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第44話 もう一度、凍光山へ

♦  ヒスイ捕縛。  凍光山での出来事。その詳細を聞いたキミカゲおじいちゃんは、手を叩いて喜んだ。 「そうか! よかったよかった。流石はオキンが選んだ子たちだね。これでやっとニケ君もほっとできるだろう」  帰省中の車の中。大量のお土産を積んだ大型馬車――車を引いているのは竜なので竜車だろうか――が何台も連なり、狭い道いっぱいに進んでいく。その光景を休憩中の百姓らが風物詩のように眺めている。  竜車の最後尾。ひときわ豪奢な車内で、キミカゲは飛び跳ねていた。ニケとフリーが一緒に行かないのだと知ると、泣きはしなかったが乾燥させたシメジみたいになっていたのが嘘のようだ。  報告を届けたのはホクト達と同じ、黒衣に身を包んだ人物。漆黒の髪に、顔には目元を覆う不吉な包帯が巻かれている。耳は尖っており、頭部からは包丁のような鋭利な角が二本、斜めに飛び出している。背中にある骨格しかない羽を狭そうに折りたたんでいた。  いろんな魔獣が混ざり合ったような異形。着物の裾から覗く足は、猛禽類のそれ。鉤爪がぎらりと黒く光る。  獣人でありながら魔物の血を引く者。人族がいなくなったいま、世界でもっとも忌み嫌われている「混血児」である。  かなりの巨体だが、はしゃぐおじいちゃんに羽やら爪やらが当たらないよう必死に身を丸めている。対面席の隅っこでなんとか小さくなろうとする彼に、キミカゲはようやく我に返った。  下手な咳払いをし、柔らかすぎる椅子に座りなおす。 「ご、ごめん……。それで? ヒスイとやらはどうしているのかな?」  おとなしくなったキミカゲにほっとして、自分もきちんと腰掛け――ることはせず、おじいちゃんの足元に跪く。 「地下牢に。といってもまだ意識が戻っていないようで、キャッチ先輩がわくわくしながら見張っておられます」  彼の声に同情の色が滲んでいるのをキミカゲは聴き取った。キャッチ君は確か〈拷問卿〉の二つ名を持っている狂人……キミカゲは考えるのをやめた。 「そっか。ニケ君たちは殺すことを選ばなかったんだね」 「私には理解不能ですが……。偽善を振りかざすのはさぞ楽しいでしょう」  「殺せばよかったのに。善人ぶりやがって」という心の声が聞こえてくるようである。キミカゲはそっと彼の頭を撫でた。彼の生きてきた境遇を思えば、無理もない言葉である。  頭から包丁以上に鋭い角が生えている彼は、キミカゲを傷つけまいと石のように硬直した。 「キ、ミカゲ様……。あぶっ、あぶなっ」 「うんうん。ところで、君。なんか声かっすかすじゃない?」  混血は包帯で覆われた目をこちらに向けてくる。 「昨日、酒を飲んで仲間と声が枯れるまで歌っておりましたので、そのせいかと」  喉を押さえ「んんっ。あー喉の調子が」と咳払いするまっくろくろすけに、キミカゲは眼鏡を外して眉間を押さえる。 「何してるのよ、君は」  眼鏡をかけなおし、懐から布にくるまれた飴玉を取り出す。 「はい。はちみつと柚神(ゆずがみ)を混ぜてあるからよく効くよ。噛まずに舐めていなさい」 「ありがたき幸せ」  混血は遠慮なくその一粒を口にひょいぱくっと放り込むと、用事は済んだと言わんばかりに出て行こうとする。  黒い着物の裾を引っ掴む。 「こらこら。飴ちゃんを口に入れたままうろうろしない! のどに詰まったら」 「はいはい」  竜のものにも見える腕でキミカゲの手をはがすと、彼は気安く車外に飛び出た。骨格しかない羽では飛行することは不可能だが、転倒することなく一瞬で森の中へと消えていく。身を隠して生きてきた彼の隠形はカメレオンやナナフシを軽く凌駕する。彼を見つけられるのはオキンと――走行中だろうと車に乗ってくる者がいるため忙しそうな泥沼――実体のない影だけの子――だけだろう。闇の民の子は今日もせっせと雑用にいそしんでいる。  扉を閉めたまっくろくろすけ二号に、キミカゲはそーっと近づく。 『!』  だが察知され、泥沼は狐に見つかった兎のごとき速度で影に引っ込んだ。 (あああ……。おしゃべり出来なかった。嫌われているのかな?)  広い車内に、しょぼんと肩を落としたおじいちゃんだけが残った。 「……」  出て行った混血を一瞥し、竜族の雄・オキンはふんと鼻を鳴らす。彼は車の屋根の上であぐらをかき、風に当たっている。  ボスがこんなところで何をしているのかと言うと、「ジジイと二人っきりなど御免である」といい、屋根の上に登ったきり下りてこないのだ。  泥沼もいるため正確には二人っきりではないのだが、この子は呼ばない限り影から出てこないのでやっぱり二人っきりになる。  笑顔のキミカゲに「いっぱいおしゃべりしよう!」と言われ、真顔で「地獄か?」といった父親の姿を思い出し、車を引いている竜は小さく苦笑した。  クリューソスマキスデン。オキンの養子にして竜一の防御力を誇る金護竜(きんごりゅう)族である。とはいえまだまだ幼竜なのでその防御力も心もとなく、黒の羽織で補っている。  ずるずると羽織を引きずり、金髪金目の幼児が自分の何倍もある車を何台も引っ張っている姿に、すれ違う人たちが顔芸を披露し固まっている。  馬四頭以上でようやく一台動かせる車を何台も、それもひとりで引っ張っているのだ。無理もない。 (……)  過ぎ去る変顔と景色をぼーっと眺め、赤髪の女性はオキンの葉巻をふかす。絶対にキミカゲと関わらないと強い意志を持った彼女もまた、竜車の屋根に腰掛けているのであった。  凍光山(とうこうざん)を下山した次の日。ニケたちは再び魔境の山へととんぼ返りしていた。迷惑なおっさんもいなくなり、ルンルン気分でニケは山道を歩いて……いなかった。何故なら今回はニケとフリーの二人。そう。ヒスイを牢屋にぶち込めたいま、護衛の存在は必要ない。  別れ際、ニケとフリーはよほど悲しい顔をしていたのか、 『いや、あの。別に今生の分かれってわけじゃないっすよ?』 『ボスの屋敷に居ますし、これまで通りたまに街を巡回していますから普通に会えますよー。はいこれ』  と、ホクトとミナミは慰めてくれ、ついでにお菓子もくれた。  そのお菓子を頬張りつつ、ニケは雑草天国となった畑を眺めている。その隣ではフリーが地面に横たわってへばっていた。今回は背負ってくれるホクトも引っ張ってくれるミナミもいないため、自力登山。動かなくなったフリーが回復するまで、休憩タイムとなったのだ。  宿は全壊したわけではないので、損傷の少ない部屋にでも運んでやるべきだろうか。と思うも、レナの「崩れては危険」の言葉を思い出し、ニケも地面にぽすんと座る。 「おい。回復にあとどのくらいかかりそうだ?」  フリーはごろんと寝返り、上を向く。 「あ……あと、十分はください……ぜえぜえ」  途中幾度か小休止は挟んだが、フリーは百メートルと二百メートルの看板の中間あたりで動かなくなったため、石油臭いソリに積んで運んでやったのだ。荷物と一緒に積んでやったというのに「くさい……ほんまくさい……」とうるさかった。  しかも下山時に四回も転んだこの阿呆は擦り傷だらけで、いまは身体のあちこちに薬札(くすりふだ)を貼りつけてある。薬札とは薬が染み込んである札で、傷の大きさに合わせて切って使用することも可能。薬自体が粘着力を持っているので、肌にぺたりと貼りつく。  雪山登山装備(笠・半纏、わらぐつ・三年間取りに来ない杖)を脱ぐこともせず夏エリアで転がっているので、少し暑そうである。さっきまで寒い寒いと言っていたくせに、暑がりだな。  そんなフリーの口にお菓子をねじ込んでやる。 「もがああ?」  突然の攻撃にうろたえる。 「食え。翁の携帯食料程じゃないが、元気出るぞ」 「ヴォエっ。ごほげほ……!」

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