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第14話
ようやく中条と言葉を交わすことに成功したのは、放課後になってからだった。
HRの鐘が鳴るなり荷物を抱えてダッシュを決め込んだ中条は、瞬く間に教室から姿を消した。
唖然とするクラスメイト達を見ながら、俺は鞄の中で震えたスマホを取り出した。
『外階段の踊り場に来て』
メッセージの差出人は、中条だ。
ちゃんと話したいと思っていたから、丁度よかった。
俺も支度をして向かった。
誰かに怪しまれないよう、いつも通りと装って。
普段使われない外階段は校舎の北側にあって、昇降口に通じる階段とは反対方向。そのため、俺は一旦一階まで降りてから北側へ回り外階段に出た。
階段を登っていけば、2階と3階の途中の踊り場に座り込んだ中条の姿があった。
「よっ」
その予想に反して軽い挨拶に、俺はちょっと安心した。思いのほか元気そうかも。
「今日一日大変だったな……、なんていうか、ごめん」
朝から休み時間に至るまで絶えず注目の的になっていた中条が哀れで仕方なかったおれは、開口一番で謝罪する。
「気にすんなって。だけどmiccoの人気を甘く見てたなー」
いや、ホントそれ。
まさかこんなに高校生に知られていたという事実が、嬉しくもあるが驚きの方が大きい。
「姉ちゃんも中条のこと心配してた」
リンスタのいいね数やコメント、閲覧数がえぐいことに気づいて『佑太朗くんは大丈夫?』とMainが入っていた。
「あ、なんでmiccoとーってうるさかったから、たまたま共通の知り合いが居たってことにしといたから」
「あ、うん。ありがとう」
「それ以外は、当たり障りのないことしか話してないから心配しないでいーよ」
なにからなにまで……、ホント頭があがらない。
俺はありがとうと言って、中条を仰ぎ見た。いつもの、優しい笑顔を浮かべているが、どことなく疲れが見て取れる。人気者でもさすがにあれはきついよな。
「なんか、俺にできることあれば言って」
俺じゃこいつを助けてやることができないから、なにか出来ることがあるなら力になってやりたいと思った。
「じゃぁ……」
「ん」
こうさせて、と中条の声が耳のそばで響いた。
なにが起きたのか、状況が把握できない。
とにかく、突然体にのしかかった重みを受け止めるのに精一杯で、俺の頭は混乱していた。
だ、抱きついてる――――⁉
俺の肩に中条のおでこが乗り、両腕は後ろにまわされてがっちりホールドを決められているではないか。
「な……な、なかじょ……」
「疲れた」
そう一言言われてしまえば、何も言えない俺。
熱い。
ぎゅっと密着した体から熱が伝わってくるのを感じながら、俺は大人しくされるがままそれを受け入れた。
「なぁ尊、知ってた?」
すっかり名前呼びが定着している中条だが、こっちはまだその異様に甘さを伴った響きに慣れていない。しかも今は中条の顔がすぐ近くにあるから体を伝って威力マシマシ。
逸る鼓動を悟られないように平然を装って「なに?」と返すと、首元で中条が身じろいだ。柔らかな髪が首元に触れてくすぐったい。
「こうやってハグすると、一日の3分の1のストレスを解消できるんだって」
「そ、そうか」
それが本当で、3分の1でも中条のストレスがなくなるのだとしたら、こんなのお安い御用だと思った。
相変わらずいい匂いはするし、胸はドキドキするけど、なんだか落ち着くというか……。矛盾してるのはわかってるんだけど、全然嫌じゃない。
俺は、お疲れ、という労いの意をこめてそっと中条の背中に腕を回した。
そうすれば、「はー、ストレスが消えていくー」なんて調子のいいことをつぶやく中条。
なんか、やっぱり中条って可愛いよな。
こうして抱きついてきたりして。
甘え上手っていうか。
「中条って、末っ子?」
「いんや、一人っ子」
「そっちか」
「どっちよ」
二人して笑いがこぼれる。
「ん、確かに、ハグには癒し効果があるのかも」
「だろ」
中条のストレス軽減のためにしたのに、反対に俺が癒されてどうする。
でも落ち着くもんは落ち着くんだ。
考えてみれば誰かと抱き合うなんて、家族以外としたことないな……。
彼女いない歴=年齢だからなくて当たり前なんだけど。
「急なんだけどさ」
と、俺は話を切り出した。
俺にはやるべきこと、ミッションがあるのだ。
「土曜日に、ひよりと出かけることになったんだけど……」
「はぁ?」
バッと勢いよく中条が離れた。その顔は思いっきりしかめられて、眉間にしわが寄っている。不快感を露わにした表情に、俺は慌てて言葉を続ける。
「いや、誤解だ! 俺と二人ってことじゃなくて、その……中条も来るだろ? 予定空いてる?」
「もちろん行く、予定空いてなくても行く」
やっぱり。
ひよりが好きなんだ――――
中条の食い気味の反応に、俺の推測は間違ってなかったと確信する。
それと同時に、胸の奥深くで鈍い痛みを感じた。
痛み、と言ったけれど、それが痛みなのかもよくわからない程のにぶい感覚。
靄のかかったような、スッキリしない気持ちになったけど、言葉でどう言い表せばいいのかわからなくて、俺はその気持ちにそのまま蓋をした。
* Side ひより
――あぁ、
こんなことだろうと思った。
待ち合わせ場所で待つ私の前に現れた二人を見て、私は天から地に突き落とされた。
いつものキノコが生えそうな地味メンみっくんと、その隣に立つデカいわんこよろしくイケメン先輩のツーショット。「デートなんかさせねぇよばーか」と、私を見下ろす先輩の顔が言っている。私は長身の先輩を見上げて「そっちこそ二人きりになんかさせないんだからね!」と念を送っておいた。
そんなことをしたって、この状況は何一つ改善されない。
そんなことはわかっているけどね。
がっくりと肩を落としたいところだけど、ヤツにつけ込む隙を与えたくないのでここはぐっと我慢。
同時に、色んなことが腑に落ちた。
みっくんがデートに誘ってくれたと期待した私がバカだった。
みっくんは、私がヤツをスキだと勘違いしている。どこでなにをどうしたらそうなるのか……。恋愛偏差値0のみっくんの思考なんか考えるだけ時間の無駄だろう。
さて、この超鈍感男(しかも厄介なライバル付き)を落とすにはどうすればいいのか。
私は彼らを前にして、頭を悩ませていた。
「で? なんでイケメン先輩までのこのこついてきてるんですか?」
「なんでって、尊に誘われたからに決まってんだろ」
って、いつの間にみっくんのこと名前で呼んでるのよ?
っきーーーー! むかつく!
「みっくん、今日はどこいくの?」
もうこうなったら先輩はいないものとして扱ってやる!
私はみっくんの腕にしがみついた。
みっくんの反対側からくる、突き刺さるような視線はもちろん無視。
「あ、うん、どこがいいかな。ふたりの行きたいところでいいよ」
誘っといて考えてないんかーい!
さすがコミュ障の恋愛初心者。
きっと友だちと出かけたりもあんまりしたことないんだろうな、というのが容易に想像できる。
うん、仕方ない。
みっくんなら仕方ない。
イケメン先輩が「とりあえず腹ごしらえだな!」と言っるたので、私たちは近くのファミレスに入ってランチとなった。
ボックス席に案内されるや否やイケメン先輩は店員にドリンクバーを注文すると、私の首根っこを掴んでドリンクバーへと連行した。じたばたする私を無視して、「尊はコーラだろ? 座って待ってろな」とみっくんには優しい言葉をかける。
「ちょっと、なにするんですか⁉」
「――まぁそう怒るなよイノシシ女」
ここは一時休戦といこう、と先輩は言った。
どういうことかと、その無駄に整った顔をねめつけると、みっくんの居る方を気にしながら顔だけこちらに近づけるようにかがんできた。これまた無駄にいい匂いがしてきてむかつく。
「尊のやつ、俺とお前をくっつけようとしてないか?」
あぁ、こいつも気づいてるのか。
どうしたものか、と私は白目をむいた。
「――してますね、明らかに。あろうことか、私がイケメン先輩をスキだと勘違いしてるみたいです」
私の言葉に、先輩はやっぱりか、と唸る。
「ていうか、前から聞きたかったんですけど、イケメン先輩はみっくんをどうしたいんですか?」
ずっと気になってたことを、この際だと問いかけた。みっくんにアタックをかける私をいつも邪魔する先輩の、意図が知りたい。なんなんだこの人、ちょー目ざわり、ってずっと思ってた。
「――どうしたい……ねぇ……」
ますます唸る先輩に、私は直球を投げる。
「恋愛対象、同性なんですか?」
「いんや、女の子大好き。……だけど……」
「だけど?」
「尊は俺の特別なんだよ」
はっきりと呟かれたそれは、もう、アレだった。
紛れもない、私への牽制球。
こいつ、みっくんに堕ちてる。
と言うことは、イコール私のライバル!
なかなかの強敵だわね、イケメン先輩。
「そうですか、私の知ったことではないですけど! せいぜい頑張ってください」
私は二つのコップに氷を入れてコーラを注ぐ。
「あ、おい、尊のは俺が」
「もう入れたので、間に合ってます。ご自分の分はご自分でお願いしますね」
ぶつくさ言う先輩を置いて私はみっくんの待つ席へと戻った。
「ありがと、ひより」
コーラを渡して、私はみっくんの隣を陣取れば、遅れてやってきたイケメン先輩から「あっ、俺の席!」と声が飛ぶが無視無視。
ふふふ、詰めが甘いわね、イケメン先輩。
「二人でなに話してたの?」
ぼさぼさの前髪から覗くくりくりの瞳を細めてにこにこ顔のみっくん。どうやら彼の目には、私と先輩が仲良く楽しそうに会話していたように映ったらしい。
どこまでもお花畑な頭に喝を入れてやりたくなるのを、ぐっと堪えた。
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