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第12話 2章 星夜と名付けて
今日の予定は全て済ませた。しかし、もう少し外の空気を楽しませてやりたい。何しろ、仕方ない事とはいえ、半月以上外へ出さなかった。今日は存分に外の空気を吸い、リフレッシュさせたいと彰吾は思う。
「ここを出たら海に行かないか?」
「海? 今は夏じゃないですよ……」
海は泳ぐ場所との認識か? 海を見に行ったことはないのか。
「ふっ、勿論泳ぐわけじゃないぞ。ドライブして海を見ようってこと。気分が晴れるぞ」
そうか、海は夏じゃなくても行くのか……星夜は頷いて同意した。
「海を見にいったりしたことはないのか?」
運転しながら彰吾が聞く。「はい」と星夜は頷いた。やはりそうなのだ。
「そうか、泳ぎに行ったことはあるのか?」
「ありません」
「泳げるのか?」
「少しは、学校の体育の時、プールで泳ぎました」
なるほど、どうやらかなり隔絶した世界で生きてきたんだろうな。今朝車の後ろの座席に乗ろうとしたのもな。ひょっとしたらいつも運転手付きの車だったのかもしれん。こうして、助手席に座って、ドライブなんて初めてなんだろう。
籠の鳥状態……そしてあの組紐の縛め。いったいどういう環境だったのだ? 疑問は尽きることはない。
彰吾は、星夜へ憐憫を感じ、そして愛おしい思いを持った。可哀想と思うのだが、それは哀れみではない。どうしようもなく愛情が湧くのを自分自身でも感じる。
おそらく世間一般の若者が普通に享受している楽しみを、星夜は知らない。それを教えてやりたい。それが出来るのは自分しかいないと彰吾は思うのだ。
海が見えてきた。澄み渡る青い海。晴れた青空と溶け合い壮大に広がる眺め。
「見えてきたな、もう少し行ったら車を止めてゆっくり見よう」
車を止めて降りる。彰吾は大きく伸びをする。潮の香りが心地よい。星夜を見ると、やはり気持ち良さげにしている。彰吾は星夜の肩に手をやり、海へと近づいて行く。肩にやった手を星夜は嫌がらない。
「大丈夫か? 少し歩きにくいんじゃないか?」
そう言って手を差し出すと、星夜は素直にその手を握った。彰吾も握り返した。
「潮風が気持ちいいな。春の海もいいもんだろ」
「はい、気持ちいいですね」
短くなった星夜の髪が風に揺れる。それが、とてもきれいで魅惑的だ。彰吾は星夜を抱き寄せ口付けしたくなった。しかし、それはまだ早いかと、自重した。急いて、星夜の信頼を失いたくない。髪を切り、生きる意欲を持ち始めた星夜。これだけでもかなりの進歩だ。焦ることはないとお己に言い聞かせる。
長丁場は覚悟したこと。人生待つことも大事だ。いや、それは少し大袈裟か……いまだ出会って一月も過ぎていない。まだ始まったばかりとも言える。
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