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第52話 訪れた審判の日
ふっと意識が浮上する。
ーーあれ、僕?
うたた寝から急に覚醒した時みたいに、自分がおかれている状況が分からなくて首を傾げた。
目に映るのはパーティーフロア。沢山の人がいるのに、物音一つしないし誰一人動かない。
ーー動かないんじゃない……。これ、時間が止まってる……?
微動だにしない人々は、恐怖に顔を強張らせたままフロア中心部の床を凝視している。
そこには床に倒れた僕と、僕の肩を抱き上げ何かを叫んでいるようなラニット、そしてその側で静かな微笑みを浮かべて立つ大公の姿があった。
今の僕は会場入り口の扉のすぐ近くに立っていて、そんな彼らを眺めていたのだった。
「え、どういう状況でしょうか、これ……」
困惑して思わず声に出して呟くけど、当然ながら誰も振り返って僕を見ることはない。
ソロソロと倒れている自分に近付いてみる。人の間を搔い潜り何とか側に寄ってみると、先ほど遠目で見た時より状況はよく分かった。
そうだ、確かあの時胸が嫌な感じに鳴って、背後に立つ大公を振り返ったらその手に心臓が握られていたんだ。
あれって、僕の心臓?
大公は手にしていた心臓を握りつぶしたはず。
現に大公の右手は血で真っ赤に染まり、溢れ出た血が今まさに床に滴り落ちようとして留まっていた。
ラニットは憎々しげに大公を睨み上げ、僕の肩を抱いている手と反対側の手に魔力を集結させ鋭い光を溢れさせている。
ラニットは僕に魔王の座を渡すまで、魔界最強の魔族だったんだ。そんな彼が容赦なくその力を放てば、大公はもとより周りの貴人も無事ではいられない。
僕は防御する様子もなく穏やかな微笑みを浮かべて立つ大公を見て、これが大公の望みだったのかと気付いた。
僕を殺せば審判を下す者がいなくなって、アステール王国は滅びる。
そしてラニットの攻撃で各国のトップが死滅すれば、余波への対策ができなくて人間界は大きなダメージを受けるはず。
最悪、国の幾つかは滅んでしまうかもしれない。
それから……。
それから大公は、ラニットに殺されて命を終えることができる。
本人の望んだ通りに……。
魔族は基本的に自分の本能に従って生きる種族だから、人間界の動物がそうであるように自死なんて考えない。
でも大公は望んでしまった……。
大事な人がいないこの世界での生に倦んでしまったんだ。
だから人間界を道連れに死ぬことを選んだ。
僕は思わず首を振る。
「そんな事させない。絶対に許さない!!」
ギリっと唇を噛みしめて、魔力を放とうとしているラニットの腕に触れようとした。でもバチンっと激しい音と共に僕の手は弾かれてしまったんだ。
「……え?」
何かに弾かれた自分の手をじっと見る。
手は弾かれた衝撃を感じながらも、痛みを訴えることはない。
ただ掌が美しく煌めく乳白色の光を放っていたんだ。
「この光って……」
光はジワリと集結していき、軈て乳白色の丸い石になっていった。そして掌にコロンと転がる。
これ、魔界の僕の部屋で拾った石?
しげしげと見つめると、その石の中心部が弱く強くと光の点滅を繰り返していることに気が付いた。
そして僕は唐突に理解したんだ。
「今」だ……。今が審判を下す時なんだ、と。
「ーー神様は僕の声を聴いているのでしょうか?」
そっと石を捧げ持ち呟く。
「ねぇ神様。僕は自分が成り損ないって言われる人生に、何の疑問も持てない生き方をしていました。それが当然だから仕方ないって。でも何だかんだあって、魔界に行くことになって……」
チラリとラニットを見る。
動かない彼は、この瞬間凄く怒っている。
そして凄く動揺し、強い彼らしくない恐怖心が瞳に浮かんでいるのが窺がえた。
「大事な人を見つけることができたんですよ。人間界で幸せに生きていたら絶対に会えなかった。だからある意味アステール王国には感謝しているんです。だから自分が幸せになったのに、国の滅亡を願い国民が苦労するなんて事を僕は願えない」
点滅を繰り返す石に、僕の心からの願いを告げる。
「僕は国の存続を願います。でもそれは王族や貴族を許すっていう意味じゃない。彼らには、国の存続を危ぶませた罪を償ってもらいます。これから先の未来にこの事が教訓として残るように、人間によって裁かれることを願います」
国の存続。
でも国を動かしていた貴人達は処罰する。
僕はそう審判を下した。
多分魔界に下った頃だったら、さして興味もなかったアステール王国が滅亡したって僕は何も感じなかったと思う。
でも僕は魔界で幸せを知った。
滅亡を願って、その幸せが後味悪いものになるくらいだったら存続を願う。
それでも、僕は僕を虐めたや奴らに慈悲を与えるほど優しくないから、彼らはこれから王国を追い出されて惨めに生きていけばいいと思ってしまう。
ーーこういう所はちょっと魔族っぽいでしょうか?
ふふっと笑みを零すと、僕は石に願った。
「そろそろラニットに触れたいです。彼の所に戻っても良いですか?」
乳白色の石はまるで「分かった」とでもいうように、一回だけ強く光りその点滅を終えてしまった。
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