12 / 57
11.彼という人のこと(前編)
深緑のローブのフードを深く被る、森の大魔法使い。彼の素顔が十五、六の少年だということを知る人は、きっとほとんどいないのだろう。
――やっばり、きれいだなぁ。
もう何年も近くで見ているというのに、アシュレイの瞳を見るたび、テオバルドは同じことを思ってしまう。
本物の宝石のように、きらきらときらめく緑の瞳。その瞳がほほえむ瞬間が、たまらなく好きだった。じっと見つめる自分の視線に気づいて、「どうした、テオバルド」と問いかけてくれる優しい声も、ぜんぶ。自分だけの特別だと知っていた。
町の人たちが恐れる森の大魔法使いという人は、とても愛情の深い人だ。
愛情深く、弟子を高みに導こうとしてくれる人。その愛に応えたくて、テオバルドは努力を重ねてきたつもりだ。
――だから、ずっと、師匠に教わりたかったんだけどな。
はぁ、と溜息を吐いたテオバルドに、店じまいを終えて近づいてきたイーサンは、苦笑いで正面の椅子を引いた。
「なんだ、どうした。学院の入学を報告しに来たって顔じゃねぇなぁ」
アシュレイに言われて来たんだろうという指摘に、それはそうだけど、と呟く。母は早々に二階の自室に引き上げていて、店に残っているのは父と自分だけだった。
「そんなに学院に入ることが気に食わないのか? 入りたいと思って入れるところじゃないんだぜ」
「わかってるよ」
不貞腐れた声で応じて、冷めたお茶に手を伸ばす。
そう、わかっているのだ。学院に入学し魔法の技法を高めることが、この国に生まれた高い魔力を持つ者の義務だということは。
「じゃあ、なんだ。師匠と離れることが、そんなに嫌なのか?」
違うともそうとも言えず黙り込んだテオバルドに、イーサンは軽く肩を揺らした。
「しかたのないやつだな、おまえも」
「……だって」
しかたないじゃないか、とテオバルドは思う。七つのときから、あの森でずっとふたりで暮らしてきたのだ。
案ずる資格はないと言われてしまったけれど、そんなの無理だ。できるわけがない。
「朝はいつも俺が起こすし、ごはんだって俺がつくるんだよ。それで、夜も遅くなりすぎないように、ちゃんと言うんだ」
「へぇ」
「だって、そうしないと、本当にいつまでも起きていようとするんだよ。ごはんだってひとりだとろくに食べないし。ひとりになったら絶対……」
「あのなぁ、テオ」
苦笑いとしか言いようのない調子で、イーサンが遮る。
「あいつの見た目はああだが、俺と同じだけの時間を生きている男だぞ。ひとりだろうが問題なくやっていくさ」
「それはそうかもしれない、けど」
そんなことは言われなくてもわかっている。ただ。
自分がどうしようもなく寂しいのだと吐露する代わりに、テオバルドは呟いた。
「でも、見た目だけなら、俺、そろそろ師匠に並びそうだよ」
テオバルドの身長は、この七年でうんと伸びた。まだアシュレイには追いつかないけれど、町に下りてくるたびに「大きくなったなぁ」と声をかけられる。
けれど、アシュレイはなにも変わらない。どこもかしこも、はじめて出逢ったころのままだ。
少しの間を置いて、まぁ、なぁ、と妙にしみじみとイーサンが呟き返した。
「あいつの童顔は昔からだからな。年より幼く見られ続けてる」
「いや、待ってよ、父さん。あれはただの童顔じゃないでしょ」
呆れた声を出したテオバルドに、イーサンが小さく笑う。
「だから、あれは十八だ」
「え?」
さらりと告げられた言葉に、テオバルドは瞠目した。意味がわからなかったからだ。
「あいつは、十八の冬で成長が止まってるんだよ。なんでそうなったかは知らんが、そうなってるんだ」
十八の冬で、成長が止まっている。沈黙したテオバルドに、イーサンは静かに繰り返した。ふたりきりの店に、ぽつりと声が響く。
「そういうことだ」
その言い方は、世界の摂理を語るときのアシュレイの口調と不思議なほどよく似ていて。だから、テオバルドはそういうことなのだと知った。
ともだちにシェアしよう!