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第1話

 浅黒くごつごつとした大きな男の手が汗ばんだ肌の上を這う。  体が熱い。熱くてたまらない。噴き出した汗が玉のように肌に浮かび、びくりとその身が震える度に雫となって落ちてゆく。ぱたぱた、とシーツの上に落ちる汗の小さな音は自らの口から洩れる熱を帯びた嬌声に阻まれて聞こえなかった。 「あっ……っ、ふ、んぅっ……っ」  腰をがっしりと抱えられて大きく広げられた両脚の間を鍛え上げられた浅黒い肌の男の身体が前後する。本来の用途とは隔絶した使われ方をしているアナルは、いっそグロテスクとも思えるほどに太くくっきりと血管の浮き出たペニスをしっかりと咥え込んでいた。  ごちゅ、ごちゅ、と鈍い音と共に穿たれる熱い楔にとろとろに蕩けて熱を帯びた内部はごりごりと擦られ、強い快感と圧迫感に組み敷かれた男ははくはくと酸素を求める魚のように喘ぎその身を反らす。頭の芯が焼き切れそうなほどに全身が熱く、互いの身体の間で可哀想なほどにびくびく震えるペニスは腹に着きそうな程に反り返り、とぷとぷと溢れる密で腹筋を濡らしていた。 「気持ち良いな? アサ……ほぉら、俺の子種が欲しいと吸いついて離さない」  黒く長い髪を乱雑に掻き上げながら浅黒い肌の男は楽し気に笑う。  アサ……菊池旭(きくちあさひ)は一度ぎゅっと瞬きをして涙でぼやける視界をクリアにした。自分に伸し掛かる浅黒い肌の大柄な男は金色の目を細め、旭の両脚を抱え直してぐりぐりと腰を揺らした。 「んんっ……っぅ、あっあっ、それっ」  腰が浮き、熱く蕩けた最奥にぐりぐりとペニスの先端を押し付けられてバチバチと目の前に火花が散るような強い快感と鈍い痛みにシーツを握り締めながら身悶える。  気持ち良い、気持ち良い、何も考えられなくなる。自らの喉の奥から押し潰されるような低い声と甲高い嬌声がひっきりなしに溢れ出し、ビクビクと戦慄く体の震えを止められなかった。高いところまで昇り詰めそうな浮遊感、蓄積し続ける熱が苦しくて腹の奥が何かを求めるようにきゅんきゅんとひくついているような感覚。早く解放されたい、でももっとこの快楽に浸かっていたい、知らない場所まで連れて行かれそうな期待と不安。得も言われぬ快感をこの身に教え込む男へ全てを委ねてしまいたい。  ずろろろ、とわざとゆっくりと引き抜かれるペニスが過敏になった内部の肉を擦ってゆく。抜いて欲しく無くて旭の身体は思わずきゅうっと太く熱い楔を締め付けて追い縋る。するとその懇願に応えるかのようにごりごりと肉を掻き分けながらもう一度ゆっくりと埋め込まれてゆく。 「あ゙、あ、あっ」  押し出されるように声を上げながら旭は喉を反らして重く強い快感に全身をビクビクと震わせて目を見開く。気が狂いそうな程にゆっくりとゆっくりと時間をかけて押し込まれてゆく硬く圧倒的な存在感を持つ男のペニスは、この男に教え込まれた旭の弱いところを悉く押し潰しながら奥へ奥へと進んでいって、旭はたまらず頭を振った。パサパサと緩く癖のある焦げ茶の髪がシーツを打つ乾いた音は、抑えられない自らの苦し気で甘ったるい嬌声に阻まれ旭の耳には届かない。 「い、いくっ……イクっ、イッ……あ゙っ」  ビクッビクッと身を痙攣させながら必死に訴える旭に対し、浅黒い肌の男はその美しい顔を歪めて恍惚と笑う。尖った白い犬歯がくっきりと見えた。 「良いよ……一緒に逝こう」  男の声が掠れる。彼も大きな快感に飲まれそうなのだ。  男の大きな手が互いの身体の間でヒクヒクと震えていた旭のペニスを握り込んだ。ずり、ずり、と掌全体で擦られ、それと同時にどちゅっと最奥を抉られた旭はバチバチと目の前に閃光を見た。 「ッ! ああっ……!」  ビクッビクッと腰が浮きびゅくっと自らの腹に熱いものを吐き出す。そして、衝撃のままにぎゅうっと内部を締め付けると頭上の男が獣のように低く呻いた。 「っ……はっ……!」  どくりと旭の中で震えたペニスはびゅくびゅくっと勢いよく内部に熱いものを注ぎ込んでゆく。たっぷりと長い射精に旭は腹の奥がじんわりと暖かくなってゆくような感覚を覚えつつ、深い絶頂に思考が霞がかってゆくのを感じた。 「たっぷり注ぎ込んでやったから……ちゃんと孕むんだよ」  そう言って浅黒い肌の長髪の男は金色の目を細めうっとりと笑う。男なのだから孕むわけがないだろうと言い返してやりたかったが、もう口を動かすことさえ億劫だった。  旭が瞼を完全に落とし切る直前、美しく筋肉のついた男の背中からばさりと音を立てて真っ黒な翼が広がった。  ピピピピピ……という電子音で目が覚めた。  見上げた天井はまだ薄暗く、ベッド脇の窓に引かれたカーテンの隙間から朝日が白い帯となって模様を描いている。大きく息を吐いて身を起こした旭はすぐにその身の違和感に気づき眉間にくっきりと皺を寄せた。  そろりとベッドから抜け出して肩を落としながら浴室へ足を向ける。パジャマ代わりのスウェットパンツと下着を一度に摺り下ろすと、濃いグレーのボクサーパンツはべっとりと黄色みがった白いもので汚れていたのだった。 「……またかよ」  大きなため息と共に旭は独り言ちる。  それは、ここ数日毎日のように見続けている夢だった。  浅黒い肌に黒く長い髪の見知らぬ男は夢の中で旭の身体を組み敷き、やけに丁寧な手つきで固く強張る身体を解して犯す。夢の中だというのにそれはあまりにも気持ち良くて、目が覚めると下着は夢精でべっとりと汚れているのだ。今年二十五歳になった旭にしてみればまるで中高生みたいではないかと恥ずかしくなり落ち込んでしまう。  思えば前の彼女と別れてからもう一年が経っている。単純に欲求不満なのだろうとは思うのだが、それにしたって自分よりずっとガタイの良い男に抱かれて喘がされる夢というのが納得がいかない。これまで男に抱かれた経験どころか、同性を恋愛対象としたことも無いのだから。  しかし、夢だとわかっていても今回の夢はいつにも増して強烈だった。自分のものより倍以上の大きさと長さのあるペニスで奥の奥まで貫かれてぐりぐりと抉られる経験のない激しい快感は、女性とのセックスとは全く違う悦楽だった。  洗面所で汚れた下着を水洗いしながら、旭はずくりと腰の奥が甘く震えた事に気づき慌てて頭を振った。 「っ……ばかばかしい」  あんなものはただの夢だ。さっさと彼女でもつくったほうが良いのかもしれない。少し気は引けるがそういう店に行って欲求を晴らしてくるのもひとつの手だろう。それとも、こうも毎日淫夢を見て夢精してしまうなんて何かの病気の前触れではないだろうか。先月会社で行った健康診断では何も引っかからなかったのだが。  旭は陰鬱となる気持ちをシャワーで洗い流し、すっかり着慣れたスーツに着替えて出社するのだった。  等々力(とどろき)不動産は地域密着型の中規模な不動産会社だ。現社長が一代で築き上げ、従業員は二百名程度。県内に支店を十数店舗有している。営業に新卒で入った旭は今年で入社三年目であるが現在働いている支店では最も若い社員だった。  営業職にとって若さというものはメリットでもありデメリットでもある。若く清潔なイメージの旭は特に女性受けが良く、独り暮らしの部屋を探す女性の心を掴みやすい。若い男性も同年代である旭には話やすいようで契約に結びつけられるようになってきていた。だが逆に年配の男性には舐められやすい。こればかりはもう少し年齢を重ねて貫禄がつかなければどうしようもない事なのかもしれないが、共に働く先輩たちからはあまり気にせず自分達を頼るようにと言って貰えている。  職場環境は悪くは無い。給料もそれなりに貰えており賞与も出る。だがいかんせん、若いというだけで色々と雑務を押し付けられる事も少なく無いのだった。 「顔色良く無いよ菊池君」  駅前のビラ配りを共に任されていた先輩社員の渡辺が心配そうに旭に声をかける。平日昼間の駅前はベビーカーを押して歩く親子や高齢者ばかりで、立ち止まって不動産屋のチラシを貰ってくれる者は少なかった。 「え、そうですか?」 「そうだよ、自覚無い? ちゃんと栄養あるもの食べてる?」  にこやかな笑顔でサラリーマン風の男性にチラシを差し出し、それを無視された渡辺が旭の傍にやってきた。 「いやー、最近はずっとコンビニ弁当で」 「ご飯作ってくれる彼女とかいないわけ?」 「いませんねえ。それに今の時代女の子だからって料理出来るとは限りませんよ?」  それもそうか、とのんびりとした口調で言う渡辺は三十代半ばで左手薬指には真新しい指輪がきらりと強い日差しを反射して光っている。自分が結婚したばかりだからだろうか、それとも唯一の後輩である旭を構いたいだけなのか彼はよく旭の体調や食生活を心配してくれるのだ。 「菊池君若いんだからさあ、合コンでもして彼女つくったほうが良いよ」 「はあ、合コンですか」  学生時代は何度も合コンに誘われ参加したものだが、女の子と話すことよりもグラスが全員に行き届いているかやつまらなそうな人はいないかが気になってしまってどうにも上手くいかないのだ。  それでも大学時代に一応彼女はいたしそこそこ長く付き合っていたのだが、お互い社会人になってからすれ違いが多くなり去年の春に別れてしまった。喧嘩別れをしたわけでは無いので後悔は無いが、きっとあんな夢を見てしまうのもどこか人恋しく思っているからなのだろう。 「彼女って、どうやったら出来るんですかねえ」  ため息交じりに呟いた声が思いのほか深刻そうに響いたのだろう、渡辺は「菊池君ならきっといい人が見つかるよ」と元気づけるような言葉をかけて曖昧に笑った。  午後から支店に戻り数人の客対応と内見の案内をこなした。終業時間になっても書類仕事が終わらず、結局職場を出たのは午後七時を過ぎていた。今日は内見希望の客が多かったせいもあり、移動距離が長く疲労に帰路に着く足取りは重い。どこかで夕飯を食べて帰ろうかとも思ったが、家に買い置きのカップ麺と缶チューハイがあったことを思い出しどこへも寄らずに家に帰ることにした。  旭の住む賃貸マンションの最寄り駅は職場から二駅で、駅からは昔ながらの商店街を抜けて少し歩いた先にある築八年の五階建てだ。四階の角部屋に前まで着いた旭はキーケースを取り出し、ガチャリと鍵を開けて玄関ドアのノブを回した。  部屋には煌々と明かりがともっていた。一瞬、朝電気を消し忘れて出ただろうかと焦ったものの次いで鼻腔を刺激したのは優しく食欲を擽る美味しそうな出汁の香り。なぜ、と疑問に思うと同時に誰もいない筈の室内から声が聞こえた。 「おかえり、アサ」  低く艶のある男の声。旭は反射的に顔を上げる。この声に聞き覚えがあった。  部屋の奥から長い脚で歩いて来たのは美しい男だった。  身長は一七八センチと高身長の部類に入る筈の旭より更に頭一つ以上大きい。ぴったりとした黒いシャツ越しにもわかる立派な筋肉に、ひと目で東洋以外の血が入っているだろうと分かる浅黒い肌。切れ長の目は金色に輝き、豊かな黒い髪は絹のように滑らかな艶をもって背中まで流れている。  にっこりと目を細めて笑ったその男は、ここ数日夢の中で旭を抱き続けている男の姿をしていた。

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