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第32話 6章 小鳥は籠の中へ

 食堂に行くと、まだ誰もきていない。古城は家政婦に香を『秋好の若』と紹介する。ここでは香のことは皆そう呼ぶことになると言われる。そういう扱いは、確かに他の内弟子とは違っている。家政婦の態度も恭しいものだった。  そこへ、秋月が子供二人を伴って現れた。 「おはようございます」香は頭を下げて挨拶をする。 「ああ、おはよう。東月、涼子、秋好の若だこれからここで暮らす。仲良くしてやんなさい。お前たちの方が年上だからな」  香は二人にそれぞれ、「秋好香です。よろしくお願いいたします」と挨拶をする。涼子は無表情だったが、東月は睨むような鋭い視線をよこす。 「ああ、お前たちも秋好の若と呼ぶんだぞ、宗家の命令だ。香は、宗家の直弟子として後見していくとのことだからな」  その言葉に、東月は鼻白んだ表情になる。甚だ面白くないからだ。そもそも、祖父と父、そして自分の神林の直系だけが使う稽古用の舞台を香も使うことが面白くないのだ。たかだか枝の跡継ぎ風情が……そう思っている。  宗家の直系の孫として産まれ、次代の宗家として育った。周りも当然そう思っているし、自分もそのつもりできた。  それが、突然の香の登場に東月は戸惑った。宗家の意図は? 東月の戸惑いは不安に変わった。香に才能があるのは明らかだからだ。それは、東月にも分かった。  父に質しても、欲しい答えは得られなかった。 「お前には刺激になるのではないか。負けないように精進するのだな」  父の半ば、突き放したような言葉。しかし、己は神林の若。それは変わらない。考えたら、似た年頃の稽古相手も必要だ。おじい様もそのつもりかもしれない。  結局東月は自分に都合よく解釈した。香の才能は認めるが、たかだか枝の分際。  実際この世界は世襲が常なのだ。しかも、直系であることは大切な要素でもある。  古城の才能も、かなりのもので、中には兄である若宗家をしのぐと言う声もあったのだ。しかし、古城は庶子だ。だから、身を引き裏方に徹している。それから考えても、宗家直系の自分の地位を脅かす者がいるとは思えない。神林を継ぐのは自分だ。東月はそう思っている。  だからと言って、大らかな気持ちで香を受け入れることはできない。そこが、東月の器が小さいところであった。  東月が香を受け入れ、共に切磋琢磨していたら、将来の行く末も変わっていたかもしれない。しかし、それは東月にだけ責められることではなかった。宗家である昭月と、若宗家の秋月の、香への扱い、それがそもそもの問題の根であることは確かだった。  香にとって神林での生活は、全く自由の無い籠の中の鳥と同じであった。外へ出るのは学校へ行く時だけ。それも、古城が車で送迎するため、道草をすることもできない。秋好の実家へ帰ることも許されない。  夜ごとの閨での勤め、そのために張型で体を開き、口での奉仕も覚えこまされた。  壮年の秋月は、己の欲望を直接ぶつけ、昭月は老体のため、道具を使って嬲るのを好んだ。  男の楔を受け入れるのも辛いが、道具を使って嬲られるのは、それ以上に辛いものがある。際限がないからだ。結局いつも最後は二人から、永遠と道具で責められる。香は疲弊し、地獄の想いだった。  漸く許されて部屋へ戻ると、精根尽きはて落ちるように眠った。  泥のように眠っても、翌日は、稽古に励んだ。一日も休むことは無かった。この自由の無い地獄の中で、香の支えは秋好流の為、それだけだった。

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