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第22話

Side 祐太郎 「ちょっと顔貸せや」  突然泣き出したイノシシ女が今度はキレて、俺は家の外に強制連行。玄関に背を預けた俺は目の前のイノシシ女を見下ろした。  泣いて目を真っ赤に腫らして、俺を睨みつけてくるそいつは、新入生の中でもピカイチに可愛いと評判の女子生徒。まぁ、うん、可愛い顔はしているんじゃないか、俺のタイプでは全くないが。 「――よくもやってくれたわね……」 「なんの話?」  罵られたときはなんのことだかさっぱりわからなかったが、大体予想がついた。どうせ、尊につけたキスマークにでも気づいたんだろう。  早くもマーキングの効果が発揮されたってわけだ。 「すっとぼけないでよ……うッ、うぅ~っ」 「お、おい、泣くなよ」  感情の起伏が激しいやつだな……。 「イケメン先輩でしょ、みっくんのココにキスマークつけたの」  ココ、とイノシシ女は自分のうなじを指さした。 「だったらなんだよ」 「――みっくんと、付き合ってるの?」  おい、敬語が完全に消えてるぞー。  これでも先輩なんだけど。  と、そんなことはどうでもいいんだが。  あまり聞かれたくない所をつつかれて、俺は「お前に関係ないだろ」と投げやりに返す。 「――ふーん、付き合ってないんだぁ」  ニヤリと笑うイノシシ女に、俺はイラつきを顔に出さないように平静を装った。 「付き合ってないなら私にだってまだチャンスはあるわよね」  イノシシ女め……。  調子に乗りやがって。  そっちがそうくるなら、こっちだって手加減してやんねぇ。 「お前さ、キスマークつけただけで終わると思ってる?」 「なっ……」  今度は俺が笑う番。 「悪いけど、尊のハジメテ(のキス)は俺がもらったから」 「は、は、はぁぁぁ⁉」  俺の言葉をどうとったのかは知らないが、顔を真っ赤にさせて絶句するイノシシ女に畳み掛ける。 「ま、せいぜい頑張れよ、幼馴染さん」  もうこれ以上こいつに付き合う必要もないと思い、俺は玄関を開けて家の中に入った。  ドアが閉まった後、外で「むきーーーーー!」と負け犬の遠吠えならぬメス猿の雄叫びが響き渡った。  近所迷惑だっつーの。 * 「――な、なにがどうなったの……」  突然泣き出したひよりが中条を引っ張るようにして部屋から出ていくのを見送った俺と姉ちゃんは、しばらく唖然とした後二人で顔を見合わせ首をかしげた。 「なにがなんだかさっぱり……」 「ひよりん大丈夫かしら」  え、そっち心配すんの⁉  どっちかっていうと、中条の方が俺は心配だけど……。  あのひよりのどすの効いた声を思い出して背筋が震えた。  女子って怖い。 「まぁ、好き合ってるんだから大丈夫じゃないか」 「え? 好き合ってる……? あの二人が?」 「うん、そう」  あの二人以外に誰がいるんだよ、と姉ちゃんに内心突っ込むが、姉ちゃんは目を丸くさせ口をぽかんと開けて俺を見る。せっかくの美人が台無しだよ、姉ちゃん。 「えっとー……、それ、誰情報?」 「俺情報」 「……うん、そっかそっか。尊には、あの二人が両想いに見えてるってことね?」 「そうだよ」 「どうしてそう思ったの?」  さっきまで中条の衣装合わせで立っていた姉ちゃんは、俺の隣に座り興味津々に体を寄せてきた。  どうしてって……。 「だって、俺とどっちかが二人で居るとすごい文句言ってくるし、全力で阻もうとしてくるんだよ、それはもうすごい勢いで」  俺の観察力を舐めないでほしい。  姉ちゃんは、納得したのか、「な、なるほど……なるほどね……、そうなるのか」と一人でなにやら繰り返し呟いている。 「でもさ、顔を合わせれば口喧嘩ばっかで、ツンツンが過ぎるんだよあの二人。どうしたらデレると思う?」 「う、うーん……、そうねぇ……デレないのは好きじゃないから、っていう可能性もない?」 「いやいや、それはないだろ。だって、じゃないと説明がつかないじゃん、二人の行動の」 「じゃぁ聞くけど……、この跡の説明はつく?」  つん、と姉ちゃんの指先が俺の首筋に置かれた。  このあとの説明?  何のことだ。 「あ……、もしかして気づいてなかった?」 「なに? なんの話?」 「ここ、鏡で見てみなさいよ」  言われて俺は、クローゼットのドアについている姿見を覗く。ここ、とつつかれた感覚を頼りに首をひねって見ると、身に覚えのない虫刺されの跡があった。 「あれ、いつ刺されたんだろう?」  でもかゆくないな。  そこをさすってみるも、膨れてる様子もない。なんかしたかな、こんなとこ。  なんて思ってると、姉ちゃんが盛大にため息を吐くから、俺は「なんだよ」と睨みつけた。 「……それさ、虫刺されじゃなくて、キスマーク」 「きすまーく……? ……あぁっ!」  その意味を理解して、更にさっきのあれを思い出した俺は羞恥で体温が急上昇。  嘘だろ……。  誰か嘘だと言ってくれ。  そしてキスマークを姉に見つかった俺の今の気持ちを誰かわかってくれ!  しかもその相手が男だということまで鑑みて、だぞ。 「いやぁ、まさか、可愛い弟がキスマークつける日がくるなんてねぇ…… お姉ちゃん、なんだか感慨深いわぁ」 「うわわわ! 姉ちゃん、違うんだよ。中条は俺じゃなくてmiccoを」 「――やっぱり相手は佑太朗くんかぁ~」  墓穴掘ったぁー!  もう全部が恥ずかしすぎて姉ちゃんと目を合わせられない。 「てか、普通、ほかに好きな子がいるのにmiccoにキスマークつける?」 「う……、こ、これは、アイツがふざけて……」  あいつはきっと欲求不満で、ひよりと付き合うまで俺で、というかmiccoで発散してるんだよ。  なんて、言えるわけもなく、俺は口ごもってしまう。そんな俺に呆れたのか、姉ちゃんはまたしてもため息をひとつ。 「ほんっとあんたってコミュ障だし自己肯定感低すぎ」 「な、なんだよ急に」 「私は、あの二人が両想いとは思えないけどねー」 「じゃ、じゃぁ、なんで、」 「――二人の中心にいるのは誰かしら?」  姉ちゃんは俺の反論を遮るようにそう言って「じゃぁねー」と部屋から出ていった。  そして誰も居なくなった……、じゃなくて、取り残された俺は首元を手で押さえた。  中心……って、俺?  俺みたいな地味メンのコミュ障が、学校イチのイケメンと美少女から好かれるなんて、んなことあるわけないじゃん……。  俺は、二人の緩衝材みたいなものなのに。  姉ちゃんの言ってることはわかったけど、癪善としないまま中条が一人で戻ってきた。ひよりは大丈夫だったか、と聞けば「大丈夫だろ、あのイノシシ女だぞ」と冷たい中条だった。  中条は「あー疲れた」と呟いて座ると、のんきに麦茶を飲み始める。ごくごく、と喉が上下するのが妙に色っぽくって目が離せない……。 「――って、そうじゃない! お前、これどうしてくれんだよ!」  危うく忘れそうになっていたキスマークを思い出して俺は抗議するも、当の本人は「やっと気づいた?」なんて、どこ吹く風。 「姉ちゃんに見られたし、相手がお前だってバレたんだけど!」  自分で気づかないという失態を犯した上に、姉に知られ、さらに相手が男という三重苦を味わうはめになったんだぞ。 「で、尊は環さんになんて説明したの」 「ふざけてしたって言った」 「環さん、なんか言ってた?」 「……いや、べ、別に」  俺が二人が両想いだと思ってるとか、姉ちゃんが二人が俺を思ってるって言ってたなんて話は言えない。口ごもる俺を、中条はニヤリと笑う。 「ふーん、なんか言われたんだ」 「だ、だから、言われてないってば」 「ホントに?」  立ち尽くす俺の手を中条が握った。  ちょっとごつごつした手。  肌と肌が触れ合った感触が、なんだかやけに生々しく感じる。  かぁっと体の中心から熱が放出されるのを感じて、中条から離れようと一歩下がった。けれども、振り解こうとした手を強引に引かれた俺は、座る中条めがけて前のめりに倒れ込んでしまう。 「あっ……ぶなー……っ」  中条に覆いかぶさるような体勢になっていた俺は急いで離れようとする。だけど、それよりも早く中条が俺に近づいた。その気配を感じた時にはもう唇同士が重なっていた。  だめだ……、なにも考えられなくなる。  中条の手が後頭部に添えられて俺の髪を優しく梳いていく。指が首筋を掠める度に俺の体はびくっと否応なしに反応してしまう。 「――はっ……」 「なぁ、環さんなんて言ってたの?」 「だから、別になにも……んん」  言い終わる前に口づけられる。さっきよりも深く、まるで食べられてしまいそうな勢いで。 「俺のことサイテーだって?」 「ち、ちが……そんなこと――っんぅ」  また重なる唇。  もう、わけがわからなくて、突っ張っていた腕にも力が入らなくて脱力してしまった。  呼吸も苦しいし、刺激は強いし、体は反応寸前だしでパニックだ。 「尊、可愛いすぎ。もーたまんねぇっ」 「うわっ」  急に中条が俺を抱きしめたまま後ろに倒れ込んだ。  完全に中条の上に乗っかった俺は身動きが取れない。顔だけ持ち上げれば眼下に整いすぎた国宝があった。俺を見つめるその目は、深く透き通っていて美しい。  何か言いたげに揺れる瞳に見惚れてしまう。 「あのさ、俺が好きなのは――」  す、好きなのは……?  ごくり、と喉が鳴る。  ひよりだと、わかっていても、期待してる自分がいた。そんなことは、あり得ないのに、姉ちゃんのせいだ。  けど、もう、ひよりの「代わり」はいやだった。代わりなのに、こんなにも心を乱されて、振り回されるこっちの身にもなって欲しいってもんだ。  中条が次につむぐ言葉を一文字たりとも逃すまい、と口元を凝視して待っていたのに―― 「――はいっ、そこまで! 私の目の前でリアルBLはご遠慮くださいませー」 「うわああああ!」  唐突に降ってきたひよりの声に、俺は文字通り叫びながら飛び退いた。 「ひっ、ひより……」  ドアの方を見れば、ドア枠に寄りかかってるひよりの姿。  つーか、ドア! 開いてたのかよ!  一体、いつから居たんだこいつは……⁉ 「ったく、邪魔すんなよ。いいとこだったのに」  ちぇっと舌打ちする中条を俺は睨む。  お前がドアをちゃんと閉めないから見られたじゃないか!  そう怒鳴りつけたいのを堪える。それよりも、ひよりになんて言えばいいのか俺は頭をフル回転させた。 「あー、もう最悪最低! イケメン先輩のどクズ! みっくんの馬鹿!」 「ひより……こ、これは、誤解で――」 「なにが誤解よ! イケメン先輩のこと押し倒して舌絡ませて! もうBL以外のナニモノでもないし!」  うわあああ、バッチリ見られてるーーー!  でも俺は断じて押し倒していない! 中条が手を引っ張ったせいで倒れただけだ!  そこの誤解だけは解いておきたいが、とてもそんなことを言える雰囲気ではない。 「ひ、ひよりさん、ちょっとボリューム落とそうか……」  そんな大声で叫ばれたら下にいる母さんの耳にまで届きかねないじゃないか……。頼むから、これ以上俺の黒歴史を増やさないでくれ!  だけどそんな願いは虚しく、ひよりはますますヒートアップしていくものだから、俺は急いでドアを閉めた。  そうすれば、ひよりがギロリと俺を睨む。  美少女の怒りに満ちた顔の迫力たるや……。  背筋が震えあがった。

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