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第45話 僕だって怒ります!

 復讐、だなんて物騒な事を言っていたけど、あれから大公がこの部屋を訪れることはなかった。  怪我が痛む間は大人しくベッドに転がっていたけど、その間も放置されることはなく医者に、侍従に、メイドに丁寧にお世話されてしまっていた。  そしてすっかり痛みが引いた頃、僕は思い立ってベッドから抜け出し、部屋の外へ出てみることにしたんだ。  着替えを、と思ったけど誰か来てしまうと自由に動けないし、一応クローゼットを覗いてみたけど僕は着るにしては上等な服しかなくて諦めた。  まぁ、寝衣でもいいか。誰に会うわけでもないしね。  そろりと扉に近付いて取っ手を捻ると、思った通りすんなりと開いた。閉じ込めておくつもりもないらしい。  ここから逃げれないって思われてるのかもしれないね。  僕は軽く肩を竦めると、取り敢えず思いつくまま廊下を進み始めた。  魔王城にすっかり慣れてしまっていたけと、人間界の屋敷は窓が大きくて、陽の光がふんだんに採り入れられる構造だから凄く明るい。  廊下にはふかふかの絨毯が敷いてあって、足音一つ響かせる事なく歩く事ができた。  ぶらぶらと廊下を進んで行くと、左手に広いバルコニーが見えた。何となく惹かれてそちらに向かう。  繊細な硝子扉を開けて外にでると、ぶわっと恐ろしく冷たい風が吹き付けてきた。  「え?ええええ??」  屋敷の中は薄手の寝衣でも全然寒くなかったのに、バルコニーは身を切るほどの冷たい風が吹き荒び一気に体温を奪ってきた。  「何で?青空が広がってるし太陽も見えてるのに、何でこんなに寒いの?」  そもそも、魔族領があるアステール王国の今の季節は秋のはずだ。  慌ててバルコニーの端に駆け寄り手すりを掴んで身を乗り出す。寒風にやられたのか、庭園の樹木も常緑植物のはずなのに葉先を茶色く変化させてしまっていた。  「何が起きたんだろう……」  学園の長期休暇直前に魔界に下ってまだ数ヶ月しか経っていないのに、気候があり得ないくらいの変貌を遂げていた。  ここはもともと年中穏やかな気候に恵まれた国で、北部に位置する魔族領でも、冬に雪が降ることなんて殆どないくらいに温暖な地なのに……。  それに今の時期は農作物の収穫時期だ。それなのに、こうも異常な気候だと収穫そのものができていない可能性がある。  この国の王族たちは傲慢だから、この異常な状況に憂いて税を免除するなんて事はしないと思うし、飢える民のために王宮にある食糧備蓄庫を開放する事もないと思う。  いつかの水害の事後処理を思い出すと、その予測も決して間違っていないと思うんだ。  「大変だ!」  僕は慌てて身を翻して、ボスン!と何かにぶつかってしまった。  「ふえ……?」  情けない声を洩らしなが見上げると、そこには大公の姿があった。この寒々しい景色を何の感情も乗らない瞳で眺めている。  そして、今気付いたと言わんばかりに視線を落として僕を見ると、しんなりと眉を顰めた。  「なんて格好だ……。風邪をひくだろう」    「あ、ごめんなさい」  無断で彷徨いていた手前素直に謝ってみると、大公はため息を落し、まるで荷物を担ぐように僕を肩に抱えあげた。  「何のために服がある。部屋から出るならちゃんと着替えろ」  そう言うとスタスタと歩き始めてしまった。  僕としては、今自分の身支度を気にしている場合じゃない。  急く気持ちのまま手足をバタつかせて、大公に声をかけた。  「あ、あの!僕、ちょっと用事が………っ」  「王宮にでも行くつもりか?」  被せるように問われる。僕はピタリと動きを止めて、大公の後頭部を見た。  「………はい。流石にもう王子殿下の婚約者じゃないから、何の力も有りませんが。打てる手は打っておかないと、国民が力尽きてしまいます」  寒さでの凍死、食料不足からの飢え死、物資がなくて略奪、死ぬ要素しかない。  その上に審判の日を迎えてしまったら、この国の人達は死に絶えてしまう。  焦りを滲ませた僕に、大公は静かに言葉を紡いだ。  「『審判を下す者』よ。貴方が人間界を離れ魔界に行き魔王となった段階でこうなる定めだ。存続か破滅かしかないのだ。貴方が人間界を選ばなかった時点で、この国は滅亡するしかない運命だ」  もう選択は済んだのだから結果を受け入れろと言わんばかりの雰囲気に、僕は大きな声で叫んでしまった。  「僕………僕はまだ選らんでない!!選択する権利を与えておきながら勝手に判断して事を進めるなんて、いくら神様でも許されない!!」

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