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第2章 宙ぶらりんな恋2
「謝るなって! 晃嗣が本気で頑張っているのは、わかってる。だからさ、俺の勝手なわがままで振り回しちゃまずいだろ。だから待ってたんだ。でも他のやつといても、やっぱり晃嗣と話したいな、ゲームしたいなって思って……なんか少し心細かった。そしたら本を借りてたのを思い出して、なんか今すぐ会いたくなったんだ――凸 っちゃった」
困ったような笑みを浮かべる航大の顔を見て、心臓が早鐘を打つ。
一年のときは学部が違っても教養の単位を取るために科目が被れば、隣の席や前後の席に座った。土日祝日も、ずっと一緒だった。
二年になって徐々に専門を学ぶようになったけど、ゲーム同好会のサークルで顔を合わせたり、お互いの家に行き来した。
だけど二年の夏、航大に彼女が初めてできた。オメガだった。
「ふたりきりだと緊張するから、サポートしてくんない!? 一生のお願い!」と航大に頼み込まれた。
ぼくは笑顔で「もちろん」と答えた。
航大とオメガの女が仲良くなれるよう仲を取りもった。女子の友だちが少ないから、Wデートをしたいと頼まれたときは、レズの友だちに手伝ってもらった。
胸が張り裂けそうなくらい痛み、頭がどうにかなりそうだった。
そして三年になった春、航大と彼女は別れた。オメガの彼女が浮気をしたのだ。
――航大と久しぶりに会えて、心の底からうれしかった。同時に胸がチクチクと刺されるような痛みを感じ、息苦しさを覚える。
頭の中で冷静な自分が「期待するなんて馬鹿じゃないの。最初から、かなわない恋だってわかってるでしょ?」と意地悪を言う。
「……とにかくドアの前から、どいて。そこにいられるといつまでも部屋に入れないんだけど」
「ごめん。俺、邪魔になっているよな」
すると航大は寂しげな顔をしてドアの前からどいた。漫画やアニメに出てくる段ボール箱で捨てられた子犬みたいに、しょんぼりした。ペタンと折れた茶色の犬耳の幻覚が見えて良心が咎 める。
傘立てなんかないから、外のガスメーターの隙間に傘を差す。カバンからキーケースを出して古めかしい鍵をドアノブにさし回す。
「久しぶりに晃嗣と会えてよかった。本、ありがとな。今、出すから――」
「家、あがってきなよ」
ドアを開けて航大に入るよう促す。
「いいの?」
「いいも悪いもないでしょ。そんな全身ずぶ濡れの状態で電車に乗るの? 第一、ここはベッドタウンなんだよ。タクシーだって都心と違って少ない。この時間帯に悪天候じゃ商売あがったりなんだ。都心と違って駅前にタクシーはいないよ」
「そっか、都内と違うのか」と航大が首の後ろを搔く。か細い声で「弱ったな」とこぼした。
「たとえタクシーを摑まえられても、そのビショビショの格好じゃ断られるに決まってるよ。東京のマンションまでどうするの? 風邪、引くよ」
「いやいや、俺、頑丈だし。大丈夫だよ! 傘を貸してもらえれば、ネカフェとかビジホで一晩過ごすし」
「……いやじゃなければ、泊まっていきなよ」
部屋に入り、玄関前の照明をつける。
背後で航大が息を呑んだことに、気づかないふりをする。
玄関を入ってすぐのところにカバンを置いて左手にある風呂場へ向かう。手足の袖をまくって小さな浴槽を手早く洗い、熱い湯を張る。
玄関のドアは締まっていた。
ずぶ濡れの航大が玄関の前で突っ立っている。
戸を開けて四畳半の自室に入り、クローゼットを開ける。中に置いてあるキャスターから未使用のハンドタオルとバスタオル、それから航大の衣類や下着の入っている収納袋を摑みとる。
航大は迷子の子どもみたいに、どうしたらいいのかわからなくなって途方に暮れているようだった。彼の肩にハンドタオルをかけ、ラックの上からバスケットを取る。バスケットの中にバスタオルを入れ、床に収納袋を置く。
「きみさえいやでなければ、服とかもこっちで洗っておくから。風呂が満タンになったら入って。靴とリュックも――」
「晃嗣、どうして」
視線をさまよわせて、どこか躊躇 っている様子の航大に、胸が締めつけられる。
「なんで、そんなにやさしいの? 俺に襲われたのに……」
次にお互い顔を合わせたら絶対に気まずくなる。どんなに平静を装っても、どこかぎこちない態度をとり、以前のようには話せない。
――“親友”という関係が壊れてしまうのがいやで、怖くて会わないようにしていた。
でも、航大はぼくに会いに来た。
雨足が強まり、ますます雨の音が大きくなっていく。まるで滝のそばに立っている錯覚を覚える。それくらいの豪雨だ。
「襲われたわけじゃないって、LIMEで何回も言ったでしょ。話、ちゃんと聞きなよ」
今にも泣き出しそうな顔をして航大が眉間にしわを寄せる。
その姿に、なんだか泣きたくなる。大好きな人に悲しい顔をさせてしまっている。その事実に胸が痛んだ。
だけど、ざわざわと胸がざわつくのも嘘ではない。今にも溢れ出しそうな気持ちに蓋 をした。喉元までせり上がってくる何 か を無視する。
何度も頭の中で繰り返し練習した言葉を、台詞のように口にする。
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