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第17話 Side 祐太郎

「あの、中条先輩のことずっと好きでした。付き合ってください」  昼休みに呼び出された先へ行けば、顔も名前も知らない女子生徒が待っていて、顔を突き合わせるなりそう告げられた。ぺこりと腰を折って頭を下げる女子生徒を見ながら、俺は気づかれないように息を吐く。  全く心が動かない。  miccoとのリンスタ騒ぎから、女子の告白を何度も受けていた俺は、どんだけ見た目の整った子から好意を告げられたってなんの感情も湧かなかった。それは、今までの彼女も同じだったけど……、それでも前は可愛ければ相手しようかなって思えたのに。  だから、今日も目の前の彼女に「ありがとう、でも今付き合ってる人いるから、ごめん」と謝ってその場を後にした。  miccoに……、尊に出会ってから、あいつ以外に興味が持てなくなった。  出会ってからというか、白雪姫に心を奪われたあの時からだから、実物に出会って拍車がかかったと言ったほうが正しいかも知れない。  だから、俺は確かめたくなったんだ。  尊とのキスは、どんな感じなんだろう、って。  それで、ごみ捨て当番になった尊についていく途中の校舎裏で、俺は思いついたように「ちょっと試させて?」なんて言って尊にキスした。 「……っ……ふ……ん……」  想像以上の気持ちよさと体の中から溢れ出る喜びに、俺は気づけば夢中で尊の唇を貪っていた。逃げ回る柔らかな舌を追いかけ、口内を蹂躙すれば、腕の中で尊の体が震える。感じてくれているのが嬉しくて、俺は抱きしめる腕に一層力を込めてしまう。 「――はっ……はぁ……っ」  キスの後、顔を真っ赤にして物欲しそうに俺を見つめる尊が、あんまりかわいくてたまらなかった。 「あー……やば……、その顔めっちゃそそる、もっかいしてい?」 「いっ、いいわけないだろ! バカやろぉぉぉおおおお!」  そう叫んで走り去る尊の後姿を見て、俺はやってしまった、と我に返るも、体は正直で、唇には尊の柔らかな感触が残り、体の芯は依然熱を帯びていた。 「どーしよ……、マジでやばい……」  尊の恍惚とした色っぽい表情が頭から離れず、それどころか疼く体を沈めるようにその場にしゃがみこんだ。  体の底から湧きでた感情は、今までに感じたことの無いものだった。  そして、その感情に俺は確信する。  俺は、尊が好きなんだ、と。  友情からではなく、恋愛感情として。  この感情に名前なんか付ける気はなかったのに。ただ一緒にいるだけじゃ、仲の良い友だちじゃ我慢できなくて、一線を越えてしまった。  尊に嫌われたらどうしよう。  一人残された俺は、今さらそんな不安でいっぱいになる。  明日会ってちゃんと話そうと、心に決めたのに、次の日尊が学校を休んだから、いてもたってもいられなくて学校帰り、尊の家に押しかけたのだった。 「白雪姫だ……」  すやすやと眠る尊のかわいい寝顔を眺めながら、気づけばそう呟いていた。  初めて会った尊のお母さんは気さくな人で、目元が尊そっくりのかわいい系。突然来た俺を歓迎して、尊の部屋に通してくれた。  尊を起こそうとするお母さんを止めて、俺はそっと部屋に入ったというわけ。  ずっと眺めてたい。そんでもって、触りたい。  白い肌にめちゃくちゃ触りたい。  でも起こすのも忍びなくて、俺はしばらく静かに寝顔を眺めていた。  しばらくして、寝ぼけ眼で俺を見て驚いた尊は、布団を目深に被って隠れてしまう。俺を睨んでいるのは、きっと気のせいじゃないだろう。  あぁ、やっぱり嫌われたかも……、と思ったら胸がぎゅっと苦しくなった。 「なぁ……怒ってる……?」  そう聞けば、「別に……怒ってない……」と、返ってきて俺はようやく呼吸ができた。  目を瞑ったままの尊に近づけば、気配を感じたのか、ようやく俺を見た。普段は前髪と眼鏡に隠れている二重の瞳が躊躇いがちにこちらを伺う。俺は、顔を隠している布団を下げて、その白く滑らかな頬に手を滑らせた。  頬をさすり、小さい鼻の高さを確かめる。  ずっと、ずっと忘れられなかった、俺の白雪姫が目の前にいる。  くすぐったいよ、と目を細めて笑う尊が愛しくてたまらなくて、俺は綺麗な三日月をかたどった唇を指でなぞった。  この唇に、もう一度キスしたい。今すぐにでも、奪ってしまいたくなるその唇を指で弄びながら、「キス、やだった?」と訊ねた。 「――っ」  顔を真っ赤にして起き上がった尊は、ベッドに座り俺を見下ろす。 「な、なんで、そ、そんなこと聞くんだよっ」 「なんでって……、尊の嫌がることはしたくないから」  キスしたい。  尊に触れたい。  俺の心が叫んでいた。  濁流のように溢れて渦巻く欲望に、俺はいてもたってもいられなくなって尊の隣に腰掛けた。固まる尊の名を呼べば、ハッとして俺を見上げ、その深い漆黒の瞳に、俺が映し出された。 「嫌なら、突き飛ばして」 「え……」  俺よりも一回りも小さい手を掴んで胸に当てる。 「でも」 「で、でも……?」  不安気に見つめてくる尊に、ゆっくりと顔を近づけていく。 「拒絶しないなら、やめないよ――」  尊の目が俺だけを映して、鼻と鼻が触れ合った。  どくんどくん、とまるでカウントダウンのように心臓が波打ち、尊の手を掴んだままの手に力が入る。  ――付き飛ばされたら、どうしよう。  そんな不安が過ぎったけれど、それも一瞬のこと。  己の欲望が、不安をも飲み込んだ。 「……ん」  触れた唇の甘さに頭がくらくらした。  その柔らかさを味わうように夢中でついばんだ。 「ふ……ぅん」  聞こえてくる尊の甘い声に、体の芯が刺激される。  もっと。  もっと、欲しい。  尊をこのまま食べてしまいたい。そんな衝動が沸き起こった。 「尊、口、開けて」 「へっ? ……んんっ」  舌を差し込み、逃げる尊のそれを追いかけ、歯列をなぞり、上あごを刺激すれば、俺の胸に縋りつくように手が置かれる。 「んぅ……はぁ……」  必死に応えようとする尊のすべてが可愛くて、俺はただひたすらに尊を求めた。 「――みことー! 佑太朗くーん! 降りてきておやつ食べなーい?」  尊のお母さんの呼ぶ声で、俺たちは我に返って距離を取る。尊は気まずそうに「た、食べる!」と返事をして、俺から逃げるように立ち上がると部屋から出ていく。  ドアのところで振り向いて、「な、なにしてんだよ、お前も食べるだろっ、早くこいよ」と言った。  ツンデレなとこも、すごく可愛い。 「うん、食べる食べるー」  すたすたと先を急ぐ尊の後を追った。  賑やかな食卓を楽しんで、環さんの採寸に付き合って、あっという間に帰る時間がやってきてしまった。 「長々と引き留めて悪かったな」  玄関外まで見送りに来てくれた尊を振り返ると、ようやく目が合う。キスの後から俺の目を見てくれなくて、少し不安だった。でも、キスは拒まれなかったところを見れば、きっと恥ずかしがってるんだろう、と思う。 「全然。楽しかったよ、ありがとう」 「こ、こっちこそ、見舞いに来てくれてサンキューな」  月明かりに照らされる尊は、少しの沈黙の後、躊躇いがちに口をひらいた。   「なぁ……、その……な、なんでキスしたんだよ」  なんだ、そんなことが気になってたんだ。  可愛すぎる。  そんなん、好きだからに決まってんじゃん。  コミュ障にも程があるだろ。 「理由、気になる?」  笑いをこらえながら意地悪を言えば、「き、気になるから聞いてるんだろ!」とむきになって返す尊がめちゃくちゃ可愛い。今すぐにでも抱きしめて気持ちを告げてしまいたくなるのを我慢して、俺はちょっと考えた。  多分……、今尊に「好きだ」と言っても、きっと困らせるだけだろう。  それに、友だちのままでいたいと言われる可能性も十分あるし、最悪の場合、避けられてしまうかもしれない。  そう考えた俺は、卑怯な手を使った。 「だって、尊は俺の彼女じゃん」  こう言えば、優しい尊は拒めないって、わかってて言ったんだ。 「え、……だから?」 「そう、だから。彼女ならキスしてもおかしくないでしょ」 「いや、俺、今日miccoじゃなかったよね?」 「miccoも尊も俺にとっては同じだけど?」  尊の優しさにつけ込んで適当な理由を並べる俺は最低かもしれない。  でも、なによりも、拒絶されるのだけは耐えられそうにない。  だって、10年越しの初恋なんだ。  そう簡単に終わらせられてたまるかよ。  頭の上にはてなマークを浮かべる尊に一歩近づいた。 「――それに……よかったでしょ? キス。俺はめちゃめちゃ気持ちよかったけど」  尊だって、感じて応えてくれてたんだ。  今日のキスを思い出しただけで、みぞおちの辺りがぎゅっとなって、たまらず尊の顔を上向かせる。月明かりを反射した深い夜の瞳は、揺らぎながらも俺を捉えた。 「ほら、嫌ならよけないと」  固まる尊に俺はフッと笑って、口づけを落とす。顔を真っ赤にして一歩下がる尊を追いかけて、耳元で「すげーかわいい」と囁いた。  そうすれば、耳まで真っ赤にした尊に道路へと押しやられてしまう。 「遅いから、早く帰れっ」 「はいはい、また学校でな。おやすみ」 「……お、おやすみ!」  ぶっきらぼうな言いように自然と笑みがこぼれる。  そんな尊に手を振って、俺は幸福感に浸りながら帰路についた。

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