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リナリアを胸に抱いて7

つまり透は兄のせいでこの家に無理やり留められているということになる。  兄の彼に対する執着は度を越している。思えばベータである少年をオメガにしようなどという妄執を、普通なら周囲に大真面目に漏らすとは思えない。それほど彼を愛し、自分の元に留め置かねば気が済まないということだ。 (まあ、この人。可愛いけど、普通の人って感じだよな。この人のどこがそんなに、兄さんは好きなんだろう)  雷は夏休み、学校をさぼっていた分出された課題を一日で終えてしまった。  母も相変わらず仕事漬けで夏休みに息子とどこかに出かけようなどという考えはみじんも浮かばないらしい。  遊びに行こうと誘ってきたクラスメイトがいないわけではなかったが、雷としてはそこまで親しいわけではないから気が進まなかった。 (この人を観察していたら、いい暇つぶしになるかもしれない。将来本当にこの人がベータからオメガになったら、かなりレアなケースとしていい研究材料になるのだろうし)  雷にはどうしても、アルファ同士の婚姻に執着することに意味が見いだせない。  むしろ世の中には惹かれあい番となったアルファとオメガの間に生まれた子どもの方が、遺伝子的に優秀であるという考え方もある。もちろんその考え方もどうかとは思うが、どちらにせよ、雷の中には科学的な根拠の裏付けをもって、一族の持つこの歪んだ伝統に一矢報いてやりたいという気持ちがある。 (意味の分からない因習なんてくだらない。僕は、僕が無理やり生まれてきたことに何の意味も意義も見いだせない。アンタたちがやってきたことは、好きでもない相手を蹂躙し、無理やり子供を産ませる、時代錯誤の人権無視だって、一族全てに突き付けてやりたい)  呑気な兄の恋人は、じいっと見つめてくる雷に少し照れたように白い頬をうっすらと薔薇色に染めた。 「君よりずっと年上なのに、こんな頼りなくて変だよね。でも、取り合えず、パンケーキ食べて、落ち着こうかなあと思って。お腹がすいては色々考えられないし、パンケーキの材料はここに来る前に買ってきて冷蔵庫に入れさせてもらっていたから、沢山あったし。君、果物アレルギーある? 大丈夫?」 「ない、ですけど」 「ふふ。じゃあ、果物も沢山よそってあげるね」  にっこりと笑う透の顔はあどけなく、肝が据わっているのか抜けているのかまるで判じ難い。今まで周りにいなかった朗らかな人を相手に、雷はすっかり毒気を抜かれる。  そのせいか雷の腹は空気を読まずにぐうっとなってしまった。赤面してむうっと唇を噛み締める。少年は微笑ましいとでもいうように、雷を見つめる目を優しく細め微笑んだ。はらはらと散る白薔薇が思い起こされる、少し儚げな笑顔。魅入られたように見つめ続ける雷に、透は小首を傾げた。 「お皿運んでくれる? あっちで一緒にパンケーキ食べよう。君、名前は?」 「……雷」 「雷くんかあ。仲良くしようね。僕は透だよ」 (名前、呼ばれた)

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