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第10話

 気づけば、あっという間に一週間が過ぎ去ろうとしていた。  中条がくっつくようになって、俺の平穏な高校生活に終止符が打たれた――かと思いきやそうでもない。  それどころか、この前の女子からの尋問以外に被害が無いし、周りの俺を見る視線が優しい。  それは、俺の人徳が、とかそういうわけでは全くなく、ひとえに中条ブランドによる効力であることは一目瞭然だった。  中条は中条で、四六時中くっついてくるわけでもなく、自分のグループの友だちとの時間もちゃんと取っているし、俺が太一と話している時なんかは割って入ってくるようなことはしない。  俺が思っていたよりも、ずっと節度ある人間だったというわけだ。 「でさ、どうやってあの国宝級イケメンを手なずけたわけ?」  ずっと聞きたかったんだよね、と太一に言われて俺は言葉に詰まる。手なずけたって、おれはテイマーでもなんでもない、ただのDKだぞ。  それに、ちょっと紆余曲折がありすぎて、言えるようなことではない。  とも言えず、考えた末に、 「共通の趣味があって……、それで意気投合? したというか……」  とほんわかとぼかしてみた。  にしても苦しすぎる……! 「共通の趣味って?」  そりゃ、そうくるよな。気になるよな。聞きたいよな。  俺も聞きたいよ、共通の趣味ってなんだよ、あぁもう、この際miccoを愛でる会とでも称して発足してしまおうか? 「いやそれがさ……」  机から身を乗り出して太一に顔を寄せる。聞かれたくない、という雰囲気を醸し出せば、太一も興味津々に近づいてきた。 「中条から誰にも言わないでくれって言われてるんだわ」 「え、なに、実はアニヲタ?」  おい、ちょっと待て。俺がいつアニヲタになったんだ。  そのイケメンの対義語としてヲタクを持ってくるのはどうかと思うぞ。  変な誤解を生むのもアレなので、それは違うと訂正しておく。 「でも、まぁ、開けっぴろげに言えるような趣味でもないっていうか……、すまん、これ以上は俺の口からは言えん」  少なくとも俺の趣味(女装)は、開けっぴろげられないだろ?  それに、あいつだって明日には、姉ちゃんに……。  ひっひっひっひ。  俺は国宝級イケメンの女装姿を想像してみる。  あれだけ顔が綺麗だから映えるとは思うが……、なんせ体が俺と違って男だからなぁ。きっといかつい美女が出来上がるんじゃなかろうか。  ようこそ女装の世界へ、中条佑子ちゃん。 「尊、顔が怖い」  太一に言われ、俺は緩んでいた表情筋を引き締めた。 * 「みっくん!」  美術室への移動中、右側からドンっと体にタックルをかまされてよろけた俺は、そのまま左側にいる太一になだれ込む。 「うお、ちょ、尊」  俺より少し背の高い太一がなんとか踏ん張ってくれたおかげで、ドミノにならずに済んだ。感謝だ。  はい、こちらも忘れてはいけません。  中条と同時進行で抱えてる案件・臼井ひより16歳♀・カテゴリは猪突猛進型美少女。  体勢を整えるのを手伝ってくれた太一に礼を言って、俺はひよりを引き離す。ここは、1年の階の階段の踊り場だ。すなわちきっとひより狙いのDKがうじゃうじゃいるに違いない。  ほらほら、感じる。  ちらちらと刺さるような視線を感じるぞ。 「ひより、いきなり突進するのはやめろって何回も言ってるだろ」  この一週間、何度タックルされたことか。  不意に後ろから来られた時なんか、前につんのめって危うく顔面着地するところだった。 「太一先輩こんにちは」 「お、おう、ちわっす」  すっかり顔なじみになったというのに、未だにひよりに挨拶されて微妙な返ししかできない太一が笑える。  わかるぞ、その気持ち。  普段関わることのないような美少女との会話なんてどうすればいいかわかんないよな。  俺はたまたま幼馴染で慣れてるからいいけどな。  これが見知らぬ美少女なら、太一よりも酷い醜態を晒していたに違いない。 「じゃぁな」  しれーっとそのまま歩を進める俺だったが、それはひよりが許さなかった。しっかりと俺の腕を掴み、上目遣いで見つめてくる。くりくりの二重の瞳を潤ませて。  うん、可愛い。  可愛いけど、それは俺に向けても効力を発揮しないぞ。 「あっ、おい、太一、俺を置いていくな!」  しれーっと歩を進める太一に手を伸ばすも、ひよりに引っ張られて俺の手は宙を掴んだ。  薄情者め……覚えてろよ。 「みっくん、明日デートしよ」 「生憎先約がある」  先約がなくても、デートはしないけど。 「じゃぁ明後日」 「明後日も忙しい。――というか、用事はMainで言ってくれ」 「みっくん、Main全然返してくれないんだもん!」 「質問にはちゃんと返してるだろ」  最初の頃は、なにか悩みがあるのかも、メッセにもそれなりに返してたのだが、そのどれもがどうでもいい他愛のないものばかりで、返信する気が失せた。  それに、ひっきりなしに送られてくるメッセに、俺の返事を打つスピードがついていかず、打ち終えた頃にはその話題など画面アウトしている。  女子ってみんなそうなのか?  姉ちゃんなんか、用事の時しか送ってこなくて参考にならない。 「じゃぁ、いつなら空いてるの?」 「いつでも空いてない」 「ひ、ひどいっ! みっくん知らないかもしれないけど、私こう見えて男子からモテるんだよ?」 「ん? う、うん」  だからなんだと言うんだ?  ひよりがモテようがモテまいが、俺にはなんの関係もないんだが……。  どう関わるのか考えてみたけど、わからなかった。 「ひよりは可愛いからモテるだろうなぁ」  思ったことを口に出せば、目の前のひよりの顔が瞬く間に真っ赤に染まる。   「かっ、かっ、かわっ……!」  餌を欲しがる鯉のごとく口をぱくぱくとさせるひより。  なんで、そこで照れる。  可愛いなんて、言われ慣れてるだろうに。 「も、もう一回、言って! みっくん」  可愛いって? 「だから、ひよりは――」 「はい、そこまで」  ひよりの手首を掴んで俺から引き離したのは、中条だった。  まだ移動してなかったのか……ん? こいつ今階段の下から来なかった? 「はっ、現れたな! イケメン先輩!」  あー、いかん。  この組み合わせは、いかんぞ。  また面倒なことになったな、と俺は頭を抱えた。 「いつも邪魔ばっかりしてくれてどうもありがとうございますー」 「どういたしまして、イノシシ女。あんまりしつこくして嫌われても知らないぞ」 「みっくんと私はそんな柔な関係じゃないのでご心配なく」 「親しき仲にも礼儀ありって言葉知らないのかな?」 「人の心配してる場合ですかぁ? イケメン先輩とみっくんの間に『親しさ』はこれっぽっちも見当たりませんけどね」 「お前の目は節穴か」  黙っていればめちゃくちゃお似合いの美男美女のカップルなのに、なぜだか知らないけど顔を合わせるとこの調子。  学校でも顔と名の知れている二人が揃ってギャーギャーやり合うものだから、まぁ一目を引いて仕方ない。 「あ、あのさ、」 「片瀬は黙ってて」 「みっくんは黙ってて」  怒られた俺は「ご、ごめん」としょんぼり。  まぁ、ある意味、息がぴったりなんだよな……。  もうこのままこの場を去ろうかと思ってそーっと一歩下がる俺に、中条の腕が伸びてきた。 「もう鐘鳴るから、いこうぜ片瀬」  肩を抱かれて、引き寄せられる。  ふんわりとしたいつものいい匂いと、しっかりと抱かれた肩の感覚とが、俺の思考を鈍らせる中、依然耳に届くひよりの声になんとか振り向いて「またな、ひより」とだけ返しておいた。  悪いけど、デートの相手はほかの人を選んでくれひより。  きっと、ひよりとデートしたいヤツらはたくさんいるし、喜んでついてきてくれるに違いない。なんならお財布の紐もゆるゆるだろう。  可愛いは正義だからな。 「――で、イノシシ女がお前に構う理由ってのはわかったのか?」 「いや、それがわからないんだ」 「好きだから以外ないだろ」  あんな引く手あまたの選びたい放題のひよりが、敢えてこの俺を選ぶ理由なんかどこをどう探したって見つからない。 「どこの誰が女装癖のある俺を好きになるんだよ」 「は? お前がmiccoってあいつ知ってるのか?」  立ち止まった中条を振り返って俺は「あれ、言ってなかったっけ?」と首をかしげる。  まだmiccoが人気を博す前に姉ちゃんが見せびらかしていた。なんてったってあの二人は、俺という人形を共に開発してきた同志みたいなものだからな。 「聞いてないし。ほかに家族以外で知ってるやつは?」 「ひよりとお前以外はいないよ」  そもそも、こんな特殊癖をさらけ出すつもりは毛頭ない。  受け入れられないのは、百も承知。世の中黙っていた方がいいことの方が多いと思っている。 「ほら、ホントに授業に遅れる。行くぞ」  俺はそう言って再び歩き出した。けれど、肩をぐいっと引っ張られて無理やり振り向かされたかと思えば、そのまま押されて廊下の壁に背中がぶつかった。 「な、なにすんだ――」  抜け出そうにも、中条の手で壁に押し付けられていて動けない。  前から思ってたけど、力強いんだよな、こいつ。  体格差もあるから仕方ないのだけど。 「片瀬は、あいつのことどう思ってんの?」 「あいつって、ひより?」  視線を上げれば、中条の整った顔が思ったよりも近くて、直視できない。  しかも、廊下には人の気配がすっかり消え失せていた。 「そう、お前のことが好きなイノシシ女」 「だから、それは誤解だって……」 「お前はどうなんだよ? もしイノシシ女に告白されたら付き合うのか?」  俺とひよりが付き合う? 「な、ないない! あいつは妹みたいなもんで、恋愛対象にはならないよ」  なんでそんなこと聞いてくるんだか。  中条は満足したのか、俺から離れて歩き出す。  だけど、やつの口からポロリとこぼれた言葉は俺の耳に届いた。 「そっか……よかった……」

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