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第24話 Vanilla Sky
Vanilla Skyに到着し、ドアを開けて中に入るまでの時間がまるでスローモーションのような感覚だった。夢の中で早く走ろうともがいているのに中々進まない、そんな感じで手足がうまく動かせない。
銃声のせいだろう、カフェの前には野次馬がスマホ片手に集まっており、陽大 はそこをかき分けるようにして中に入った。ドアが開いて最初に目についたのは、入り口付近で倒れている人影だった。片手には青い薔薇が四本、倒れた背中の右肩付近から床に血が広がっている。
「秦 ……?」
胸を撃たれて倒れているのは、秦だった。その撃たれた胸元を手で押さえて必死に止血しようとしている相原を見て、陽大は慌てて店内を見渡す。カウンター付近に呆然と立ち尽くしている蒼空 を見つけると一目散に駆け寄り、きつく抱きしめた。
「大丈夫か? 怪我は?」
蒼空は無言で首を振ると、細かく体を震わせながら陽大にしがみつく。現場の状況からして、おそらく秦は相原に撃たれたのだろう。
いきなりの発砲にどれほど怖かったことだろうか。
陽大は子どもをあやすように背中をぽんぽんと叩いて、ひとまず蒼空が無事だったことに安堵した。
「怖い思いをさせてごめんな」
小さく頷く蒼空の髪にやさしく口づける。
救急車が到着し、応急手当てを施していくが、心肺停止という単語が聞こえてくる。相原は立ち上がり、やるせない表情で担架に乗せられる秦を見つめた。
「班長」
「何となく嫌な予感がして、花屋に様子を見に来たんだ。そしたら青い薔薇を持った秦がこのカフェに入っていくのが見えたから、慌てて追いかけたんだが……」
ぐっと拳を握りしめる。相原が撃った拳銃は鑑識がすでに回収していた。
「秦の家の中はどうだった? 何か見つかったか?」
「事件の資料などがありましたが、目ぼしいものは見つかりませんでした。パソコンはロック解除ができなかったので、署に持ち帰っています」
「そうか。確認したいことがあるから、解除できたら俺の机に置いといてくれ」
「はい」
「俺はひとまず……病院に付き添う」
「わかりました。先に自宅の捜査状況を確認してから病院に行きます」
「頼む」
相原は無線で外にいる警官に、まだ残っている野次馬を帰すよう指示をした。すると陽大にしがみついていた蒼空が、さらに腕に力を込めた。
「行かないで」
「蒼空?」
「すごく怖かった……あの人が薔薇を持って入ってきて……そこから先は覚えてない。すごく大きな音がして、気付いたらあの人が倒れて血を流してて……」
「そうだよな、怖かったよな」
「だから行かないで。俺を一人にしないで」
「でも、捜査を急がないと」
「やだ。ここにいて。俺のそばにいて、このまま抱きしめてて」
「蒼空」
「お願い、陽大。行っちゃやだ」
泣き声のようなやや甘えたような口調でぎゅっと陽大にしがみつく。陽大はなだめるように蒼空の髪を撫でた。蒼空は顔を上げると潤んだ瞳で陽大を見つめた。背がほとんど変わらないので、今にもキスしそうなくらいに顔が近い。そのまま蒼空がこてんと陽大の肩に頭を預ける。
「その……君たちは……」
相原がやや戸惑うような表情で二人を指さす。
「彼はこのカフェの店長で、俺の恋人なんです」
「そうか……」
「すいません、こいつが落ち着いたら現場に向かいます」
「ああ、わかった。他の奴らが行っているから心配しなくていい。彼の……名前は?」
「仲川蒼空です」
「仲川さん、申し訳なかった。犯人が薔薇の花を持っていたものだから緊急事態と判断し、ここで発砲して驚かせてしまって申し訳ない」
相原が頭を下げる。
「大丈夫ですよ、班長。ちょっとびっくりしただけですから、俺がついてれば大丈夫です。すぐ落ち着きます」
「すまない。それじゃ、俺は病院に行ってくる」
「はい」
相原は現場検証をしていた鑑識にも引き上げるよう指示をした。銃弾は秦の体内に残っているらしく、また撃った状況がはっきりしているため、細かく調べる必要はなさそうだった。
それまでしっかりしがみついていた蒼空が、陽大の腰に手を回したまま顔をあげる。陽大は安心させるように微笑むと、ちゅっと音を立てて蒼空の唇にキスをした。蒼空は目を閉じ、そのままさらに唇を求めてくる。鑑識班は気まずそうに顔を見合わせ、急いでカフェを後にした。
蒼空はキスを繰り返しながら陽大を店の奥にある食材などを置いてある部屋へと誘導し、中へ入るとドアを閉じた。相原は何ともいえない表情で閉じられたドアを見つめると、やがて店を出ていった。
部屋のドアを閉じると、蒼空はやっと唇を離した。
「もう大丈夫か?」
優しく問いかける陽大の唇に人差し指を当てる。その表情は先ほどまでとはうってかわって、いつもの蒼空に戻っていた。
「あの人、何も聞かなかった」
「あの人って?」
「撃った人。最初に薔薇を持った男の人が入ってきて、俺に何か話しかけるように近づいてきた。そこにあの人が後ろから入ってきて、名前を呼んでいきなり銃を向けた。薔薇を持ってた人が両手を挙げて振り向いた瞬間に撃ったんだ」
「両手を挙げてたのか? 秦が?」
「そう。それなのに何も聞かずに、ためらいもなく撃ってた。俺が危害を加えられてたわけでもないのに」
その時、陽大の電話が鳴った。壮介からだった。
「もしもし……ああ、大丈夫だ……いや、そっちはまだわからない。心肺停止状態で運ばれていったが……そうか、わかった。すぐ行く」
電話を切ると、陽大はもう一度蒼空を抱きしめた。
「電話から銃声が聞こえた時は、心臓が止まるかと思った」
「俺だってさすがにびっくりしたよ。自分が撃たれたのかと思ったくらい」
「無事でよかった。おまえがいなくなったら、俺は……」
「それはこっちの台詞なんですけど」
「え?」
「こっちはいつも、毎日帰ってきたこの顔を見てほっとしてるんだから」
「そっか」
陽大は小さく微笑む。そして、蒼空の額にキスをした。
「部屋で待ってる」
「ああ。待っててくれ」
陽大は蒼空の柔らかな唇にキスをするとくしゃくしゃっと髪を撫でてドアを開けて出ていった。一人になった途端、蒼空は急に膝が震え出してそのまま床に座り込んだ。
誰を信用していいのかわからない状況だったため、わざと甘えた演技をして陽大に抱きついた蒼空だったが、いつもの恋人の匂いに包まれた瞬間、本当にほっとしたのも事実だった。必死で何とかしなくちゃと機転を利かせても、やはり人が撃たれた瞬間を目の前にして、恐怖がないわけなどなかった。
演技だったけど半分本気だったの、あいつ気づいたかな……。
手首にはめられたブレスレットに触れ、陽大を思い浮かべてそっと手首に唇を寄せた。
これからも、俺は俺なりのやり方で君を守る。だからずっとそばにいて、俺を抱きしめてくれ……。
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