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第5話 side-朝陽
福岡の新店舗でのオレの仕事は昨日の営業で終わった
福岡でも有名な明太子を使ったお菓子をお土産に貰い、部屋に帰ってきた
早いもので、ここに来て1ヶ月、今日の昼の新幹線に乗って戻る予定になっている
「戻っても、琥太郎 は居ないんだよな…」
小さく溜息を漏らす
最後に病院で会った日から、一切連絡も取っていない
一度だけ、勇気を出して電話してみたものの『プープー』と音がし、直ぐに切れてしまった
通話中なのかともう一度しようかと思ったが、調べたら着信拒否をされていると同じように繋がらないらしい…
着信履歴も残らない
繋がることもない
全てを拒絶されているような、今までを否定されているような気持ちになった
それ以来、確かめるのが怖くて、連絡することはなかった…
「あさひ~、お前の髪、ホントふわふわでヒヨコみたいだなぁ~
本当、俺のあさひ可愛いなぁ~」
夕飯の料理をしているオレを後ろから抱き着いて、いつも人の頭に顔を埋めてくる吸ってくる琥太郎
何度、キッチンに立ってる時はくっ付いてくんな!って怒っても、治そうとしない彼
文句を言ってもなかなか止めてくれない彼を小突き
「コタ、料理中は邪魔だって!危ないからやめろって!それに、オレは猫じゃないんだから吸うなよ!減る!!」
どれだけ文句を言ってもやめなくて、仕舞いにはペチンッと良い音を立てて額を叩く
「コタしつこい!」
煮込んでいたカレーの火を止めてから、頬を膨らませて振り返る
怒っているのに、怒られているはずの本人は嬉しそうにオレの頬を両手で挟んで啄むようなキスを何度もしてくる
「ひよ、可愛いなぁ~。あさひよこ、ひよ、ピヨ?」
こいつ酔ってるのか?と呆れたように溜息を漏らし、琥太郎 の硬い髪を撫でて胸に押し当てるように抱える
「コタ、疲れてんだろ?後でいっぱい甘やかしてやるから、先に飯食お?風呂も一緒に入ってやるから」
胸に擦り寄りながら幸せそうにしていたのに、オレの言った言葉にガバッと顔を上げて見詰めてくる
期待に満ちたキラキラした目で見詰めてくる彼に、つい母性本能を擽られ、今日の睡眠時間が削られていくのをヒシヒシと感じ、つい諦めモードになる
「普段はめちゃくちゃカッコいいのに…、ホント、コタは甘えたでちゅね~」
揶揄うように赤ちゃん言葉で喋り、彼の髪をガシガシ撫でるも幸せそうに微笑まれる
そんな顔を見ると、オレまで幸せになってしまう
年上で、仕事も出来て、しかも社内でもイケメンだと女子からの人気のコイツが、オレには子どもみたいに甘えてくる姿なんて想像できないだろうなぁ…
何気ない、いつもの会話
いつものじゃれ合い
そんな、変わらないはずの日常
今は愛しくて仕方ないやり取り
目を閉じると、いつでも思い出すことの出来る彼の笑顔
「コタ、会いたいよ…抱き締めてよ。愛してるって、言ってよ…」
誰も居ない部屋で膝を抱える
涙がズボンに滲みを作るも、止めることは出来なかった
あの家に帰れば、嫌でも思い出してしまうだろう
たくさんの思い出が詰まったあの部屋
しあわせな思い出の詰まったあの部屋
多分、思い出す度に涙が出ると思う
寂しくて
悲しくて
泣き叫びたくなるだろう
それでも、今日、オレは大阪に帰らなきゃいけない
本来働いている店舗での仕事もあるし、このままここに居続けることは出来ないから…
2人の思い出が詰まった寂しい部屋に、今日、帰ることになる
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