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第46話 すれ違い ④

 自宅に帰ってきた雅成はベッドに寝かされる。  拓海の香がするベッドは何よりも落ち着けた。 「何かして欲しいことある?」  ベッドのヘリに座って、雅成の髪を拓海が()く。 「拓海のハンバーグが食べたい……。肉汁じゅわわハンバーグが食べたい」  お腹は減っていないが、フォークとナイフでハンバーグを割った時に出てくる肉汁と湯気、雅成がハンバーグを頬張る姿を幸せそうに見つめるたくみを思い出すと、やっと二人の家に帰ってこられたような気がする。 「作るのはいいけど、今の体調にあの肉汁はよくないかな?」 「食べたいのに……」  雅成が拗ねると、拓海は「ククク」と笑い、 「胃腸に負担がかからないように、バター少なめ、あっさりリゾットならいいよ」  拓海の手料理の中で、リゾットは雅成の好物のひとつ。 「バターたっぷりは……ダメ?」  濃厚リゾットが大のお気に入りの雅成は、多分ダメだと言われるだろうなと思いながら、一応聞いてみた。 「今日は体のためにあっさりにしよう。元気になったらバターもチーズもたっぷりリゾット作ってやるよ」 「ムール貝も、ちゃんとつけてね」 「いいよ。今度一緒に買いに行こう」 「うん。絶対だよ」  未来の約束なんてしてはダメだと思いながらも、拓海との約束を楽しみにしてしまう。 「ああ。だから元気になるまでは大人しくしてるんだぞ」  拓海が雅成の額にキスをし、リゾットを作りにキッチンに向かおうとする。 「拓海」  呼び止められ、拓海が振り返った。 「ん」  雅成は両手を伸ばし、抱き上げてくれと無言で示す。 「できたらすぐに起こしてあげるから、それまでベッドで寝てな」  拓海はまたベッドのヘリに座り、宥めるように雅成の頭を撫でる。 「一緒がいい……。ソファーで大人しくしてるから、置いていかないで……」  一瞬たりとも離れたくない。  離れるなんて雅成は耐えられなかった。 「せっかく俺が我慢してるって言うのに……。ちゃんと大人しくできるのか?」 「うん……約束する」 「わかったよ。ほら、おいで」  少し困り顔だが、どこか嬉しそうに拓海は微笑み、両手を広げる。  雅成は拓海の首に腕を回し、抱き上げてもらう。 「ご飯の後は風呂に入ろうな。それが終わったら、雅成が眠るまで子守唄うたってあげるよ」  子守唄を歌う拓海を想像し、雅成は吹き出してしまった。 「拓海、音痴だから余計に眠れないよ」 「失礼な。俺がズレてるんじゃなくて、みんながズレてんの。俺が音痴じゃなくて、みんなが音痴。わかる?」  わかってないなと言うように、拓海が大きなため息をつき、そして笑う。 「なにそれ」  つられて雅成も笑う。 「じゃあ何歌ってくれるの?」  あまりおとなしめの曲は聴かない拓海が、どんな曲を選曲してくれているのか気になる。 「え? メタル」 「メタル? 絶対寝られないジャンルだよ〜。もう、違うのにしてよ」  冗談か本当かわからない拓海の答え。  さも当たり前に答えるが、眠くてもメタルでは即寝が自慢の雅成でも眠れない。 「大丈夫。俺は寝られる」 「それは拓海だけ」  キャッキャとはしゃぎながら、雅成と拓海は寝室を後にした。  あとどれぐらいの間、こんな幸せな日々がつずくのだろう。  雅成は拓海とのどんな些細なことも忘れたくないと、一瞬一瞬を心に刻み込んだ。

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