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第1話 1章 美しい青年の秘密

「何をするっ!」  まさに今、人生の全てを終わらせるために飛び降りようとした青年は、力強い手に掴まれた。 「離してくれっ!」 「そう言うわけにはいかん!」 「離してくれってっ! あなたには関係ないことだ!」  飛び降りたい青年と、それを止める男。二人は激しくもみ合った。  もみ合ううちに青年は、興奮状態のまま意識を失った。    最初に見かけた時、その美しさに引き付けられた。女かっ⁈ とも思ったが腕を掴んだ時男と分かった。  なぜ死のうとした? このままにしておくわけにはいかない。  男は、意識を失った青年を自宅へ連れ帰った。  見知らぬベッドで意識を取り戻した。ここはどこ? わたしは……。 「気が付いたか?」 「……あ、あなたは?」 「俺は柏木彰吾。昨夜のことは覚えているか? 君は昨夜飛び降りようとして俺ともみ合ううちに意識を失った。興奮からくるトランス状態だろうね。あと、貧血も影響しているかな」  そうだ、昨日死のうとしてこの人に止められたんだ。忌々しい気持ちになる。ここがどこかは知らないが、とにかく外へ出なくては。体を起こしベッドから出ようとした。 「どこへ行く?」 「ここから出て行きます」 「一人で帰すわけにはいかない」 「どうしてっ⁈」 「自殺しようとした人間を一人にできない。君はここを出たらまた死のうとするだろう」  それは図星だった。そもそも自分の命は昨夜終わっていたはずなのだ。今からすぐにも終わらせなければいけない。 「あなたには関係ないことだ。わたしはあなたを知らないし、あなたもわたしを知らない。とにかくわたしの邪魔をしないで欲しい」 「自殺の邪魔か、大いにするね。あいにく俺は医者だからな。人の命を救うのが仕事なんだよ。医者として自殺する人間を許すことはできない。俺が大丈夫だと判断するまではここにいてもらう。君、名前は?」 「……」  そのまま美しい青年は、固く口を閉ざした。彰吾には名前を知られたくないのだろうと察せられた。  夜目にも美しい黒髪に引き付けられた。すぐに様子がおかしいことに気付く。医者の勘かもしれない。後をつける。屋上へきた時に確信する。飛び降りるつもりだ。よじ登ろうとするのを腕を掴んで止めた。  その後意識を失った青年を、自分のマンションへ連れ帰った。  ベッドへ寝かせるのに、楽になるだろうと服を脱がせた。かなり弱った体の印象なので、医者として診察する思いもあった。その時下着の上からも明らかな秘密に息を吞む。いったいこれは何だっ!  下着を下ろして確かめた。青年のそれは、組紐で縛められていた。一人で縛ることも、解くことも、できなくはないが難しいだろう。第一こんなものは拷問にも等しい。自分でやる人間はいない。つまり、誰か他人の仕業ということだ。おそらく貞操帯的な意味もあるのだろうとは思う。  彰吾は後孔も確かめた。間違いない、男に抱かれている。バイセクシャルで男を抱いた経験のある彰吾には分かる。最近初めて襲われたわけではなく、もう長く経験しているだろうとも思われた。  自殺を図った理由はこれか? この青年を抱き、このような事を施す男から逃れるために? 何か身元が分かるものはないかと、探ったが何も持っていない。携帯も、財布はおろか小銭も持っていない。いったいどこから来たのか? お金を持っていないのだから、そう遠くではないだろう。  彰吾は、この見知らぬ青年に憐憫の情が湧き、庇護欲が掻き立てられた。何か檻のような鳥籠から必死に逃げてきた傷付いた小鳥を思わせる。  守ってやりたいと思う。既にこの時彰吾は、この美しい青年に魅かれ初めていた。  目覚める様子はない、よほど疲れているのだろう。貧血も見られるし、かなり細い。彰吾は、組紐を解いてやると、僅かに反応する。戒めを解かれて無意識にも安心したのだろう。このまま静かに眠るがいいと、布団を掛けてやった。 「黙秘権か……まあいい。君は、落ち着くまでここで生活しろ。とりあえず飯にしよう」  ベッドから出たが下着姿だ。昨日来ていた服は? と思っていると「ああ、服がいるな。とりあえずこれを着ろ」とガウンを渡されたので着る。  彰吾に促されダイニングへ行き、席に着く。少し待っているとスープとサンドイッチを出された。  食欲は全くなかったが、せめてスープぐらいは飲めと言われ、一口飲んだら美味しかった。すーっと体に染み渡る。昨日から何も食べていないことを思いだした。顔を上げたら、にこっと微笑まれた。悪い人ではなさそうだ。そのままスープを飲みほした。 「ごちそうさまでした」  彰吾は、青年の礼儀正しいのに感心する。育ちの良さを感じる。それと、あの秘密が結びつかない。いや、だからこそ死のうとしたのか……。  多分、いや確実にこの青年は名前を言えば逃げてきた男へと連れ戻されることを恐れているのだろう。すぐには無理だが、徐々に心を開かせて、打ち明けてもらいたい。そうすれば助けてやれる方策も見つかるだろう。場合によっては弁護士をしている友人にも助力を頼もうと思う。

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