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手を離して、名残惜しさを誤魔化すように楓にフードを被せた。
「おけ。んじゃね」
「おー。パーカーありがと」
楓が、指先の少しだけ出た状態、いわゆる萌え袖で手を振る。
マジかわいい。好き。
言葉を飲み込み、チャイムを聞きながら教室へ戻った。
ラーメン屋から出た所で、スマホが鳴った。
『夜、斗真の家行っていい?』
楓からのメッセージに、なにか考える前に指が勝手にオッケーのスタンプを送る。
「わり。俺帰る」
「……ニヤけすぎじゃね?」
メッセージの差出人が誰か言っていないのに、武瑠が「楓先輩によろしく」と笑った。
この後バッティングセンターで食後の運動をするらしい友人らと別れ、家へ急ぐ。
――やっぱあいつ、なんかあったな。いつも家に行っていいかなんて、確認してこないし。
昼休みの、カーディガンを忘れたと目を逸らした楓を思い出す。
自宅の団地前で、楓に『着いたよ』とメッセージを送る。
すぐに既読が付いて、その二分後、目の前のマンションのエントランスから楓が出て来た。
団地の二階と、その向かいにあるマンションの七階。俺が五歳の頃、ここに引っ越して来てからのご近所さん。
「もう飯食った?」
「バイトの後みんなで食べて来た。斗真は?」
「武瑠たちとラーメン。楓、足元気ぃつけて」
話しながら団地の階段を上がる。階段電灯は一ヶ月前から切れかかっていて薄暗い。
誰もいないと知りながら、楓は律儀にお邪魔しますと言って玄関で靴を脱ぎ、勝手知ったるって感じで洗面所で手洗いうがいをする。
その間俺は、散らかった部屋を気持ち程度に片付け、楓と交代で洗面所を使う。
母親は数年前に風俗嬢を引退し、今はクラブのママをやってる。いつも朝か昼くらいに帰って来るから、夜は大体俺一人。
寂しいと思ったことはない、ってのは嘘だけど。
さすがにもっと小さい頃は一人で寝るのが怖かったし、寂しかった。
だけど女手一つで必死に俺を育ててくれた母親のことは尊敬してる。普通に、心から。
「あ、そうそう。斗真、これ」
俺の部屋で各々の定位置――楓はベッドの上、俺はベッドの下のラグ――に座った時。
楓が持って来ていた紙袋から、ベージュのふわふわとしたものを取り出した。
「……マフラー?え、リミテじゃん」
「今日雑誌の撮影だったんだけど、サンプルで貰ったからあげる。お前そのブランド好きでしょ?」
「うん。かなり」
楓は読者モデルのバイトをしていて、たまにこんな感じで、服やら小物をサンプルで貰ったり、割引で安く買ってきたりする。
事務所には所属してないから、あくまでバイトって感じらしいけど。
「これもリミテでしょ」
楓が言って、俺のピアスに触れる。
Paraíso al Límite 、通用リミテは、海外でもめちゃくちゃ有名なブランドのセカンドラインで、俺の一番好きなやつ。セカンドっていっても、結構な価格帯だからそうそう買えるもんじゃない。
俺もバイトはしてるけど、一応、家にも金入れてるからそんなに自由に使えないし。
このピアスだって、引っ越し屋のバイトで金貯めて、何ヶ月もかけてやっと買えた。
そんなリミテのマフラーなんて、すげぇ嬉しいはずなのに。
今はただ、耳に感じる楓の指の感触で、頭ん中はいっぱいになってる。
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