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第60話 エピローグ

 ラニットの部屋のベッドで、彼に押し倒されて、甘美な夜を過ごした後。  ゆるりと目醒めてみれば、既に時は昼過ぎとなっていた。  確かに意識を飛ばす直前に見えた窓の向こうは、魔界特有のほんのり薄暗いながらも夜明けとされる明るさになっていた……気がする。  ーー僕ってどのくらいベッドにいたんでしょうね………。  そう考えて、一気に顔に熱が籠もる。  そうだ……。だ……抱かれちゃったんんだよね………、ラニットに………。  かっと火照る頬は、ちょっと触れると凄く熱い。これ、絶対に真っ赤になってる。  アワアワと狼狽えていたけど、僕を胸に囲い込むように抱き締めて眠るラニットに気付いて、起こさないようにと動きを止めた。  僕の前で眠るラニットって珍しくて、じっと眺めてしまう。  キリッと精悍な顔は、目を閉じていると少しだけ穏やかな雰囲気になる。  魔王であるラニットの、あの金赤の瞳が彼の迫力と高邁な雰囲気を増幅しているんだなと思った。  ラニットの胸にコツンと額をくっつける。  目が醒めたはいいけど、身体が重怠くて力が全く入らない。  腕一つ持ち上げるのも、寝返りを打つのもままならないくらい、あちこちがガクガク震えていた。  ーーでも、僕は今、間違いなく幸せだ……。  しみじみそう思っていると、するっと頬を硬いものが擦った。  「?」  ちらりと視線を流してみれば、大きな掌が僕の頬を包みこんでいる。  ゆっくり顔を上げると、甘やかさを滲ませて微笑むラニットの顔があった。  金赤の瞳がじっと僕を見つめている。トロリと甘く愛しさや温かさ、慈愛、そんな気持ちがぎゅっと詰まった、優しい瞳。  そこに僕が映っている事が、何よりも嬉しい。  重い腕を何とか持ち上げ指でラニットの頬に触れると、彼はその手にすりっと顔を押し付けてきた。  「ーー身体は大丈夫か?」  低い声が囁く様に問う。  優しく労るように背中から腰を撫でられて、僕の身体はぴくんと小さく跳ねた。  「ん………、」  まだ甘い痺れが身体の中に残っている気がする。ぞくんと背中を這い上がる刺激を頭を振って散らすと、「もうっ!」とラニットを睨みつけた。  「そんな甘い目で睨まれてもな………」  意地悪く笑いそっと眦に口付けると、ラニットは僕を抱き起こした。  力が入らなくて腰砕けの僕を背後から支えて、ラニットは僕の頭に顎を乗せる。  「オマエはもう俺のものだ。この先俺がオマエを手放す事など絶対にないだろう」  背後から回された腕が僕をぎゅっと抱き始めた。  「だからこそ、敢えて問う。レイル、オマエはこれからどうしたい?」  「僕?」  ラニットがどういう意図でその質問をしたのか分からない。彼の表情が見たくて身じろいでみたけど、抱き込むラニットの腕は緩まなかった。  見られたくない……のかな?  そう感じた僕は、そのまま力を抜いてラニットの胸に凭れ掛かった。  「僕はいつまでも魔王様の側にいたいです」  「……それはどういう意味で?」  ーーどういう意味?  重ねられた質問に困惑したけど、今は多分あれこれ考えるより、自分の気持ちを素直に伝えるべきじゃないかな?と感じた。  「僕、魔王様のものって言って貰えるの、凄く嬉しいです」  お腹の前で組まれる指に、自分の掌を重ねてみる。  「魔王様の可愛い従者でも、審判を下した者として人間界との繋ぎ役としてでも、側にいれる理由があれば何でも嬉しいけど……」  そっと力を籠めてラニットの手を掴んでみると、組まれていた指は呆気なく解かれた。そのまま片方の手を持ち上げてみる。  ゴツゴツと硬い掌に、僕はそっと唇を落としながら囁いた。  「できれば大好きなラニットの、永遠のパートナーとして側にあり続けたいです」  ちゅっと掌に口付けを贈る。  僕はラニットのものだって言ってくれたもの。  それにラニットも僕のものだって、ちょっと前に言ってくれた。  だから、僕は自分に正直に、欲しいものは欲しいと言ってみることにしたんだ。  「ラニット。僕の魔王様。お願いです、僕の伴侶になってくれませんか?」  顔を上に向けてラニットを見ると、これ以上ないくらい幸せそうな顔になっているラニットが視界に飛び込んできた。  「オマエは本当に………」  小さく呟く。  そして徐ろに僕の頬を両手で包み込むと、愛おしさを籠めるかのようにゆっくりと言葉を紡いだ。  「魔族の寿命は長い。お前が人間として生き、人間として死ぬ事を望むのなら、それを叶えようと俺は思っていた」  ラニットの手に自分の手を重ねて、思わずふるふると首を振ってしまう。  僕はそんなの望まない………!  そんな気持ちを理解したのか、ラニットはくすりと笑った。  「分かっている。だが俺の支配する力は強い。オマエの気持ちを聞く前に、力で俺の側に縛り付けたくはなかったんだ。ーーレイル。俺の唯一の存在よ」  ゆるっと金赤の瞳が緩む。  「俺はオマエを愛している。永遠(とわ)に俺の側にいて欲しいと願ってもいいか?……」  真摯な言葉は力となって、じわりと僕の身体に入り込んでくる。それを感じて、僕は嬉しくなった。  「僕も……」  にこっと微笑む。真っ白の髪、灰色の瞳の僕。  魔族みたいに醜いと言われたけど、今こうして最高に幸せなんだから、魔界に下って本当に良かったと思うんだ。  「ラニット、貴方を愛しています」  囁くような告白は、重ねられたラニットの唇に吸い込まれて消えていく。  ねぇ、ラニット。何度でも貴方に言うよ。  ーー僕を愛してくれて、ありがとう。

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