを罪の色などと……。何という愚行だ」
いつもは耳に心地い良い魔王様の声に、ヒヤリとしたものが含まれる。
「レイルは神殿で絵画を見たことはないか?」
「え?ありますけど………?」
聖典に書かれた内容を元に描かれた神話の世界の絵。神殿には必ず数点飾られているから、何度も見たことがあるけど……。
「天界の神々は光を司る。故に金の髪だ。では絵画に描かれている、使徒たちの髪の色は何色だ?」
そう言われて僕は記憶を探った。使徒様は、全員………。
「白、です」
「そうだ。自身の潔白さを目に見える形で表している。だから例外なく使途は全員白い髪だ」
「待ってください………!」
僕は慌てて魔王様を振り仰いだ。
「使徒様たちが白く描かれているのは、より神様を際立たせるための絵画の技法だと聞いてます」
「それは違うな」
魔王様は僕の目を見つめて、ゆるっと首を振った。
「何故髪の色だけ抜く必要がある?周りに描かれた花も風景も、みな鮮やかな色彩だ。髪の色だけを抜く必要は全くない」
それは……そうなんだけど………。
訳が分からなくて、僕は無意識にカリッと爪を噛んでしまった。それに気付いた魔王様が、僕の手を握りこむ。
「綺麗な指に傷が付く」
「………僕は人間ではないって事ですか?」
五歳未満の子供は神界の生き物とされている。じゃあ真っ白の髪になった僕は、やっぱり人間に成れなかっただけの存在なの?
「それはある意味正しい」
淡々と答える声に、俯いてグッと唇を噛み締める。
なら……。それなら、僕は一体何のために人間界に生まれてきたんだ。
「レイル、俺を見ろ」
魔王様の静かな命令に、僕は素直に応じることができない。なかなか顔を上げない僕の顎を、魔王様は指でクッと持ち上げた。
「オマエは神殿で祝福を受けた際に、一人だけギフトを貰えなかったらしいな。だがそれも違う。レイル自身が人間界に授けられたギフトなんだ。そういう意味で言えば、確かに人間ではないな」
僕自身がギフト?
意味が分からない。
僕は目を見開いて、魔王様の金赤の瞳をじっと見つめた。魔王様は僕から目を逸らすことなく、冷静に言葉をつづけた。
「人間界も魔界も、数百年に一度の割合で酷く荒れる時代が来る。荒れるのはどちらか片方の世界だけ。今回、人間界がその時代に突入したことが全ての始まりだった」
「荒れるって何ですか?」
「荒れる理由は色々だ。天災だったり災害だったり………人災の時もある。そして今回の人間界は人災により荒れ始めた」
「人災………?」
「そうだ。レイル、オマエが生まれた国、あそこは歴代の王族たちが民を顧みずに好き勝手に治めていた。高い税、公共事業の名目での奴隷まがいの労働、そして他国への侵略。甘い汁を吸えるのは、王都に住む王族と貴族だけ。そんな醜い世界となり果てていた」
ともだちにシェアしよう!