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◉2◉東海林と西崎4_初デート2

「これ、恋愛ものって吉田さんが言ってましたけど、東海林さんは恋愛ものの映画って普段は見ますか?」 「いやあ、どうかな……それこそ、デートでも無い限り見ないですね。俺は映画自体もそこまで興味ないし……」  レイトショーでの上映時間に間に合いそうだったため、結局これから二人で映画にも行く事にした。俺は本当に眠くなりそうだったので、膝枕は無しにしても、本当に眠ってしまうだろうなと思っていたのだけれど、映画館に着くまでにはすっかり目は覚めていた。  そして、同時に酔いもすっかり覚めた。だからさっき自分が言ったことが、今更ながらに恥ずかしくなって来たところだ。でも、それは東海林さんの無神経な発言で吹き飛ばされ手いった。 「つまり映画はデートで来るものだと……結構映画見に行ってたってさっき話してましたよね……ふぅん、それは全部デートってことですよね。なるほどー?」  実はさっきから東海林さんの言葉の端々に、「彼女と来た」感が見え隠れしていて、俺はやや面白く無い思いをしていた。かなりアクティブな人と付き合っていたようで、アウトドアから芸術鑑賞まで、デートで行きそうな場所のほとんどに、その彼女との思い出があるようだった。 「え、あれ? 怒っちゃった? なんか、ごめんね。俺ちょっとデリカシーにかけるところがあるみたいだから……」  最後の上映に間に合い、二人で並んで座った。映画が始まる前の、ライトが落ちるまでの時間での、ちょっとしたやりとりだった。 「いや、怒ったりはしてないけど……なんか、彼女と来てたんだろうなって思うと、ね。わかりやすくデート出来ていいなって思うから」 「わかりやすく? どういうこと?」 「え? あー、うん、いや、もういいから。ほら、始まるって!」  俺の言ったことを追求したがっている東海林さんの口の中に、ポップコーンをむぎゅっと詰め込んで前を向かせた。ライトが落ちて、暗くなった空間に、マルチチャンネルでしか味わえない音が広がる。 「あ……」  本編が始まる前に流れるトレーラー。その中に、今年公開で話題になっているゲイカップルのものがあった。その、オープンとクローゼットの揉めるシーンが流れた時に、東海林さんが小さく呟いた。 「わかりやすくって、そういうことか」  トレーラーの中では、元彼が次に付き合った彼女と楽しそうに手を繋いで歩いているところを、主人公の男が偶然みかけて傷つくっていうシーンがあった。  せっかくお茶を濁したのに、それを見て東海林さんも気がついてしまったらしい。俺はゲイで、これまで隠れた恋愛しかして来ていなかったっていうことに。  どれほど自分を磨いても、誇らしげに恋人の交友関係に紹介してもらえる経験なんて、俺には無かった。別に相手に好かれているならそれでいいと、何度も言い聞かせて来たけれど、結局こそこそすることに疲れてしまって、ギスギスして、最後にはフラれる。それを繰り返していた。  せっかく初めてのデートに漕ぎ着けたのに、またそうなるのかもしれないという思いが、終わりを想像させてしまって、涙が出そうになっていた。 ——吉田さんのばか。  映画自体は男女の恋愛もので、ちょっとしたすれ違いがあって別れそうになるけれど、結局くっついて良かったねというラブストーリーだった。  きっと吉田さんは、それを見て二人できゃっきゃしながら、まだ一緒にいたいねっていう流れにしたかったんだろうな。吉田さんにはそれが可能だから、俺にもその楽しみを味わって欲しかったんだろう。 ——でも、俺にはそれは不可能だから。  そんなふうに考えていると、じわじわと目に涙が溜まり始めた。今まさにクライマックスで、二人が愛を囁き合っているところだから、泣いても別にいいんだろう。  でも、どうしてだか、その涙をこぼしたくなくて、俺はぐっと唇を噛んだ。 「あっ」  その俺の手を、そっと握ってくれたんだ。静かな怒りを込めた眼差しで、こっちを見てた。 「えっ?」  そのまま、その手を優しく引かれて、抱きしめられた。不安や悲しさから俺を守るように、東海林さんの香りが俺を包み込んだ。 「んっ」  真っ暗な中、映画の画面と同じように、ゆっくり優しく唇を合わせてくれた。それは、まるであのスクリーンの中の女優さんと同じように、俺だって人に見せてもいい存在なんだと言ってくれているような気がした。 「み、見られるよ」  慌てて離れようとした俺をまたグッと引き寄せて、何も気にならないとばかりに抱き竦められた。 「いいよ。この時間に恋愛映画見てる人なんて、みんな自分たちの恋に忙しいんだから」  ほら見てと言いながら、俺の後ろの方へと視線を促す。言われた通りに振り返ると、画面の中の二人のように触れ合っている二人が、あちこちに目についた。 「わあ、いいなあ」  思わずこぼしたその言葉は、もう口癖のようになっていたものだった。これまで、自分がそれをすることが出来る側に回ったことがなかったのだから仕方がない。 「自分だってしてるのに」  そう言ってクスクスと笑う東海林さんに、「本当だ」と答えて笑い合った。  そのまま何度も唇を合わせ、抱きしめ合った。周りもほとんど映画を見てる人はいない。俺は低レベルとはいえセンチネルだから、他の人よりも暗がりでもしっかり見えてしまう。  ライトが消えているからとはいえ、大胆なことをしている人たちが、チラホラ目に入り始めた。  でも、俺はまだこのままがいい。欲に流されるのは、もう少し先が良かった。それに、それよりもしてほしい事がある。東海林さんの指に指を絡めて手を繋いだ。そして、そこから、胸にある思いを送り込んだ。 ——ねえ、東海林さん。ボンドしてもらえませんか? 俺の本当のヒーローになってください。  心で深く繋がりあって、唯一無二の存在になれる、センチネルとガイドだけのつながり、ボンドの契約(ボンディング)。それをすれば、東海林さんのガイディング(ケア)は、俺しか受けられなくなる。  付き合うとか、結婚とか、それよりももっと深い繋がりを求めたくなって、ボンディングしてほしいと思った。 ——ずっと一緒にいてほしいんです。  俺は実は奥手で、ガイディングを受けるのが恥ずかしくて、これまでほとんどガイドと触れ合った事がない。ただ、見た目が派手なのが災いして、ボンディングをしてくれるような人にも出会えていなかった。 「俺でいいんですか?」  東海林さんは目を丸くしていた。 「……そんなに驚かなくてもいいでしょ? だって、俺東海林さんのことが好きだし、助けてもらうたびに、ヒーローは東海林さんがいいなって……あっ」  東海林さんは、俺の手を握り直し、もう一方の手で力強く俺を抱きしめた。そして、それまでとは違う深い口付けを与えてくれた。 『俺の力は、あなたのものです』  繋がった心にその言葉が響いた時、俺たちを包むように丸くて明るいシールドが現れた。 「わあっ!」  それは、金色に輝く大きなドームで、ゆっくりと明滅していた。まるで天からの祝福をもらっているようで、胸が熱く、ぎゅっと喜びに震えた。 「すごい、まるで星が降って来てるみたいだ……」  あまりの輝きと美しさに、二人でうっとりと見惚れていた。ボンドの完了した二人のシールドは、強固で美しいとは聞いていた。でも、こんなにキラキラ輝くものだとは知らなくて、自分たちのものなのに完全に心を奪われていた。 ——繋がったんだ。すごく深いところで。  それが嬉しくて、しみじみと目を閉じた。 「……あのー、感動してるところ悪いんだけどさ」 ——うんうん、俺今すごく浸ってる。 「映画館なんだよね」 ——そうだよね。恋愛映画見てて、盛り上がっちゃったからね。 「眩しいの、迷惑なんだよね」 ——そうそう。映画館は暗いんだから……。 「はっ!?」  公衆の面前だということをすっかり忘れていた俺たちは、一気に現実に引き戻された。慌てて謝罪しようと、声をかけてきた人に頭を下げる。 「ご、ごめんなさい。まだエンドロール中でした……」 「いや、まあ、もうほとんど人いないし、いいんだけどね……なんつーか、俺が誰かわかんないくらい盛り上がってたんだろ?」 「えっ?」  かけられた言葉の意味がわからずに、パッと顔を上げると、そこには彼女さんと一緒に吉田さんが立っていた。 「よっ吉田さんっ!?」 「お前、意外と大胆なんだなー。俺、男同士のキス、初めて見たわ」  ケラケラと笑う吉田さんに、俺はサーっと血の気が引くのを感じた。見せてはいけないものを見せてしまったと後悔した時、東海林さんが俺をぐいっと引き寄せてハグをしてきた。 「しょっ、東海林さん?」  東海林さんは何食わぬ顔をして俺の顎を引くと、「もう一回見ます?」と挑発するように吉田さんを見下ろした。吉田さんはそんな東海林さんの反応を見て、ふっと息を吐き、とても優しい笑顔を見せてくれた。 「いや、もういいよ。西崎はいつもめちゃくちゃ頑張ってるのに、なんかいつも損してばっかりでさ。幸せになってくれねーかなってずっと思ってたから、こいつが幸せそうなのを見せてもらって感謝してるよ。東海林さん、西崎のことよろしくね。あ、茜のこともよろしくお願いしますね。いつもお世話になってるみたいだから」 「じゃーな」と言いながら、吉田さんと彼女さんは去っていった。東海林さんはずっと俺の手を握ってくれていた。 「あの、手、このままでいいの?」  繋いだ手を持ち上げながら、東海林さんを見上げた。俺を見る目が優しく細められ、コクリと頷く。 「いいんだよ、このままで。わかりやすく付き合おう。どこにでも連れて行くし、誰にでも紹介するよ。ずっとそばにいるし、大事にする」  映画館を出ても、手を繋いで歩いた。時折ちらっと振り返られるけれど、東海林さんはその度に指を擦り合わせてくれた。そして、その度に心に『好きだよ』とテレパスして来てくれる。 ——泣いちゃうからやめて。  初めてのデートをした日。俺は生まれて初めて、隠されない恋愛をスタートさせた喜びに、涙を流していた。

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