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第2話
いつのまにか夕日が差し込んできていた人気の無い放課後の教室で、安藤草太は、稲葉史彰の手によって、素早くも優しく床の上に寝転ばされてしまった。
「頭、打ってないよね?」と聞いておきながらも稲葉史彰は草太の返事を待たずに、
「待って。待って。待って」
という草太の制止も聞かず、するすると草太のワイシャツのボタンを外し始めた。外し続ける。外し終えた。
「ま、待ってって言ってるのに」
あれよあれよという間に草太の着ていたワイシャツは完全にはだけられてしまい、その下に着ていた真面目な肌着も簡単にまくりあげられてしまった。貧相な上半身があらわにされる。今さっき、稲葉史彰の腕の力強さを実感させられたばかりだった事もあってか、普段は気にもしていなかった自身の華奢さを、草太は恥ずかしく感じてしまっていたりとしていた。
「て、手慣れてる?」
照れ隠しだったのか、意趣返しだったのか、その両方か、自分でも分かっていないまま、相手を批難するような気持ちで軽く引いてみてやった草太に、
「安藤が描いたイラストの俺っぽいでしょ?」
稲葉史彰は、にっこりと微笑んだ。草太は、
「お、怒っていらっしゃる? もしかしなくても」
ちょっぴり、怯えてしまった。
「別に」と稲葉史彰は呟いた後、
「安藤は肌が綺麗だね」
さっきとはまた別の顔で微笑んだ。
「どうせ、白いよ」と草太は横を向く。
「ふふ」と稲葉史彰に笑われて、顔だけが赤くなる。誰だ、稲葉史彰を爽やか系とか正統派なんて言ってた奴は。皆、騙されてるぞ。
「ひゃッ」
と草太は悲鳴を上げた。
稲葉史彰の手が草太の上半身をゆっくりと確かめるように擦っていた。心臓から脇腹に下りて、腹に戻る。腹から反対の脇腹を通って、胸を触る。冷たい手だった。
稲葉史彰に強く身体を押さえ付けられているわけでもないのに、草太は意外と逃げられないでいた。それは気分の問題ではなく、物理的な問題だった。
仰向けに寝ている自分のすぐ目の前に稲葉史彰という壁があるのだ。背中でほふく前進でも出来なければ簡単には逃げ出せない。そういえば、以前に柔道部だったか、レスリング部だったかのクラスメートが体育の時間に「エビ」とか言って寝転がった状態から移動していた気がするけれど、美術部の安藤草太は、当然、その「エビ」をやった事もなければ、そのクラスメートが披露していた「エビ」の動作も、正確には覚えていなかった。
こちらが無抵抗なのを良い事に、擦られ、撫でられ、時々、揉まれて、知らぬ内に勃っていた乳首を指先でこねくり回される。
「うはッ」と草太は声を漏らした。くすぐったい。
もう変に「壁」を気遣ったりせず、結果的に壊れようがどうなろうが、思い切って力一杯に押しのけてやろうかと草太が思い始めた矢先、今までとは別の何かで、さわさわと胸元を優しく刺激されてしまったのだ。
「な、何して」と草太は身体をよじろうとしたが、重い。さっきまで稲葉史彰の手が乗っかっていたはずの草太の上半身には今、稲葉史彰の頭が乗っていた。
あのさわさわは稲葉史彰の髪の毛か。前髪の先が草太の胸元を撫でたのだ。
一つの謎の答えが出た途端、
「んッ」
また別の謎が生まれる。草太の腹を、ナメクジを思わせるねっちょりとしたモノが通過した。これは、明らかに舐められている。腹を這って、へそに落ちたかと思うと今度は一足飛びに、浮き出てしまっている草太の肋骨の波をしっかりと舐め上げる。
「はんッ。止め、ああッ」
くすぐったいを通り越している。草太は何度か「止めて」と口にしたのだが、稲葉史彰が止めろと言われて止める人間だったら最初からこんな事はしていないだろう。
それから数秒間、長くても十数秒か、あらわにされた上半身を執拗に舐め回された草太の股間は痛いくらいに勃起してしまっていた。
涙が出てきた。
でも、だって仕方がないじゃないか。他人から明らかに性的な刺激を受ける、また受け続けるだなんて経験は初めての事だった。
「泣かないで」と稲葉史彰が言った。
「笑うな」と草太は返した。
稲葉史彰は何も言わずに草太の濡れた目に唇を寄せて「ちゅッ」と鳴らした後に、ペロッと涙を舐めた。
目を閉じて、何も考えられなくなっていた草太の股間に稲葉史彰の手が置かれた。ズボンの上から、そっとだった。握られたわけでも、揉まれたわけでもなかった。
小さな刺激だ。それでも、
「んんッ」
草太の身体が大きく跳ねた。下着の中に、草太は射精してしまった。
死にたい。
ぐったりと草太は全身の力を抜いた。
「出ちゃったね」
笑いは含んでいない声色で稲葉史彰が言っていた気がする。草太の耳は、水の中にでも居るみたいに遠くなっていた。
何も言い返せない。言い返さない。草太には少しの気力も残っていなかった。
汚してしまった下着が気持ち悪い。ベタベタとする。
「脱ごうか」
稲葉史彰に囁かれた草太は、抵抗をしないどころか、稲葉史彰の動きに合わせて、ほんの少しだけ腰を浮かせたりと脱衣については協力までしてしまっていたのだが、誓って、草太に他意は無かった。草太はただただ汚れた下着を脱いでしまいたかっただけだった。
下着とズボンを合わせて下ろされる。太ももに外気を感じる。足首で一度だけ引っ掛かりつつも今、通り過ぎた。草太は下半身の衣類をすっかりと脱ぎ終える。
ワイシャツの前ははだけられ、肌着もまくりあげられて、下半身に至っては靴下に上履きだけという非常にアンバランスな格好で草太は教室の床に寝転がされていた。
これは夢だろうか。現実感が酷く乏しい。まぶたが重い。
不意に内ももを触られて、草太は何となく嫌がった。意図せずに開かれた股の下に稲葉史彰がそっと座り込んだが草太は気付いていなかった。
「んぎッ?」
と草太は目を見張る。
沈み込んでいた水の底から強引に引き上げられたような感覚だった。
尻穴に猛烈な違和感を覚える。慌ててそちらに目を向けてみれば、自分の腰と稲葉史彰の腰がぴったりと密着していた。いつのまに脱いでいたのだろうか、稲葉史彰は草太と同じように下半身を丸出しにしていた。
「嘘だ」と草太は目を背けたが、現実は何も変わらない。
草太の尻穴には稲葉史彰の硬くなった陰茎が挿入されていた。苦しい。
そもそもが肛門は排泄口だ。出す為に作られていて、入れる為には出来ていない。稲葉史彰がわずかに腰を引いただけで、草太の中に入れられていた稲葉史彰の陰茎はずるりと簡単に抜け落ちた。
「ああ」と草太は息を吐く。
どんな種類かというような説明は難しいが、草太の肛門から稲葉史彰の太い陰茎が引き抜かれた瞬間は、確かに気持ちが良かった。
「んむッ」と草太は奥歯を噛んだ。喉元を見せ付けるみたいに首を伸ばす。
今一度、稲葉史彰がゆっくりと草太の中に入り込む。ゆっくりとではあったものの優しくは無かった。きつい締め付けで拒む草太の肉体に対し、一度として止まる事も無く、引き返す事も無いまま、強引に、力強く、稲葉史彰の一部が押し込まれた。
草太の何もかもが、お構い無しにされていた。
犯されるとはこういう事を言うのか。
そして、また、ずるりと引き抜かれて、草太は吐息する。
「はあ」
これを性的な快感だと言ってしまって良いものかどうか。
「ふんッ。ああ」
押し込まれては引き抜かれる。押し込まれては引き抜かれる。その度に草太は息を呑んでは、吐いてを繰り返す。
「んッ、はあ。んッ、ふう」
稲葉史彰がコツを掴み始めでもしたのか、重ねられる行為の間隔が徐々に狭まっていっていた。
肛門を無理矢理に押し広げられていた苦しさからの解放と、もっと単純に排泄時のすっきり感もあるだろう。草太の意思に基づかずに異物を体内に挿入されていた事による、肉体的、精神的な違和感の解消という線もあるか。
考えれば考えるほどに、それは性的な快感などではないような気もしたが、
「んぐッ、ああ。ぐッ、ああ。んッ、あッ」
無理だ。今の草太には何を考える事も出来なかった。そんな暇など与えないというようなリズムで、稲葉史彰はその出し入れを繰り返していた。
気持ちが良い。
その事実だけがぼんやりと草太の脳裏に居座り続ける。
「あ、ああッ。あんッ、ああ」と草太の喘ぎも甘いばかりに変わっていっていた。
射精し終えてしぼんだばっかりだったはずの草太の股間が、うっすらと硬くなる。
床の上で仰向けになっている草太と向かい合うような形で稲葉史彰は草太の股下に居た。横から見ればL字となっていた二人の接合部付近で草太のモノが揺れていた。
まるで稲葉史彰が奏でるリズムの裏拍を取るみたいに、その出し入れに合わせて、草太のモノは、ぺちん、ぺちんと二人の腹を交互に叩いていた。
意思の無い刺激が妙に心地良い。
「ふふ」と笑みをこぼしてしまった草太に稲葉史彰は一瞬、動きを止めたが、すぐにまた腰を前後に振り始めた。
「あッ、ああ。んんッ」
器用なもので、稲葉史彰は腰の動きもそのままに首を伸ばして草太の口を吸った。
草太はもう何かを考えようとする事すらも放棄して、ただ全てを受け入れていた。
稲葉史彰の舌が草太の口の中で好き勝手に動き回る。それに応える事こそしないが草太は舌を少しも逃さず、稲葉史彰の舌にくすぐられ放題、くすぐられていた。
そのまま、数分が経ち、長くても十数分の後、稲葉史彰は「んッ」と短くうめいて、射精した。稲葉史彰の陰茎は草太の肛門に挿入されたままだった。
初めての感覚が草太に染み込む。
今の草太で考えられる性行為やそれに準ずる行為のほぼフルコースを喰らわされてしまった気がする。
ああ。そうか。
ここで草太は気が付いた。これが「生モノ」を描くという事のリスクか。
稲葉史彰も上手い仕返しを考えたものだ。
きっと「ヤラれてみれば、気持ちが解るでしょ」とでも言いたかったに違いない。
これぞ、因果応報。身から出た錆。全ては草太の自業自得という事か。
草太が視線を下ろすと、腰を振り疲れた御様子の稲葉史彰が草太の薄い胸に右頬を乗せていた。稲葉史彰は「はあ、ふう」と少しだけ息を切らせていた。
そんな姿を見せられて、初めて上位に立てたような気分というわけでもなかったが草太は目を細めて稲葉史彰の事を見守ってしまった。
稲葉史彰は草太の胸に頬を寄せたまま、
「これで漫画が描けるでしょ」
などと言ってきた。その設定は守るのか。
「これじゃあ、エロ漫画になっちゃうよ」と草太は嘆いてみせてやった。
「エロ漫画家になるんじゃないの?」と稲葉史彰は冗談っぽくなく返してきた。
「違うよ」と草太は苦笑する。
「普通に恋愛漫画が描きたくて」
「何だ」
稲葉史彰は拍子抜けしたみたいに呟くと、続いて「だったら」と草太の頬にキスをした。小鳥みたいな可愛らしいキスだった。
「デートしようか」
草太の耳許で、稲葉史彰は囁いた。
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