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お相手の事

 そんな時、エントランスのチャイムが鳴った。 「銀次か、速いな」  京介が立って応答しに向かう。 「エントランス脇の駐車スペースあそこ確か来客用だったよな。緊急とかいうから車で来ちゃったんだけど」  入って来たなりそう言う銀次に 「ああ、大丈夫」  と答えて、京介はキッチンでもう一回電子ケトルのスイッチを入れた。 「どうした?緊急ってなん?」  古着のスカジャンを脱いで、銀次は銀次の定位置に座る。てつやの隣のローソファー。 「ん?まっさん元気なくね?」  お土産、と言ってコンビニで買ってきたのか、つまみとビールや日本酒がテーブルに並べられた。 「お前車だろーよ。お前はこれな」  とコーヒーを前に出されて、あ、ほんとだ…とガビーンとなっている。  つまみのポテチや惣菜的なものを開けて、テーブルは賑やかになった。 「で?なんだって?」  仕方がないのでコーヒーでポテチをつまみながら、銀次が切り出してきた。  京介が話の成り行きを全て話してやると 「え…マジで…?まっさん…?」  まっさんを指さして、京介を見てくる銀次に、京介は大きく頷く。 「はあ〜〜〜 予想外のこと起きたな…」  ちょっと驚いたのか、銀次もなんだか複雑な顔をしている。確かに予想外だよな〜と てつやもつまみのイカのマリネを箸で摘んだ。 「でもあれだよ。ここでどうすんだよとか言ってても俺らその子知らねえじゃん?可愛いって言ったってどこまでかもわかんねえし、一回会ってみたいよなその子に」  いや、知ったからってどうするかの結論はわかんねえけど、とは言うが確かに銀次の言う通り、その子の人となりは全くわからない。  まっさんがどうしてこんなに悩むほどになっているのかも、会ってみないとわからないことだ。  銀次はいつでもこうやって、ストレートに言ってくることが事態を動かしてくれる。 「そういや、明日イノウエのばあちゃんの引っ越し手伝いに行くんだよな、そん時に呼べば?手伝ってくれーって」  貝ひもの明太子和えをコーヒーで咀嚼して、銀次は割といいアイデアを出してきた。まあ…明太子和えとコーヒーがどんだけ合うかは誰にもわからないけれど…。 「そっか、そうだよな。お前に告ったってことは、俺らとも一度会わないと済まないってことなんだからさ」  てつやはまっさんショックでお腹がいっぱいなのを忘れてしまったのか、目の前のイカのマリネを平らげて、次のポテサラにまで手を出している。 「まあ、通過儀礼みたいなもんだしな…」 「でも俺はまだ返事してないし、お前らに会わせるのは早いんじゃ…」 「お前ね、女の子ならいざ知らず、男に告られたらさ俺らがまずそいつ見ないと無理だぜ?」  玲香の件もそうだが、仲間の恋人は仲間になる。たまたま玲香はこのチームに馴染んでくれたが、そうでない場合はこちらも『女子なら』遠慮はする。しかし男となったら話は別だ。対等でありたいし、まして仲間の恋人なんてことになったら、何処の馬の骨ともわからない奴は許可できません!の体勢だ。結構小姑根性… 「ん〜〜まあ…声はかけてみる…けど、あんま苛めんなよ?」  スマホを取り出して、電話をかけ始める。  その傍で3人は顔を寄せ合った。 「今いじめんなよっていった?」 「うん、言った言った」 「結構その気だよな…謎だ…そんなに可愛いのかな」 「俺の目は誤魔化せないぜ。なんせあの店であんな美形ども相手に仕事してたんだ。ちょっとやそっとの『可愛い』は俺には通用しねえ」  もうてつやなんか手ぐすね引いてる感じだ。 「あ、柾哉?俺、うんまさなお。うん。あのさ、明日なんだけど」  まさや…?名前呼びかよ!3人が顔を見合わせ唖然とする。 『え、お手伝い?いいよ行く。どこに行けばいい?』  結構な可愛い声が聞こえてきた。男にしては高い…まあ、まっさんと話してるからだろうけど。 「じゃあ俺迎えに行くからさ、朝ちょっと早いけど大丈夫?何なら少し遅くきたっていいから」 『大丈夫だよ。もう早起きは慣れたし。何時に迎えにきてくれる?』 「9時集合だから、8時45分にはそこに行けるようにするから」 『わかった。待ってるね』  家まで知っていた… 「来るってさ」  3人は顔を離して、元のポジションへ。 「わかった。じゃああとは明日っていうことで」  とてつやがまとめると、 「あ、そうだ。玲香ちゃんも手伝いに来てくれるってよ」 と、銀次。 「は?鳴子から?」  これは全員が驚いた。 「イノウエのばあちゃんにも挨拶したいんだって」  銀次さんが小さい頃からお世話になっていた方だからって と言ってデレデレに照れまくる。 「なんだかこっちは安泰だな」  京介が笑ってコーヒーを一口口にした。 「ばあちゃん来たぜー」  あれから結局酒を飲んで京介の部屋へ泊まった銀次と共に、てつやは時間通りに、元のアパートへやって来た。 「悪いねみんな。今日はよろしく」  小さな段ボールにガムテを貼りながら、井上のばあちゃんは迎えてくれる。 「まっさんはもう1人助っ人連れて、後から来るから」 「おーそっか、たすかるねえ」  今ガムテを貼った段ボールを持ち上げようとして、京介にー無理すんなーと荷物を持たれたばあちゃんは、ー相変わらずいい男だな京介ー と訳のわからない礼を言う。 「僕も持ちますよ、井上さん」  銀次も負けずに隣の段ボールを持ち上げるが 「銀次はいつでも面白くていいな」  とニコニコと言われ、俺にもいい男って言えよーと嘆き節。 「で、ばあちゃん。持ってけるもの車に積んじゃうけど、どれ辺り?」  段ボールが積まれている場所を眺めて、てつやが問う。 「ああ、大きいのは業者に持って行ってもらうから、今日は細かいのを頼もうかと思ってたよ。手持ちサイズの箱を頼んでいいか?」 「デカいのも大丈夫だよ?」 「いや、どうせ家具とか冷蔵庫みたいなのを業者に頼むからな。お金払うなら業者の皆さんにも働いて貰わないと」  まあ確かに、とてつやは笑って、 「じゃあこの辺の全部でいいかな。結構あるけど…」  今の所15箱くらいあるが、ばあちゃんはその箱を未だ作業中だ。 ばあちゃんが言うには、細かい箱は今日からすぐにでも使うもので、大きいのはまあ後でもいいし、なんなら一年後まで開けなくていい物らしかった。  だから茶碗や普段着などの日用品が多く、必然的に箱数が嵩んでいるらしい。 ダンボールの脇を見ると、『アルバム』や『帳面』『義郎さん』とか書かれているのもあって、大事な物は業者に任せないようにしている、と言うのもみてとれる。義郎さんと言うのは、多分ばあちゃんのご主人。  それに京介も気づいたのか 「丁寧に運んでやろうな」  と、一つ箱を持ちながら声をかけてきた。 「ん、そうだな」  とうなづいて、てつやも箱を持ち上げた。銀次もそれに続き、朝乗ってきた銀次の車のトランクと、京介のサニトラ、まだ移動していなかったてつやのセレナ3台に次々と詰め込み作業を行った。 「これは、開ける時も手伝う感じかな」  と銀次が言うと、 「その覚悟はしておこうぜ」  とてつやも笑った。そんなとき、まっさんの車が道路に止まる。  キター、と誰もが車を見て一瞬動きを止めた。運転席からまっさんが降りると、助手席のドアが空き、結構明るい茶髪で前髪をかきあげる感じでセンターパーツにして、後がみは綺麗な形の後頭部に沿わせた髪を、襟足短めに沿わせている可愛らしい髪型をした男が降りてきた。  色は白くて唇が化粧をしたように赤い。 「お、なんだ?まさなおは彼女連れてきたのか?やけに可愛らしいな子だね」  ばあちゃんが真っ先にそう評価した通り、確かに可愛い。 「ばあちゃん、あれ男子」  とてつたに言われると、ばあちゃんは『はーっ、あんな綺麗な子がいるんだねえ』と感嘆の声をあげる。   まっさんは、共に駄菓子屋の前までくると、 「あー、ええと…うちの店の…お客さんで…」  となんか言い淀んでしまってるうちに 「初めまして、佐倉柾哉(さくらまさや)と申します。今日はいきなりお邪魔しましてすみません。お手伝いなんでもしますので、なんでも言いつけてください」  と、代わりに自己紹介をしてくれた。眩しいほどの笑みと一緒に。 「ああ、ありがと。でね、あちらが、俺が小さい頃からここで駄菓子屋をやっていた井上さん」  ばあちゃんを手のひらで示すと、柾哉はペコンと頭を下げる。 「今日はよろしくね」 「はいっ」 「で、こっちが順番に、銀次京介てつや。俺の親友たちだ」 「おいおいおい、まとめてくれんじゃね?あ、よろしくー銀次ですー」 「皆さんのお話はよく聞いています。よろしくお願いします」  とまたペコリ。 「何話してんのかは知らないけど、浅沼京介です、よろしく」  握手をして京介もにこりと微笑む。 「加瀬てつやです。よろしくな」  てつやも握手をしてそう挨拶するが、柾哉は一瞬顔をこわばらせ、少しだけ警戒心を見せた。…が、それでもすぐに微笑んで 「よろしくです」  と挨拶をした。その一瞬の警戒心と戸惑いは、てつやには伝わってしまっていて、てつやはちょっとした確信めいたものをもった。本当に可愛いのだ。その辺で普通に暮らしていたらここまで磨かれない。  まあとりあえず探るか…と内心で決めた。  それからは、車への荷物の移動と箱詰め作業を手伝い、11時頃になると銀次が駅まで玲香を迎えに行くところまで来た。 「銀次の彼女さんまで来てくれるんだな。本当に助かるね、みんなありがとうな」  ばあちゃんが箱詰めしながら言ってくる。心なしか鼻を啜ってるようにも感じた。 「泣いてんの?ばあちゃん。年寄りが感傷的になると碌なことないぞ。気にしない気にしない。手伝ってんのはばあちゃんが年寄りだからなんだからな」  てつやがそう悪態をついて、それなりに慰める。 「若くてピチピチでも手伝うだろうが、おまえは」 「あ、バレた?そっちの方が手伝い甲斐はあるかもだけどなー」 「乳なら見せようか?」 「いらねーよ!」  そんなやりとりに笑いながらいると、てつやのスマホが鳴った。 「あ、わり、ちょっと抜け〜」  スマホを持って、てつやはアパートの前の道の向こう側まで走って行く。 「なんだてつやめ、あんな遠くまで」  ばあちゃんの言葉に京介もてつやを目で追うが、なんとなく今の電話の主は分かったような気はした。 『おはよう、てつや。朝から起こしてくれてありがとう』  相変わらずの口調で話してくるのは稜だった。  日曜日の今日、惰眠を貪ろうとしていた朝10時ちょっと前に電話がなり、その電話に『折り返すから、もう少し寝かせて』と不機嫌に言ってから小一時間。電話の主をてつやと確認したのだろう、折り返してくれたらしい。 「ああ、ちょっと早かったな悪かったよ。こっちは引っ越し作業だったもんでさ。早急に聞きたいことあって急いじまった」 『聞きたいこと?なに?』  ゴソゴソと言う音がすると言うことは、まだ布団の中なのだろう。 「稜さ、柾哉って知ってる?」  てつやの危惧通り、『そう言う』仕事をしてたとしても、何も昔勤めていた店にいたとは限らない。が、柾哉の態度は自分を知っているようだったから、まずは古巣からと言うことで、稜に確認を取るために連絡を入れた。 『え、柾哉?知ってるよ』  え、まじビンゴ? 「まじで?なに?あの店にいたのか?」 『そうそう、てつやが辞めた後にね、割とすぐ…てつや12月だったよね…じゃあ1月の終わりくらいかな。その辺りに入店したと思う』  おー…後輩かよ… 『柾哉がどうしたの?なんで柾哉のこと知ってる?』  稜の好奇心がむくむくと… 「あ、いや…詳しいことはちゃんとしてから話すけど、まあとにかく今俺たちマンションの件で下のばあちゃんちの引っ越し手伝ってるんだけどさ、そこに柾哉がいるんでさ、それでちょっと確認と思って。普通に生きてたらあそこまで可愛く磨かれないなっ、てくらいの可愛さなんでまさかなと思ってたんだけど」 『あ〜確かにめっちゃ可愛い子だったな。僕が辞める時もまだ居たけど…ああ…そう言えば半年くらい前に丈瑠が柾哉がやめたって言ってた。それでなんでそこにいるんだろ…」 半年前といったら、まっさんと出会った頃… 「聞いといてなんだけど、マジで結果が出ないと話せないんだ。ちゃんと話すから今はちょっと待ってて。柾哉のことがどうしても知りたかったんだ」 『ん〜〜まあいいけど…ちゃんと話してよ?気になるから」 「でさ、柾哉って性格とかどうだった?」  もう、嫁入りの情報集めだなと我ながら思うが、まっさんのためには情報は多い方がいい。 「すごくいい子だったよ。可愛いしさ、人気あったね。あの子もバーテンしながらだったから、ほんとてつやの後釜って感じだったんだよね。悪い子じゃないよ」  稜がそう言うなら性格面は安心だ。あとは… 「で、あっちは…どういう…受け専門だった?」  その聞き方だと、そう言う関係のことも入ってくるっていってるようなものだ。 勘のいい稜には即バレる。 『へえ…そう言うことが関係する話なわけね』  電話の向こうでニヨニヨしている顔が浮かぶが、しまったと思ってもここは大事なとこだ、聞き逃せない。 「で?どうなんよ」 『柾哉はね、バリネコ。可愛がられてたよ』 「そっちか…よかった…あ、お前まさか…」 「僕は手出してないよ。ちょっと可愛すぎてね』  なんらかの同族嫌悪?とか思ってみるが、稜と柾哉の絡みとか考えるともう「百合?」な感じ 『丈瑠は知らないけどね。だって半年前まで店にいたんだよ。丈瑠が黙ってるわけない』  ケラケラと笑って、賭けてもいい、なんて言う稜の声を聞いて、ちょっとまっさんが気の毒になる。丈瑠となんとか兄弟…。まあそういうてつやとて、知らないだけで京介だってね。 「ま、まあいいや。そこまでわかればオッケーだわ。ありがとうな朝から」 『いいよー。今度焼肉奢ってね、その話聞きながら。オーナーさん♪』 「嫌な言い方すんなよ。飯は奢るから。じゃあサンキューな。あんま作業離れると怒られっから」 『はいはーい。じゃあまたね』  通話は完了。色々掴めたなぁ。やっぱそっちの子だったかと確信できた今、どうするべきか悩むところだ。

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