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僕の帰る場所
「う……んっ」
安心する匂いに包まれて目を覚ました瞬間、ぎゅっと抱きしめられた。
「敦己、起きたか?」
「ほ、まれさ……こほっ、こほっ」
「ああ、無理しないでいい」
喉を酷使したような痛みに乾いた咳をすると、誉さんが心配そうな表情ですぐに手を伸ばし、ベッド脇にある棚の上からペットボトルを取って、自分の口に含んだ。
一瞬、あれ? と思ったけど、誉さんはそのまま僕の唇に重ねてゆっくりと僕に水を飲ませてくれた。
これって……口移し、ってやつ……。
こんなの、映画やドラマだけの話だと思っていたけど、有り得るんだ……。
びっくりだけど……でも、すごく嬉しい。
僕が咽せたり溢したりしないように、ゆっくりと飲ませてくれたお水は喉の渇きをじわじわと潤してくれる。
それを数回繰り返してようやく喉の痛みも落ち着いた。
「少しは落ち着いたか?」
「はい。ありがとうございます」
「いや、私が無理をさせたせいだから敦己は気にしないでいい。身体は大丈夫か?」
「あ、えっと……少し腰がだるくて、あと……まだ誉さんが中にいるような感覚がありますけど、それは嬉しいから大丈夫です」
「くっ――!! そ、そうか。それならよかった」
なんだかとっても嬉しそうな誉さんを見て、僕も嬉しくなる。
ぎゅっと抱きつくと、嬉しそうで、でも驚いた誉さんの声が聞こえた。
「あ、敦己? どうした?」
「ふふっ。幸せだなと思って」
「――っ、ああ、そうだな。幸せだな」
「僕、こんなに満ち足りた気分になったの初めてです。誉さん……僕を好きになってくれてありがとうございます」
「敦己……っ! お礼を言うのは私の方こそだ。私の思いを受け入れてくれてありがとう」
「誉さん……」
「ああ、もうここに残して帰りたくないな。敦己と一緒に日本に帰りたいよ」
駄々をこねる姿が本当におっきなわんこみたいで可愛いな。
こんな姿、上田だって見たことがないのかも。
「ふふっ。そうですね。僕も一緒に帰りたいです。でも、もう少しだけ我慢してくださいね。実は予定より少し早めに帰れることになってるんです」
「そうなのか?」
「はい。来週末には帰国しますよ。だから、それまで待っていてくださいね」
「敦己……っ!! ああ、それまでに家を整えておくよ。あの家にあった敦己の私物も全て私の家に運んでいるからな」
「さすがですね! じゃあ、帰国したらそのまま誉さんのお家に行くんですね」
「敦己、二人の家だぞ」
「ふふっ。はい。僕たちの家に帰りますね」
そうだ。
僕にはもう帰る場所がある。
僕を世界一愛してくれる人が待っているあの家。
あれが僕の帰る場所だ。
「えっ? 誉さん、今回のアメリカ行きは仕事じゃなかったんですか?」
「ああ、気づいてなかったんだな。敦己の件が解決したらすぐに敦己を落とそうと思っていたから、仕事を全部小田切くんに任せてアメリカに行くことにしたんだよ」
「そんなの、大丈夫なんですか?」
「ああ。敦己の件を頼まれた時点で新規の話はセーブしていたし、他の案件も全て終わらせてきたから問題ない。別に仕事を放り出してきたわけじゃないから心配しないでくれ」
「あっ、じゃあ……昨日、事務所の弁護士さんとお話ししてたのって誉さんの仕事の件じゃないんですか?」
出かける前に真剣な表情で話をしていたのを邪魔しちゃったと思ってびっくりしちゃったんだよね。
「ああ、あれか。仕事といえば、仕事の話だがなんというか……」
「ああ、弁護士さんには守秘義務がありますよね。すみません。おかしなことを聞いてしまって……」
「いや、そんな気にするようなことでもないんだ。私がいない間にちょっと早急に片付けたい案件が来て、私に連絡を入れる前に他の先輩弁護士に協力を仰いだという報告だったんだ。私と彼の共通の先輩弁護士も少し関与している話だったんでな、事後報告にはなって申し訳ないという謝罪で一応話を通してくれたんだよ」
「へぇ、そうなんですね。普段は先に誉さんに連絡を入れるものなんですか?」
「まぁそういうことの方がいいけれど、私に連絡するよりも先に案件を片付ける方が大事なことだからな。彼の仕事の仕方は任せているし何も問題ないよ」
「そうなんですね。弁護士さん同士であまり協力はしないものですか?」
「うーん、時と場合によるな。今回は特に急を要する案件だったから先輩弁護士の力を借りたかったみたいだ。小田切くんがかなり依頼人に傾倒しているようだったから、ちょっと気になるが……」
依頼人に傾倒って真剣に考えてくれそうで良さそうだけど弁護士さん的にはあまりよくない感じなのかな?
「小田切さんって、そんなタイプなんですか?」
「そうだな。仕事はかなり優秀でなんでも任せていて安心できるよ。大学時代に私が当時働いていた事務所に勉強がてらアルバイトに来てた頃から、実力を買っていたから私が独立した時にすぐに誘ったんだ。他の事務所に取られないようにね。それくらい優秀なんだが、私と同じであまり恋愛というか、人にあまり興味がないんだよ。弁護士という仕事柄、毎回案件に興味を持ちすぎると精神をやられてしまうから、淡々と仕事をこなせるくらいがいいんだが、それを抜きにしても興味を持つことはないな」
「そんな小田切さんが傾倒する依頼人さんってどんな人なんでしょうね?」
「私はなんとなくわかる気がするんだ。帰国したらおそらく報告があるだろうな」
「あっ、もしかしてそれって……」
「ふふっ。敦己は自分のこと以外には聡いんだな。多分……今、必死で落としている最中かもしれないから邪魔はしないでおこう」
「じゃあ、僕が帰国した時にはうまくいってるかもですね」
「ああ、帰ったら小田切くんと紘には報告するつもりだから、一緒に来てくれるか?」
「上田に話すのはちょっと恥ずかしいですけど……でも、引き合わせてくれた恩人ですからね。はい、気合い入れていきます!」
あの時、上田に出会わなかったら……。
今のこの幸せは手に入れられなかったかもしれない。
同期だった上田が義弟になってしまうことに戸惑いはあるけれど、それ以上に僕は幸せだ。
「誉さん……大好きです」
隣で抱きしめてくれている誉さんの唇にそっとキスをした。
甘く柔らかな唇はもう一生僕のものだ。
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