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22.裏切り(☆)

 その後、俺達はリカさんの家に向かった。  道中、紅君と麦君は離脱。どっちも別の関心ごとを見つけてのことだ。まさに自由奔放。小さな子供みたいだなと頬を緩める。 「さぁ、かけてかけて」  客間に向かい合わせで座る。上座にはリカさんと(かおる)さんが。リカさんの隣には俺。薫さんの隣には樹月(きづき)さん、(けい)さんが続いた。  桂さんからの提案でお酒を呑むことになった。だけど、俺はお茶だ。  この世界では17でも呑んでいいことになってるけど、どうにも気が引けて飲酒は控えるようにしていた。 「優太(ゆうた)様、どうか……どうかご無理はなさいませんように」 「ありがと」  女中猫又’sがお酒とおつまみを用意して去って行く。  去り際にキジトラの皐月(さつき)ちゃんが俺のことを気遣ってくれた。感激すると共に、俺の気も一層引き締まっていく。 「このお魚も、野菜も里で採れたものなのですか?」 「うん。食べ物は基本この里のものだね」 「ということは天候も?」 「大抵は成り行き任せだね。とはいっても、飢饉には陥らないように適度に調節はしてたりするんだけど」 「はっはっは! 流石は天狐様! まさに何でもありですね」  リカさん、樹月さん、桂さんの三人が楽し気に会話を重ねていく。だけど。 「…………」  薫さんは静かだ。会話に加わろうとはせず、険しい表情を浮かべてお酒を呑んでる。  やっぱこういう席も苦手なのかな? 「それなのに……来てくれたんですね」  ――世界を変えるために。  道中、リカさんから聞いた話では薫さんはこの里をモデルに、傘下の国や里を統治するつもりでいるらしい。  支配者ではなく指導者へ……だったか。  立派だよな、本当に。 「何を見ている」 「っ!!?」  薫さんの切れ長の目は文字通り鋭利で、金色の目はすべてを見透かすような神様的な何かを感じさせる。  その迫力、美貌に思わず呑まれそうになるけど。 「あっ、ありがとうございます!」 「……は?」   「俺達みたいな『はみ出し者』にも目を向けてくれて!」  思い切ってありのままの気持ちを伝えてみた。案の定、薫さんの眉間に皺が寄る。無粋だなと思われたのかもしれない。  思えば当然の反応だ。ダメだな。どうにも力み過ぎてる。ちょっと頭冷やさないと。 「若様」  樹月さんが薫さんに耳打ちをし出した。何を話してるんだろう? 「…………」  薫さんの目線はリカさんの方へ。そして、渋々といった具合に頷いた。何かする気か? 「お?」  薫さんが(おもむろ)に立ち上がった。手には茶色っぽい陶器製の徳利(とっくり)を持ってる。もしかして!? 「兄上、……お注ぎします」 「えっ!? あっ、……ははっ、本当に? ありがと~」  薫さんはリカさんと俺の間に腰をおろすなり、お酌をし始めた。  これって言わずもがな仲良し作戦だよな!? 樹月さんナイスアシスト!! 「へへへっ、嬉しいな♪」 「大袈裟ですよ」 「ねえ、薫」 「何ですか?」 「薫?」 「~~っ、何なんですか」 「ごめん。嬉し過ぎて言葉が出てこないや」 「……っ」  リカさんがはにかむ。目尻にはうっすらと涙が滲んでた。  薫さんの表情は俺の方からは見て取れないけど、たぶんきっとさっきみたいな顔を――喉に何かを詰まらせたような顔をしてるんじゃないかなと思う。何とも微笑ましい限りだ。 「おっ! とっとっ! あははっ、零れちゃう、よ」  リカさんの体が揺れる。それと同時にぐぐもった声と、やわらかくて湿ったような音が。 「えっ……?」  キス? いや、まさかな? 紅君じゃあるまいし。内心で否定しながらも俺の頬は強張っていく。 「絶景ですな~。実に美しい」 「んっ!? んんっ、ぅ……かお……っ」  桂さんが舌なめずりをした直後、リカさんが激しく抵抗し始めた。 「んんっ! んんん!!!」  鳴り響くリップ音。リカさんの苦し気で困惑しきった声。意味が分からない。でも、これは悪夢でもなく現実で。とにかく止めないと。 「かっ、薫さん! はっ、はは? やっ、ヤダな~、酔っぱらっちゃったんですか――っ!?」  伸ばした手が薫さんに触れることはなかった。体が勢いよく後ろに引っ張られる。 「ぐっ!?」  肩のところにあるの……これ何だ? 丸太? いや、違う。これは腕か? 見れば俺は座ったままの状態で桂さんに羽交い絞めにされていた。 「はっ、はは……けっ、桂さんまで悪酔いしちゃったんです……っ!?」  銀髪の坊主頭、屈強な体はそのままに桂さんの顔が変化し始めた。  目鼻口が渦を巻くようにしてぐちゃぐちゃになったかと思いきや、散り散りになって一つ一つのパーツを形成していく。 「だっ、誰……?」  彫が深い、キリリとした目元のワイルドなイケメンだ。渋いけど、何処かだらしないというか。いや、これは色気か? 危険な香りがする。  「へっ、変装してたんですか? なっ、何で――」 「ぐっ!? あっ!? ああぁぁあ゛ぁあっ!?」 「っ!? リカさん!?」  リカさんが叫び出した。胸を押さえて物凄く苦しそうだ。まさか薫さんが毒を!? 「抗いますか。流石ですね」 「ぐっ……!」 「リカさん!!!」  薫さんがリカさんを押し倒した。リカさんの背中に圧し掛かるような形で。リカさんの銀糸みたいな長い髪が畳の上に広がる。 「はぁ……はぁ……っ!? ほっ、ほだか? ……君は穂高(ほだか)なのか……?」  リカさんの視線の先は――俺の背後。俺を拘束している妖狐のことを指しているようだった。 「はい。ご無沙汰しております、常盤(ときわ)様」 「どうして? 君は弟の……(ひいらぎ)の右腕だろう?」 「寝返ったのですよ」 「ええ、故に薫様からは信を置いていただけず、」 「操術……ですか?」  反射的に問いかけていた。俺がはっとしたのと同時に、桂さんもとい穂高さんが嗤う。 「ご名答」  薫さん達の目的はリカさんを乗っ取ることだったのか。 「やっ、止めてください!! 薫さん!!!」  薫さんはリカさんに目を向けたまま、俺には目を向けようともしない。もう俺なんて眼中にないってことか。 「あっ!? だっ、ダメ、だ……か、ぉ……、あぁ゛っ!?」 「……やはり貴方は神に愛されている。腹立たしいまでの才をお持ちだ」 「わたし、は……神に、愛されて、など……あぁああ゛あああぁっっ!!?」  麻酔なしで内臓や骨を好き勝手に弄られてる。俺の目にはそんなふうに映った。  リカさんの金色の瞳が時を経るごとに虚ろになっていく。  このままだとリカさんが壊れる。壊されてしまう。早く何とかしないと。 「たまんねぇな」 「あっ……」  背中にある穂高さんのそれが固くなっていることに気付いた。背筋が震える。(おぞ)ましいったらない。油断したら秒で吐くレベルだ。 「ん? ほう? コイツは傑作だ」  穂高さんがくすくすと嗤い出した。それを受けて俺は声も、息をすることすら出来なくなる。この先の展開を予想してのことだ。  杞憂(きゆう)であってほしい。必死に願う。俺を助けてくれた神様に。 「っ!!?」  何かが弾け飛んだ。ブレザーとYシャツのボタンだ。ビリリッっと音を立てて白いインナーも裂かれていく。ああ、やっぱりバレちゃったんだな。俺の能力。供給の方法が。 「優太!!!!」 「あっ、……やっ、止めて……くだ……さ……っ」  身が(すく)む。声は勝手に涙声になって。怖い。嫌だ。止めて。叫びたいのに声が出ない。 「穂高!! 止め――」 「あぁっ!?」  穂高さんの厚い唇が俺の乳首を捉えた。 「あぐっ!? 痛っ……」  力任せに吸われる。痛い。胸に唾が、吐息が絡みついて気持ち悪い。リカさん以外の人に触られてる。リカさんに見られてる。聞かれてる。嫌だ。嫌だ。嫌だ。死にたいぐらい嫌なはず――なのに。 「あんっ♡ あっ……はぁ……やぁ……っ、はぁンッッ……!!!」  体は悦んでる。口からは穂高さんを煽るような甘ったるい声が漏れて。  ――最低だ。  こんなのリカさんに対する裏切りじゃないか。  俺の目尻からは言い訳がましく大粒の涙が零れ落ちる。 「うめぇ~。こりゃ絶品だな」 「呆れたな。まさか人間相手にまで盛るとは」 「奥方様の妖力は、出ないそうですよ」 「「は……?」」  樹月さんの疑問に、薫さんの疑問が重なる。続いて聞こえてきたのは嘲笑だ。  まぁ、そりゃ嗤うよな。分かってた。けど、どうにもショックで。  図々しいよな。リカさんからあんだけ肯定してもらったのに。 「っ!? やっ……!」  穂高さんが顔を寄せてきた。キスする気だ。俺のことも乗っ取るつもりなのか? 「やっ、ヤダ! 止めろ!!!」  俺は必死になって穂高さんの胸を押した。なのに、まるでビクともしない。 「お~お~、そそるね~。アンタ想像以上にいいよ」 「いい加減にしろ」  穂高さんの体がピタリと止まった。見兼ねた様子の樹月さんが、穂高さんの肩を掴んで止めてくれたみたいだ。  穂高さんは機嫌を損ねる、かと思ったら何故か上機嫌で。 「何です? 妬いておられるのですか?」 「品位を貶めるなと言っている。貴様も紛いなりにも若様の側近で――んぅ!? んっ!!」  穂高さんが樹月さんの唇を貪り出した。嫌がる樹月さんの口に舌を捻じ込んで、強引に舐め回してる。  薫さんが顔をしかめた。穂高さんのことを軽蔑してるっていうのはガチなのかもしれない。 「んんっ! んんんっ、んはっ!! はぁっ……はぁ……!」  樹月さんは解放されるなり手の甲で唇を拭い始めた。まさに力任せだ。唇が切れるのも厭わぬほどに。 「残念。奥方様の妖力は分けてやれなかったな。……だが」  樹月さんがきっと穂高さんを睨みつけた。その顔はさっきまでのものとは違っていた。  パッチリとした目をした小鹿みのある可愛い系の美少年。いや……美青年か。  髪と尻尾は薄茶色から眩いブロンドに。  よく見たら尻尾も増えてる。樹月さんだけじゃない。穂高さんもだ。1本から5本へ。位も実力も偽ってたってことか。 「はっはっは! 口吸いだけで気を乱すとは。アンタ、やっぱ俺に惚れてるね」 「~~っ、戯言を」 「定道(さだみち)……? 父上の秘書官の……? まさか君も父上を――」 「常盤様、それは誤解です。私は、ご当主様からの命により若様にお仕えを――」 「ええ、ですので俺同様に首輪を付けられているのですよ」 「~~っ、一緒にするな」 「密偵、監視役だと思われている。だからこそ、俺みたいな謀反者と同じ扱いを受けているのです。そうですよね? 薫様」  薫さんは何も応えない。でも、その無言は肯定にも等しくて――定道さんは深く顔を俯かせた。  あれだけ尽くしてくれてるのに、薫さんは定道さんのことを疑ってるのか?  それだけ当主様がヤバイ奴だってこと? いや、穂高さんも柊って人のことを裏切ったりしてるんだ。雨司全体が策略と陰謀に塗れた組織であるのかもしれない。 「…………」  そんな仮説を打ち立てる中で、ふと過るのは紅君や麦君に絆される薫さんの姿、俺の残念過ぎる思考回路を知って同情してくれた薫さんの姿だ。  俺にはどうにもあれが演技だったとは思えない。  雨司が本当に俺の予想した通りのドロドロな組織であるのなら、さぞ生きにくいのではないかと思う。だとしたら。 「世界を変えたいっていうのも、(あなが)ち嘘でもない……?」 「ほぅ?」 「「「「「六花(りっか)様!!!!」」」」」 「「「「「優太!!!!」」」」」  無数の足音が駆け寄ってくる。里のみんなだ。それぞれ鎌やら(くわ)やら農具を手にしてる。何のために? 「まさか……っ」  意図を察するなり、俺は首を左右に振っていた。何度も、何度も。

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